第8話「激闘!夏祭り」

「二人で夏祭りを楽しもうっていう話だったはずだけど……」


「あぁ、だから二人で夏祭りに来てるだろ」


「そうね……けど屋台を手伝わされるなんて聞いてないわよっ!」


 悠都と鳴月の二人で夕方からの夏祭りの屋台の準備をしていた。


「実はちょっと前に、俺と舞音と深空の三人で屋台の売り上げで勝負することになってな。 勝つとなんと舞音と丸一日デートすることが出来る。 しかも、深空は邪魔しないと約束までしてな」


 もちろん、舞音と深空も相手が違うだけで、同様の条件を約束していた。


「なんでそうなったわけよ。 大体、夏祭りの屋台なんて、したいからってやれるもんじゃないでしょ!」


「そこはお金の力で、どうとでもなるもんさ」


「これだからお金持ちは!」


「だからって、あたしが手伝わないといけないわけ!」


「流石に一人じゃ無理があるだろ。 舞音と深空も助っ人頼んでるみたいだし」


「あたし以外にも知り合いるでしょ!」


「かわいい売り子で思い当たるのは鳴月しかなかったんだよ」


「か、かかかかわいい!?」


「あぁ、もちろん永遠に揺るがない一番は舞音だけど、その次くらいに鳴月はかわいいと思ってるぞ」


「そそそそそう」


 予想外の言葉に鳴月は動揺し、顔が沸騰しそうなほど熱くさせていた。


「しょうがないわね。 手伝ってあげるわよ」


 機嫌が悪かった鳴月は悠都の一言で、機嫌が直っていた。


「ありがとう、お礼に屋台の売り上げは全部やるからな」


「収入ね……。 その売り上げなんて全然期待出来ないわね」


「どうして?」


「だって、カエル唐揚げの店って」


 鳴月は苦笑いを浮かべていた。


「カエルの唐揚げ美味しいんだぞ」


「美味しいどうこうじゃなくて、食べたがるような人が少数しかいないだろうってことよ。 カエルは食材としては、一般的に印象が悪くて、好んで食べるような人が少ないわ。 ちなみに、例え美味しくてもあたしも一生口にしたくない」


 意外なことに鳴月は、屋台のことを真面目に考えていた。

 売り上げが自分の物になると知って、少々ながらもやる気を出したのだろう。

 現金なところがある鳴月らしかった。


「勝ちたいなら普通に定番の焼き鳥とかにすればよかったのに」


「普通じゃつまんないだろ。 それに舞音と深空も普通に夏祭りにあるような屋台じゃないぽいからな」


 本人から聞いたわけじゃないが、二人が事前に注文して用意してる品々を把握していたので、おおよその見当はついていた。

 鳴月の言うことはもっとも意見だが、二人に対して小さなプライドから対抗心を燃やしていた。


「はぁ……まぁいいけどね」


「準備は俺に任せとけ。 鳴月は敵を偵察してきてくれ。 あ、敵って言っても、舞音が俺の唯一無二の最愛のマイシスターであることは変わりないからな」


「はいはい」


 正直めんどくさかったが準備を手伝わされるよりはマシと思い、舞音と深空の屋台に偵察に向かった。





 鳴月は舞音の屋台に来ていた。

 店の前にはパンパンに膨らまされてるビニールプールが置かれていた。

 ――金魚すくい? それともヨーヨー釣りとか?


