〈十一〉ある人物と封筒
その人物は、ここ連日苛立っていた。
何せ目論見が外れたのだ。ここまで上手くやってきたというのに、このままでは試験を乗り越えることができない。勉学としての頭が然程良くない、可も不可もないことは自覚しているのだ。けれどその分、要領――もとい、悪知恵は働く方だと思う。今までだって、それで上手くやってきたというのに――。
悔しげに唇の端を噛んで、まだ誰もいない教室の扉を乱暴に開く。部活動もない試験前日の早朝七時では、まだ人影はなくて当然だ。自分の席に向かい、昨日持って帰った教科書の類をこれまた乱暴に机の上へと投げ捨てた。重たい教科書を数冊投げたことで、机がやや身じろぐように動く。
すると、パサリ、何かが落ちる音がした。
「……?」
見慣れない、白い封筒である。机の中に入っていたものが、動いた衝撃で落ちたのか。心当たりはない。ラブレターという可能性も一瞬脳裏を過ぎるが、わざわざ試験の前日に入れる人物はいないだろう。
拾い上げると、手触りで何か固いものが入っていることに気が付いた。
――ひょっとして、と、背中を走る予感があった。
中身を確認し、“それ”を視認すると、大急ぎでパソコン室へと向かう。パソコン室は校内に教師がいる間は解放してあるのが常だが、この時間なら誰もいないことを知っている。
扉を開く前に一応準備室の戸に触れると、鍵が引っ掛かって開かない。顧問は留守だ。
それでも逸る気持ちを抑えパソコン室の扉を開き、暗い室内に安堵してそのまま足を進めた。パソコンを起動し、指先でトントンとリズムを取って待ち、準備が完了する前から封筒に入っていた“それ”を専用の入り口に押し込んだ。データを読み込む。イエス。せっかちなクリックを繰り返す。
数秒後、目の前に表示されているのは、宝の山だった。
数学。英語。古典に現代文、日本史に物理――――三年生の試験問題を写し取った写真の数々。
ここ数日の苛立ちが嘘のように、頬が弛緩するのが分かる。デスクトップの明かりに照らされた口許が不気味に笑み―――
そしてそのタイミングで、世界は明るくなった。
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