第5話「ほら海回だぞ。 喜べよ」

 宇佐美家三人に加えて、鳴月の四人で、電車に三十分ほど乗って、海水浴場に来ていた。

 この時期、人で埋め尽くされる海水浴場にしては、比較的に空いていた。

 悠都は水着に着替えて、女性三人が着替えてくるのを待っていた。


「お待たせ」


 まずは、鳴月が来た。

 鳴月が着てきたのは、可愛らしさも色気もない青一色の競泳用水着だった。


「きゅ、急だったからサイズが合うのこれしかなかったのよ」


「あっそ」


 言い訳を鳴月はしてたが悠都には、どうでもいいことだった。

 次に来たのは深空だった。

 深空が着ていたのは、ピンク色に花柄のしたレースのついたワンピース型の水着だった。

 子供体系の深空にはぴったりだった。

 けど、深空は普段からワンピースを好んで着てるので、あまり変わり映えしなかった。


「かわいい?」


「あぁ、かわいいかわいい」


 明らかにどうでもいいように、適当に悠都は返した。


 悠都には初めから一人の水着しか眼中になかった。

 そして、ついにその本命が来た。

 舞音が着ていたのは、さわやかな水色のビキニだった。

 舞音のスタイルの良さがよく強調されていた。


「おおおおおおおおおお! 生きててよかったぁ!」


 あまりの喜びで悠都はガーツポーズしながら歓喜の雄叫びを上げていた。

 隣の鳴月はドン引きしていた。


「ちっ……。 駄犬が触れるな。近づくな。 視るな。 死ね」


 いつものごとく悠都を罵倒していると、今度は深空が舞音の視線に入った。


「かぁいいぞ深空。 深空の可愛いさは世界一ィィィィィ!!」


「ひゃう!?」


 いつもに増してテンション舞音は、背を低くして深空に頬ずりする。

 深空はバタバタと抵抗するがあまり意味はかなかった。

 そんな出来事が30分ほど延々と続けられていた。





「よっし、それじゃあ早速……」


 その光景を暑い日差しの中、眺めてるしかなかった鳴月が『やっと泳げる』と心踊らせていた。

 けど、次の言葉でその喜びは打ち砕かれた。






「帰るか」


「「うん」」


「ちょって、待って! なんで帰るのよ!?」


「へ? 用は済んだじゃん」


「用って何!? 海で泳いだりして遊ぶことじゃないの!」


「舞音の水着姿を見ること」


「深空の水着姿を見ること」


「お兄ちゃんの水着姿を見ること」


 三人が声を揃えて言った。


「……それだけなら家でしなさいよ!」


「分かってないようだから私が説明しよう。 鳴月さん、水着は海やプールで着るものであって、家内で闊歩(かっぽ)するものではない」


「んなことは、知ってるのよっ!」


「鳴月よ。  漫画やアニメでは海回ってのは、視聴者にとっては泳ぐのが見たいわけじゃなくて、水着姿が見たいんだ。 だから、海に来たからって泳ぐ必要はない! そういうことなんだ」


