第6話「舞音の日常」

 舞音は六時に起きる。

 毎朝早い時間に起きてる舞音には、早起きは苦痛ではなかった。      

 着替えを済ますと、広間に行くとテーブルに弁当箱と書置きが置かれてるのが、目に映ったいた。

 その書置きには、『舞音へ、手作り弁当作ったよ。 これをお兄ちゃんだと思って食べてね。 けど、お兄ちゃんは舞音を性的な意味で食べたいなー』と書かれていた。


「…………」


 舞音は一切の躊躇なく、書置きをビリビリに破くと、ゴミ箱に迷いなく弁当箱ごと投下した。

 そんなことをして、軽く朝食をとると高校へと出かけた。

 ちなみに、悠都の手作り弁当は、この後深空がおいしくいただきました。

 弁当を見つけた時の深空は、『おおおお弁当付きハートマークの手作り! お兄ちゃんが二段重ねで! 二段重ねでぇっ!』と、意味の分からいことを叫んでいた。


 宇佐美 舞音は学園の人気者である。

 容姿はもちろん、知識面でも運動面でも優秀、生徒には優しく多くの生徒に信頼されて、生徒会で副会長と会計の二つの役職の仕事をそつなくこなしている。

 学園での舞音は完璧超人だった。

 男子生徒からも女子生徒からも好かれている舞音が、人気が出ない方がおかしかった。


 だが、人気があるといことはその逆も多いということで、舞音をよく思っていない人間も多くいる。

 尊敬されることは難しくても幻滅されることは簡単なのだ。

 それは舞音の枷でもあり、学園では家での奇天烈な一面はけして出さないようにしていた。

 よって、舞音にとって例え良い意味でも目立つことは本意ではなかった。

 ただ学園で唯一、気が置ける場所があった。

 そこが生徒会室だった。





 学校に着くと、真っすぐに生徒会室に向かう。


「あら、お疲れ様」


「副会長お疲れ様です」


 女子生徒の方が舞音より一学年上の三年生で、生徒会の会長をしている伊之瀬いのせ 真奈まな

 見た目通りおっとりとした性格してるが、仕事は舞音以上にそつなくこなす。

 男子生徒の方が一年生の永瀬ながせりょう

 この三人が全生徒会メンバーで、真奈と凌は舞音の普段見せない一面を知っている人間だ。


「舞音ちゃん、もしかして少しイラついてる?」


「はい、よくわかりましたね」


 真奈はおっとりしてるが、人の感情を過敏に感じ取ることが出来る。

 だから、舞音の些細な違いにも気付いていた。


「朝とても不快なものを見まして……」


「不快って?」


「最悪の生物が作り出した負の弁当です」


「それってお兄さんの?」


「アレを兄と認めたことはありませんが、まぁそうです」


「ふ、副会長それどうしたんですか!?」


 動揺した凌が尋ねた。


「捨てたに決まっている」


「はい、ざまぁ!」


 ガッツポーズして凌は喜んでいた。


「それにしても、舞音ちゃんは相変わらずお兄さんのこと嫌いなのね」


「当たり前です。 あんなウジ虫以外なものをほんの少しでも好きになれるわけがありません」


「そこまで言うと、少し可哀想ね」


 会ったこともないはずの悠都のことを、真奈は哀れんでいた。


「そんなことありませんよ。 会長さん! 副会長さんに罵倒(ばとう)されるなんて、最高のご褒美じゃありませんか!」


 真奈の発言を凌は否定していた。


「なので、副会長さん! オレのことも罵(のの)して下さい。 お願いします!」


「罵る?  私は君に敬意を持っている。 とてもじゃないがそのようなことは出来ない」


「ふ、副会長さん……。 嬉しいんだけど、嬉しいだけども!」


 褒められた喜びとこ褒美を貰えない虚しさの狭間で、頭を抱えて葛藤(かっとう)していた。


「ふふふ、凌君は素直な変態さんね」


「時に、凌よ。 今日の夕方は時間があるか?」


「へぇ? ありますけど……」


「なら、よければ私と付き合ってくれないか?」


「それって、まさかデート……?」


「ふむ、男女二人で出かけるというのがデートというなら、そう呼べるかもしれんな」


「よっしゃあああああ!  副会長のクソ兄貴め! オレの勝ちだぁぁぁ! はははははは!」


 本日二度目のガッツポーズを取りながら、我を忘れて高笑いを上げていた。


「ちなみに、舞音ちゃんは凌君と何処で何をしに行くの?」


「それはな」


 舞音から話を聞くと、真奈は面白い話を聞いた時のような笑みを浮かべた。

 その話を凌ははしゃいでいて聞き逃していた。

 舞音と凌はアニメやゲームの関連商品を専門に取り扱っている大型店に来ていた。


「エロいゲームというのは、こういうところにあるのでは?」


 エロゲを買うことが舞音の目的だった。


「だから、一度帰って私服に着替えさせたんですね……」


 食事や映画を期待していた凌にとって完全な予想外で、ただ唖然としていた。


「私はこのようなゲームはしたことなくてだな。 買おうにも、まずは何を買うべきか分からず、男の凌なら分かるのではないかと思ってな」


