第四話 誰も見ぬ流星

 ただの宇宙空間に爆発の閃光が巻き起こった。

『そ、そんなセンサーに反応がなかったのに……』

 唖然とする声がした。だが、センサーよりも現状を見よ。

 恐らくは可視光線を屈折させるシステムにより周辺景色に溶け込んでいたのだろう。

 潜伏していたのは撃破した一機だけではないようだ。

 現れたのは黒いDT三機。マッチングデータなし。過去の大戦データに該当する機体はない。宇宙に溶け込むような低視認性の高い黒。隠密性を高めるためか、無駄の省かれた四肢。装甲の間接部からは内部フレームがむき出しだ。

 システムが〈ストーカー〉との仮称をつける。

 的確すぎてサクラはつい小声で笑ってしまった。

〈ストーカー〉は右腕に二等辺三角形状のシールドを装備。その先端には砲口。視認できる限り目立つ兵装はシールドだけであるが、他もあると考えていい。

 頭部にあるバイザーを赤黒く輝かせた三機のDTは同調するように背部の推進装置から光の尾を放って追撃をかけてきた。

「衛星兵器は前座で、本命はこっちみたいね!」

〈ロボ〉のライフル砲よりビームを発砲するも、三機は先の戦闘を見ていたのか、あっさりと回避する。

 チャージから発射までのタイムラグを完璧に見切っている。

 サクラは逡巡する。この宙域にいるのがDT三機だけとは限らない。

 他に潜んでいる可能性を考えればここで銃火を交えるのは愚行だ。

 ならば為すべき事は一つしかない。

「降下準備! ちんたら相手していたら消耗するだけよ!」

『た、戦わないのですか? 計算では損耗率八%で……』

「だから、あんたは先の先まで計算しなさい!」

 サクラは呆れてつい怒鳴ってしまった。

〈ロボ〉を母艦背面に接地。足裏のアンカーで機体を固定する。次いで接触通信にて母艦内の武器庫から点より面を重視したガトリングガンを呼び出した。

 黒き三機は最大戦速の母艦に肉薄していようと一切の攻撃を行わない。

 敵機の狙いがサクラには読めた。

 恐らくは大気圏突入中の母艦の背後から攻撃を仕掛けるつもりだ。

 一度大気圏に突入してしまえば敵に背中を晒す状態となる。

 降下中は母艦により押し潰された空気が断熱圧縮と呼ばれる現象を発生させる。

 この現象は降下する母艦と空気の摩擦熱により発生するのではなく、空気中の分子同士が激しくぶつかり合うことで二千℃近くの超高熱を発生させるものだ。

 いくら技術が進歩しようと空気ある惑星であるからこそ降下時に避けられぬ現象。

 小さな穴一つでも開けられれば母艦はその現象に巻き込まれ空中分解。少ない労力で多大な効果を上げることができた。

「近づくんじゃないわよ!」

 携行式ガトリングガンからぶつ切りのビームが連続して放たれる。敵機を狙い打つつもりはない。ただ弾幕を張ることで大気圏突破の時間を稼ぐ。

 幸い大気圏に突入しようと母艦が盾となって大気との摩擦から〈ロボ〉を、サクラを守ってくれる。

『突入します!』

 突入角、降下地点などは母艦に任せてある。サクラはあの三機を母艦に近づけさせないこと。

 ビームを絶え間なく撃ち続ける中、ちらりとサブモニターに表示されるバビットの充填度合をチェック。九〇%に至ろうと展開はさせない。下手に展開すれば、自らの端末を稼動させる推進力しか持たない故、重力の井戸に引きずり込まれるからだ。