「舞音ちゃん」


「むっ、鳴月さんも来ていたのか」


 名前を呼ぶと屋台から舞音が出てきた。


「ええ、悠都の屋台の手伝いにね。 舞音ちゃんは一人?」


「いや、夕方に学校の友人が手伝いにきてくれることになっている」


「じゃあ今は一人で準備してるの?」


「うむ、だが後は注文した品が届くのを待つだけのようなものだから、準備するようなことはさほどない」


「注文した品ってのは?」


「タツノオトシゴだ」


「タツノオトシゴ……ね……。 それって何に?」


 何に使うのかは予想がついていたが、嫌な予想に恐る恐る尋ねる。


「うむ、タツノオトシゴすくいにだ」


「やっぱり……」


 予想があったことに喜ぶどころか、がっくしと肩を落とす。


「金魚すくいやカメすくいでは普通だからな。 多少珍しいもので客の気を引く必要が」


 多少どころか珍し過ぎだった。

 タツノオトシゴは金魚やカメと比べると、遥かにコストがかかって、利益になるとは思えなかったが、人が来ればいい舞音にとって、利益になるかどうかは問題ではなかった。

 だからと言って人が来るとは、とても思えなかった。

 なんて言うべきを悩んだ鳴月は――


「まぁ頑張って」


 優しく一言で応援すること、ここを後にした。





 次に深空の出店があるという場所に向かった。


「うわぁ……」


 遠くから見ても周りの出店と比べると明らかに異質であった。

 出店のテントの中を埋めるような、やたら大きなテレビ画面が四台とパソコンの本体が同じ数だけ置かれていた。

 一体何の屋台なのか鳴月にはさっぱり分からなかった。


「あ、鳴月お姉ちゃん、いらっしゃい」


 鳴月に気づいた深空が声をかけてきた。

 鳴月の隣には柚霧もいた。

 柚霧とは深空を通して何度も鳴月はあっていて、知らない仲ではなかった。

 なので、深空の手伝いに来ているのは柚霧だろう、と会う前から確信していた。


「深空ちゃん、この店って何?」


「ふぇ? 見ての通り射的だよ」


「いや、見ての通りって言われても、射的には全く見えないんだけど」


「射的だよ。  画面の的を撃って得点に応じて商品もらえるんだから――あまり時間なかったけどゲームのデータは深空自作だからクオリティは保証するよよ」


 銃の形をしたコントローラを持って鳴月に自慢気に話す。


「面白いかもしれないけど、それってゲームセンターにあるものであって、夏祭りの屋台にあるもんじゃないよね!?」


 この場所だけ夏祭り独特の風情が台無しだった。


「人が来ればいいんだよ」


 若い子達にを中心に、多くの客が来そうだった。


「深空は最後の調整しないといけないから」


 深空はテントの中に戻って、鳴月と柚霧の二人きりになった。


柚霧ちゃんも大変ね」


「……大変? 何が?」


「いや、いつもいつも深空ちゃんに付き合わされてるでしょ」


「ワタシは深空が大好きですから、頼ってくれて嬉しいんです。 だから、付き合わされてるなんて思ったことないです」


「えーと、好きって言うのはライクでだよね?」


「ライクでもあり、ラブでもあります」


「……女の子同士だよ?」


「同性だけど愛さえあれば関係ない」


 柚霧にとって深空は親友であり、強い好意を抱いてることは知っていたが、まさか友情どころか愛情だとは鳴月は思っていなかった。


「鳴月さんもお兄さんに対して、同じ気持ちだと思ってましたが」


「ゆ、悠都に!?」


 柚霧は首を下に二度を振った。


「ないない! そんなわけないでしょ」


 鳴月は全力で否定したが動揺してるのが明らかだった。


「……そう言うことにしておきます」


「ただ勘違いしないで欲しい。 ワタシは深空を好きだけど、舞音さんや鳴月さんの様に独り占めしたいわけじゃない」


「だから、あたしは違うってば!」


 鳴月を無視して柚霧は話を続ける。


「深空の恋愛も応援もしてる。 ワタシは独占型ヤンデレじゃないので、深空の笑顔が見れれば、ワタシは深空の二番でいい。 だから、鳴月さんにお兄さんを渡すわけにはいきません」


