第三話 だから、ヒエンじゃなくテンソなのよ!

〈MWD-01ロボ〉。

 月で開発された完全有人タイプの一機。

 動力は膨大な電力を生み出すEEドライブ。

 ドライブ内で自己生産された電力を稼動エネルギーへと使用し、有り余る電力は携行武器として光学ビーム兵器の使用を可能とした。

〈MWDシリーズ〉は戦局を選ばずオールラウンドで戦えるよう設計されたシリーズ。

 推進器には従来の液体燃料を爆発燃焼させるタイプではなく、斥力にて推進力を得る斥力推進器が搭載されている。この斥力推進器により液体燃料を搭載不要となったことで拡張性の確保と機体重量軽減に一躍買っていた。

 基本は白兵戦を前提にされているが、背面のアタッチメントにより戦局に応じたミッションフォルムと呼ぶ装備を換装することができた。

 今回、装備したのは〈テンソ(コウモリの意)〉と呼ぶ全方位対応用ミッションフォルム。

 最大の特徴は一対多の戦闘を得意とした点だ。


 暗闇を照らす赤き太陽の輝き。

〈ロボ〉の装甲に跳ね返り、その姿を露にする。

 灰色を基調としたシルエット。

 無骨な鉄骨のような四肢ではなく、引き締まった印象を与える鋭角的な装甲が四肢を覆う。鋭利な双眼式カメラアイを隠す翡翠色のバイザー。背面より伸びるのは機械的なコウモリの両翼。そして手には長大なライフル砲が握られていた。

 ロボ(Lobo)とはスペイン語で狼を意味しているもミッションフォルムにより戦場舞う死神に見えた。

「敵影確認!」

 星煌く世界の中、明らかに人工物の光りが真正面から急接近している。

 網膜に投影されるのは外部カメラが取得した映像をデジタル処理して投影したものだ。

 太陽や星々の輝きも接近する人工物の光も直視したものではない。

 いくらカメラに閃光対策が施されていようと人間の目はあまりにも脆い。

 投影された正面映像の一部が切り取られて自動拡大。

 球体ボディに四つのプレートを生やした物体が映し出された。

 渦を描くように五つの光は近づいている。

 互いに近づいているのだから、尚、距離は縮まり、残り二〇〇。

 システムが各衛生兵器にM1、M2,M3,M4、M5と敵識別をつけた。

「先手必勝!」

 サクラの思考に応じて〈ロボ〉はライフル砲を突き出すよう構えた。

 ライフルと狙撃銃の名がついた兵装であるが、単に砲身が長いのはビーム兵器特有の都合でしかない。

 砲身が長ければ長いほど――内蔵された直列式粒子加速器と収束器により射出されるビームの威力は比例して上昇する。

 狙撃兵装でないのに砲身が長いため、ライフル砲などと呼ばれるようになっていた。

「堕ちろっ!」

〈ロボ〉本体からエネルギー供給を受けた全長八メートルある砲身内部で超小型粒子加速器と収束器が作動。接近しつつある衛星兵器に、システムが無重力化で生まれる慣性と発射時のブレを自動調整、ターゲットサイトを目標に重ね合わせる。

 ロックオン。サクラは逡巡せず思考による発射スイッチを押す。

〈ロボ〉の手の平部のコネクタを介して送り込まれた指令が一秒の数万分の一の速さでライフルへと伝達。粒子加速器の中で加速が、収束器の中で圧縮が繰り返され、荷電粒子ビームが砲身の中より放たれる。

 一条のビームが宇宙空間を駆け抜けた。

「ちぃ」

 軽く舌打ち。即座にライフル砲の銃口を下げた。

 ターゲットは命中寸前、機体を急速ローリングさせることで一撃を回避していた。

 当然、応射として四方に展開した衛星兵器がほぼ同時にビームを発射。

 砲身の冷却システムが作動している間、次弾は放てない。

 右に避ければ左のビームが、上に避ければ下のビームが、サクラを、〈ロボ〉を穿つ。

 サクラは回避行動を取らず、コウモリの翼で機体を包み込ませる。

 機体に触れもせず四つのビームが湾曲。明後日の方向に放たれたビームは飛んでいく。

 その原因は電磁波を利用した対ビーム湾曲フィールド。

 荷電粒子ビームは電磁波に干渉して偏向、拡散される特性を防御に使用した兵装であった。

 ただビームに対して稼動時は無敵だが、湾曲フィールドは有限でありエネルギー喰い。尚且つ、四方八方からのビームを防ぐのはコウモリの翼を閉じている間。その間、攻撃は行えない。