 モニターが赤く染まる。

 母艦が大気圏に突入し、空気との摩擦で灼熱色に染まっていた。

「嘘でしょう!」

 漆黒のDT三機が連なるように専用装備もなく大気圏に突入していた。

 味方機を盾に推進機関を唸らせ、この母艦を追跡している。

 過去の大戦時には、DT単独で大気圏突入を果たしたというデータがある。

 だが、それは大気圏突入用装備を所持していたからであり、非所持では生身のまま高熱に晒されることに等しい。それが二千℃に達するのならなお更だ。

 サクラは即座に〈ロボ〉にガトリングガンを構えさせる。

 敵機は一直線に迫っている。狙うことは容易だ。

 引き金を、引けなかった。

 焦げ付く違和感が引き金を引かせなかった。

「しまった!」

 何故、気づかなかったのか。

 敵機の狙いは降下中の母艦に攻撃を仕掛けることではない。

 本当の狙いは、三機のDTによる特攻だ。

 この時、サクラはライフル砲からガトリングガンに持ち替えたことを後悔した。

 自分で言っておきながら結果ばかり見て過程を失念していた。

 あのライフル砲ならば三機を貫通する威力がある。

 このガトリングガンでは点より面を重視した威力である故、弾数で装甲を削り、次に内部を破壊する。

 あのように一列に並んでいては攻撃に時間がかかり、最後の一機に特攻を許してしまう。

『計算では三〇秒以内に撃破しなければこの艦に直撃します!』

 切羽詰った幼子の声がサクラの緊張をなお張りつめる。

 母艦に武装は施されているも今現在〈ロボ〉が背面にいることと摩擦熱の緩和フィールドにエネルギーを回している為に使用できない。

「だったら三〇秒以内に落とせばいいんでしょうが!」

 リミッター解除。全エネルギーをガトリングガンに集約させる。

 銃身が更なる唸りを上げて回転し、ぶつ切りのビームを吐き出していく。

 砲身も、モーターも焼き切れるまで撃ち続ける。

 避けきれぬ故、ビームの嵐に曝されたDT一機が装甲を剥がされ、摩擦熱で灼熱色に染まっては融解していく。

『残り五秒!』

 二機目のDTが光となったと同時に三機目が肉薄する。

 センサーが敵動力部の異常発熱を感知。オーバーロードによる自爆を行うつもりだ。

『間に合いません!』

「計算通り!」

 サクラは乾いた唇を舐めた。既にガトリングガンは連射による連射でモーターは焼き切れ、砲身は半ば溶けかけている。

 今、両手に対抗できる銃火器はなければ、母艦から新たな銃火器を呼び出す時間すらない。

 思考コマンド入力、ターゲット〈ストーカー〉。

「バイバイ」

 離別の言葉と共に〈ロボ〉のミッションフォルム、テンソが分離。コウモリの翼は意志を持つかのように推進機関を全力で唸らせ、最後の敵機に突撃していく。敵機が右腕の盾よりビームを放とうと翼内に収納されたバビットで弾き、質量弾としてその身体を裁断した。

「やった!」

 計算通りだと自画自賛した瞬間が仇となった。

 上半身だけとなったDTが摩擦熱により、溶解し爆発する。

 だが、最後に放った凶弾が〈ロボ〉の右胸部に吸い込まれるように突き刺さった。

「きゃあああああああああっ!」

『サクラっ!』

 着弾の衝撃がコクピットを、サクラの身体を激しく揺らす。

 もしフットロックで足元を固定していなければ、着弾の衝撃で投げ出されていただろう。だとしても意識を奪おうとする衝撃であり、コンソールの一部にプラズマが走り、次いで小規模の爆発が起こる。

 鳴り止まぬアラート。未だ存命であるシステムが損傷箇所を報告する。

 ドライブ損傷、ドライブ損傷につきパイロットの生命維持を優先、脳波接続解除、電力生成率低下、各エネルギーケーブル断絶、メインシステム損壊、戦術メモリロスト。そして、全システムがダウンした。

「ぐっ、ううっ……」

 全身を強打されたような衝撃にサクラは呻くしかない。

 モニターは暗転して現状を確認できず、装甲越しに伝わる振動とパイロットスーツの気密性により辛うじて生きているのだと実感できた。

「手荒い歓迎ね」

 減らず口を叩ける余裕と状況に苦笑した。

 それでいい。それでこそ自分(サクラ)だ。

 ならば、これからの戦争も生き抜ける――いや勝ち抜けるはずだ。

「行くわよ。人類を再び誕生させるために」

 その日、地球に流星が落ちたのを目撃した人類はいない。

 ただ、機械によって事実が観測されただけであった。

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