「だから聞いて! 渡すも何もあたしはいらないってば!」


「だけど深空の二番は譲らない。 絶対に……絶対に……。 邪魔者はこの世から排除を」


 柚霧の瞳から光が消えて、変わらず無表情な柚霧に鳴月は背筋が凍る恐怖を感じた。


「…………と言うの冗談ですが、流石にこの世から排除まではしないと思います」


 鳴月にはとても冗談に思えず、『まで』に引っかかりを感じたが、藪(やぶ)を突ついて蛇が出そうなので、口をつぐんだ。


「それでは、そろそろ深空の手伝いしてきます。 お互い夏祭りを楽しみましょう」


 頭を小さく下げると、柚霧は深空の元に行った。


 これで偵察は終わったので、鳴月も悠都の元に戻って行った。





「おかえり」


「はいはい、ただいま」


 鳴月が戻ると、短時間で準備が進んでいた。

 一人でよくやったなっと少し関していた。

 だがその一方で、そのやる気で仕事も探せばいいのに、とも思っていた。


「それでどうたった?」


 鳴月は舞音と深空の屋台のことを悠都に報告する。


「想像はしてたが……なかなか発想だ。 流石俺の妹だ!」


 妹達じゃない辺り、この妹とは舞音だけを指しているのだろう。

 とても悠都らしかった。

 確かに発想は面白いが、それが利益に繋がるとは思えなかった。

 だが、それはこの屋台も大差ないことだ。


「うかうかしてられんな。 と言うことで、鳴月これ」


「何これ?」


 悠都から押し付けられるように大きな紙袋を渡された。


「夏祭りと言ったら浴衣だろ。 売り子なんだから、これくらいしないと」


「これどうしたの?」


「鳴月の為に俺が選んで買ったんだよ」


「え……悠都があたしの為に……」


 自分の為という一言だけで、今までの疲れが一気に吹き飛んだ。


「もらっていいの?」


「あぁ、鳴月の為に買ったんだから当たり前だろ」


「あ、ありがとう」


 恥ずかしくて悠都の顔が見られずに俯く。


「でもどこで着替えれば?」


「ホテルの部屋とっていた」


「ホテルの一室を更衣室にって……」


 15分ほど歩けば家があるというのに、鳴月の金銭感覚ではあり得ないことだった。


「それじゃあ行こうか」


「ちょっと待って! あんたも来んの!?」


「そのつもりだけど」


「ホテルで二人っきりだなんて……その……さ……」


「ホテルってもビジネスホテルだぞ」


「当たり前よ! どんなホテルに行かせるつもりよ!」


 鳴月の赤かった顔が尚赤くなっていた。


「と、とにかく、一人で着替えてくるわ」


「つっても、不器用な鳴月に一人で着付けなんて出来るのか?」


「お母さんに教えてもらったことあるから出来るわよ! それよりその口振りだと悠都こそ出来んの?」


「おうよ! いつでも舞音に頼まれてもいいように、準備万端だ」


 そんな未来は一生来ないだろう、と鳴月は思った。


「一人で行くから鍵貸して!」


 ホテルのカードキーは悠都は受け取ると、すぐそばのホテルに逃げるように早足で向かった。






 鳴月が戻って来たのはあれから4時間も後のことだった。

 時刻は14時を過ぎて、夏祭りの開催時間まで1時間と迫っていた。


「鳴月……お前家帰って母親に着付けしてもらったろ」


「うっ」


 図星だった。 ホテルで2時間以上もの間、一人で悪戦苦闘していたが、結局は着ることが出来ず、母親に頼らざる負えなかった。


「そ、それよりもこの浴衣は何なのよ!」


「何って浴衣だろ」


「なんでこんなに丈が短いのって聞いてるのよ!」


 鳴月が着ている浴衣の裾はスカートのような短かさだった。


「おかげで、着付けさせてもらったお母さんに、微妙な顔されちゃったじゃない!」


「そもそも着る前に気付けよ」


「き、気づかなかったんだから、しょうがないじゃない」


 悠都から浴衣をもらったことめ、浮かれ気分になっていて気づけなかった、とは言えなかった。


「ところで、浴衣は下着を履かないとか聞くけど、やっぱりその下は……」


「ははは履いてるに決まってるでしょ!!」


「うばっ!!!!」


 鳴月の拳が悠都の腹部に深くめり込んでいた。


 その壮絶な痛みから、悠都は腹部を押さえながらしゃがみこんでいた。


「へ、変なことばっかり言うんだから」


 ため息をつきながら、始まる前から鳴月はどっと疲れを感じていた。

 そうして時間はあっという間に過ぎて、いよいよ、夏祭りが開始された。






 夏祭りはあっという間に終わった。

 結果をは悠都の売り上げは一番だった。

 カエルの唐揚げは一応食べ物なので、興味を持った客にそこそこ売れたのだ。


 舞音のタツノオトシゴすくいは当たり前に人が来るわけもなかった。

 カエルの唐揚げのように興味を持った人は数多くいたが、タツノオトシゴはエサ代など飼うのに金も手間も掛かる為、やろうとする人は稀だった。


 深空の射的は始めこそ人気は出て売り上げを好調に伸ばしていたものの、一時間も経たぬ間にコンピュータが熱暴走を起こして、屋台を閉めぜる負えなかった。

 こんな熱気溢れるところで、コンピュータをフル活動させていたら、当然と言えば当然の結果だった。


 そうして、悠都は深空に邪魔されず、舞音との二人っきりのデートをする権利を獲得したのだった。

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