 敵衛星兵器も問題を瞬時に学習したのか、M1一機が果敢にビームを放つことで〈ロボ〉を足止め。残り四機が通り過ぎる時間を稼いできた。

「くっ、やってくれるわね!」

 悠々と〈ロボ〉の真横を通り過ぎる四機の衛星兵器。サクラは即座に後方カメラを呼び出して迫り来る母艦の位置を確認する。

 気にせず直進しろと言ってあるが、まだ自分と同じ未熟だ。

 今すぐ反転して母艦に迫る四機を追うのが上策だろうと目の前の一機が逃してくれない。

「だから、ヒエンじゃなくテンソなのよ!」

 コウモリの翼を展開。掃射されるビームは身をよじるようにして回避する。

「行きなさい! バビット!」

 左右の翼よりサクラの声に応じて八機のひし形端末が射出された。

 内蔵された小型斥力推進器が不可視の斥力場を発しながら生き物のように四機の衛星兵器を追跡する。

 独立端末バビット。

 自走ビーム砲として、または自動防盾として展開する兵装であった。

「邪魔よ!」

 予期せぬ端末の出現で動きを鈍らせたM1にライフル砲の接射を喰らわせる。

 爆発の光に見惚れることなく機体を反転する。

 八つの端末を射出したことにより機体重量は変化している。

 展開中による重量軽減を利用して翼内部に仕込まれた斥力推進機関をブースト。加速Gがサクラの身体をシートに押し付ける。

「母艦はやらせない!」

 バビットは半オート操作であり、ターゲットを認証させれば独自の機動で攻撃する。

 現に、四機の衛星兵器に二基一組のバビットが攻撃と防御を繰り返していた。

 衛星兵器のターゲットが母艦なのは明白。

 ただ、挙動からして攻撃を妨害するバビットに苛立ちめいたものを感じた。

 M2から放たれたビームが盾となったバビットに湾曲される。

 このバビットにこそビーム湾曲フィールド発振器が内蔵されている。

 そのため本体と分離中には自在に稼働する盾になろうと万が一破壊されればビーム攻撃の防御手段を喪失することになる。

 また攻防推進共に内臓コンデンサに蓄積されたエネルギー頼みであるため稼働は有限。再稼動させるには一旦バビットを翼内に帰還させて再充填させる必要がある。

 今は有利に働いているもサブモニターに投影された各バビットのコンデンサ残量は時間と共に減り続けている。

 コマンド送信、全基、防盾形態。

 各バビットは攻撃を中止、一糸乱れず防盾形態へと移行する。

 衛星兵器から放たれるビームを交互に受けるバビット。

 ビーム湾曲フィールドとて絶対ではない。

〈ロボ〉にライフル砲を構えさせ、発射。

 防盾形態のバビットの体当たりによりM4が一瞬の足止めを受ける。

 尾を引く光がそのM4を貫いた。

「次っ!」

 第二射がM2の衛星兵器を貫き、間髪入れず防盾形態から自動ビーム砲へと切り替えたバビットがM3、M5と残りの衛星兵器を撃ち抜いた。

 全機撃破を確認。

 全バビットを帰還させて即座に再充填。眼下を母艦が通り過ぎるのを逃さず、翼内部の推進機関を利用して相対速度を合わせる。

「被害状況は?」

『三%の被弾あり。ですが航行及び大気圏突入には問題ありません』

 当初の計算よりも二%も低い。案ずるより産むが易いとは言ったものだ。

 だが――サクラは警戒を緩ます材料とせず声音を鋭利にして叫ぶ。

「警戒を怠らないで。他の衛星兵器が潜んでいる可能性もあるわ」

『ですが、センサーには反応がありません』

 警戒の緩んだ幼子の声は反比例にサクラは警戒をなお一層研ぎ澄ます。

 目視しろとは言わない。稼動している衛星兵器が五機だけとは限らない。新たな敵機がセンサーを誤魔化す低探知性ユニットを展開させて潜んでいる可能性を忘れてはならない。

『このまま最大戦速で大気圏に突入します。サクラ、帰艦してください』

 地球の衛星軌道上には過去の大戦で使用された兵器の残骸がデブリとして漂っている。

 大あり、小ありであり、中には動力部が生きている故に絶賛稼働中のものまである。

 衛星としての機能は果たせなくとも熱源である以上、別なる攻撃衛星が潜んでいるという警戒を抱かせる。

 チリリと違和感がサクラの脳裏を焦がす。

 後は本能のまま、〈ロボ〉よりライフル砲のビームを放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る