「副会長のお兄さんみたく、男がみんなそんなゲームしてるわけじゃないですから! むしろ、ごく少数ですからな!」


「むっ、そうなのか? つまり、凌はやったことなく、知識も全然はないということか。 それは困ったな」


「え、あー…………いえ、やってます……。 知識もそれなりにあるとは思います……」


「なら問題ないな」


「ちなみに、どういうものを?」


「妹ものに決まっている」


 躊躇なく返答した。

 舞音が義理の妹を愛していることを知っているので、凌は納得するものの驚きはしなかった。


「今あることで欲求不満でな。 少しでも晴らそうとな」


「よ、欲求不満……」


 喉を『ゴクリッ』と鳴らして、凌は変な想像をする。

 でもその事実は、深空のエロゲを手にしたものの結局はプレイすることは出来ず、その代わりだった。


「でも妹モノは……」


「分からないのか?」


「…………分かります」


「なら頼む。 頼りにしているぞ」


「助かった。 ありがとう」






 凌に色々進められて一時間ほど悩んだす末に、満足してたものを買うことが出来た。

 そして、店を出ようとすると舞音は知り合いを見つけた。


芽委瑠めいるか。 こんなところで会うとはな」


「うげっ、宇佐美 舞音」


 舞音の知り合いの女子は明らかに嫌そうな顔をした。

 芽委瑠は舞音のクラスメイトで小学校から今までずっと一緒のクラスで、腐れ縁といったところだ。

 その為、お互いのことをよく知っており、だからと言って仲が良いわけではない。

 むしろ、芽委瑠は舞音のことを嫌っていた。


「芽李瑠もエロゲを買いに来たのか?」


「な、なななわけない。 私は予約していたRPGを受け取りに来たの」


 顔を真っ赤にして芽委瑠は否定する。


「そ、それじゃあね」


 素っ気ない対応で横を通り過ぎって、足早に店の奥に行ってしまった。


「さっきの人、副会長の知り合いみたいでしたけど、随分と素っ気無かったですね」


「あぁ、芽委瑠は私のことを嫌っているからな」


 舞音も嫌われていることには気づいていた。


「では、帰ろう」


「は、はい」


 その理由も本人から聞いたわけじゃないが、おおよそ検討はついていた。

 それは同族嫌悪だった。 

 舞音は人に好かれるものの、そんな相手にも嫌ってなくても、心の中で壁を作っている。

 それは人に囲まれていても孤独に感じていた。

 そんな日常が嫌いで心の中でつまらないとも感じている。

 芽委瑠も日常に飽き飽きしているのだと、直感で感じていた。

 ただ今では私には、深空や生徒会のメンバーのように本当の意味で気のおける友人が出来た。

 それが大きな違いだ。


 ――芽委瑠も本気で大切なものを見つけられればいいのだが……。


 その中でも深空の存在は大きかった。

 目立ってしまう舞音にとって、無関心という感情で見られるのは始めてだった。

 好かれるわけでもなく、嫌われるわけでもない、この感情は舞音にとって心地よいものだった。

 そして、深空に好かれたいという感情が生まれて、時が経つにつれて愛情にまで変化していた。





 家に帰るといい匂いがしたので、キッチンに向かうと深空が何か作っていた。


「深空が料理をしてるのか? 今晩の夕食か?」


 悠都の手作り弁当を(勝手に)食べたので、その御返しということだろう。


「うん、お兄ちゃんに食べてもらいたくて」


「私にも少し頂いてもいいか?」


「お兄ちゃんと深空のだから、今作ってるのは駄目。 そっちの失敗作ならいいよ」


 テーブルに視線を移すと、深空が今作っている料理とは対象的に不快な臭気を放つ紫色の物体が皿に置かれていた。


「やっぱり、レシピ通りに作っちゃ駄目だね。 勘で作るのが大切だよ」


 普通、レシピ通りに作れば美味しく出来上がるものだが、深空は勘で作ってる料理の方が遥かに美味しく作れるのだ。


「食べないなら捨てといてくれないかな」


「いや、喜んで頂こう」


 舞音の目に迷いはなかった。


「わかった」


 興味なさそうに深空は言い返す。

 深空は舞音には相変わらず無関心だった。

 けど、嫌いな人間や知らない人間だけの時は、対人恐怖症になる深空にとって、無関心なんてあるのだろうか。

 舞音と二人きりでも対人恐怖症を発病してもおかしくないはずだが、そうはならない。

 なら、深空にとって舞音は一体どういう存在なのだろうか?

 そのことは、誰にも……本人にも分からなかった。


 舞音は紫色の物体を箸で一摘みすると、口の中に入れた。


「ふむ、おい……しい……ぞ…………」


 舞音は目を回して倒れた。

 目を覚ました時には朝方で自分の部屋のベットの上にいた。

 服にはピンクの髪の毛が一本ついていた。

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