「どういう事か一ミリも理解出来ないんだけど――帰るのには早過ぎるわよ!」


「確かに鳴月お姉ちゃんの言う通りことにも一理あるかも……」


 三人の中で唯一、深空だけが考え直していた。


「まだ水着堪能しきれてないよ。 もっともっと堪能したい。 まだまだ海でやりたいことあるんだよ」


「そう……だな。 まさか、深空に説得されるとはな」


「うむ。流石深空だ。 お姉ちゃんは感動した!」


 海にいる理由について納得は行かないものの鳴月は一安心していた。


「だから――海の家行こうっ!」


「……は?」


「だな。 行こう!」


「ここは日が当たって暑いしな」


 悠都も舞音も深空の言葉に頷いていた。


「海の家にいるよりも泳いだりする方が楽しいわよ!」


 鳴月の言葉は誰も聞いてなかった。


「鳴月さんは、ゆっくりと泳いでくるといい」


「まさか、ずっと海の家にいるつもり!? 四人で来たのに、一人で泳ぐなんて嫌よ! ねぇってばぁぁぁぁ!」


 海の家に走って行く三人に鳴月は叫ぶが、その声は届かなかった。

 一人寂しく泳ぎたくなかった鳴月も海の家で合流するしかなかった。

 三人の説得を試みるも、無駄に終わった。

 1時間ほど海の家で焼きそばやカキ氷などの食事をしたりしながら、鳴月以外の各々は水着を堪能した。

 結局足すら海水につけることなく帰ることになった。





 3人は鳴月と別れて家への帰り道だった。


「お兄ちゃん、深空は大切なことを忘れてたよ」


「なんだ?」


「ポロリだよっ!」


 深空の言葉を聞いた悠都も舞音も足を止めた。


「泳いでいる中でのポロリ……海の定番中の定番……恥らう深空……ささやか胸を隠す深空」


 妄想しながら舞音はブツブツと呟いていた。

 別な相手のポロリを悠都と深空は妄想していた。


「……明日も海だな」


 宇佐美家全員一致で、次の日も海へ行くことになった。

 その旨を鳴月に連絡して、また鳴月も同行することになった。






 そして、次の日。

 4人はまた海に来ていた。

 ただ決定的に違うことがあった。


「「「海だぁーーー!」」」


 まずは、宇佐美家3人のテンションだ。

 あまりのハイテンションで人目も気にせず、海に向かって叫んでいた。

 昨日もテンションは高ったが、目的は水着であって、海ではなかった。

 けど、今度は海でもテンションが高かった。

 そして、違う点がもう一つあった。

 それは女性陣の水着が昨日とは違ってることだった。

 鳴月はボーイッシュなフード付きの水着だった。


「き、昨日帰りに買ってきたのよ」


「あっそ」


 また悠都にはどうでもいいことだった。

 深空は『おにたんのみそら』と、黒文字で書かれたスクール水着だった。


「深空にはこっちの方が需要あるよね。 お兄ちゃんかわいい?」


「あぁ、かわいいかわいい」


 深空には、これ以上ないほどの似合った一品だったが、相変わらず悠都にはどうでもよかった。


 そして、舞音はピンク色のワンピースを着ていた。

 それは深空が昨日着ていたものと、サイズが違うだけの同じものだった。

 つまり、深空とお揃いになるはずだった。

 だが深空には似合っていた水着も、舞音には似合ってるとは言い難かった。


「こう言うのがギャップ萌えと言うのだろう。 どうだ?」


「すごくいいです!」


「貴様に聞いてない。 口を開くな。 私は深空に聞いてるんだ」


「ふぇ?…………変」


 深空の素直な感想に舞音はショックを受けていた。


「暑い……クーラーをせめて日陰を」


「昨日は三十分も日差しがあたるとこにいたじゃない。 海に入れば涼しくなるわよ」


 悠都の隣で話しながら鳴月は、砂浜にレジャーシートを敷いて、ピーチパラソルを立てていた。


「日焼けするのはちょっといやかも」


「褐色肌の深空も素敵だ」


「そこまで一日で日焼けはしないんじゃないかな」


 舞音の妄想を鳴月は否定した。


「お兄ちゃん、日焼けクリーム塗って。 前も後ろ、上も下も。」


「自分で塗りやがれでぇす。 それより舞音に塗ってやろう」


「下種が! 指一本触れるな! 深空には、私が塗ろう」


「いらない。 ねぇ、お兄ちゃんってば」


「あんたらじゃ永遠に続くから自分で塗りなさいよ。 手の届かないところは、あたしがまとめて塗ってあげるから」


「「「はーい」」」


 渋々鳴月の案に頷いた。

 こうして、着々と泳ぐ準備が出来てきた。


「さぁ、泳ぐわよ」


 鳴月は腕を回したりして、準備運動して泳ぐ気満々だった。

 だが悠都には別な目論見があった。

 ――どうやって舞音のポロリを……。 いや、待て。 深空も俺を狙ってくるだろう。 てことは、最初に海に入った不利になる。 つまり――





 ――先に海に入ったら負ける!


 悠都だけじゃなく、深空と舞音も同じ気持ちだった。


「待て!」


「何よ?」


 今にも泳ぎに行きそうな鳴月を悠都は呼び止める。


「泳ぐには早いんじゃないか。 お楽しみは後にとっておくのもいいんじゃないか」


「じゃあ何するのよ」


「そうだなーースイカ割りなんてどうだ?」


「スイカなんてないわよ」


「それならそこにある!」


 舞音と深空の真ん中にいつの間にか美味しそうなスイカが置いてあった。


「なんであるのよ!? さっきまでなかったじゃない!」


「それは細かいことだ」


「そうそう、気にしない。 スイカ割しよ」


 舞音と深空も賛成のようだった。

 悠都は長くて太い木の棒を持って、白い布で目隠しされていた。

 深空と鳴月のスイカへ誘導する声がした。


 ――見えるぞ! 俺にはスイカが見える!


 実はこの目隠しは、つけてみないと分からないがうっすらとだが正面が見えていた。


 ――これで深空を事故と見せかけて、殴って一時的に動けなくすさえすれば……。


 悠都は策略を巡らせていた。


 ――と言っても、流石に頭はまずいから肩か腰の方をっと。 深空はあれで丈夫だから問題ないだろう。


 見えないフリして深空の方にゆっくりと近付いていった。


 ――ここだ!


「もらったぁぁぁぁ!」


 歩みを早めて間合いまで近付くと、右斜め下に棒を振り下ろした。


「ふぇ?」


 ――ゴンッ!


 ――よっし、手応えあり!


 視界が狭いので目で確認は出来なかったが、鈍い音がしたのに悠都はうまくいったと確信していた。


 ――あれ、動かない……?


 棒を引こうとしたが微動だしなかった。 何故だか確認しようとした悠都は目隠しをとった。


「っ!?!?」


 目隠しをとった悠都の目の前にあったのは、鳴月の怖いほどの満面の笑顔だった。

 動かなかったのは棒の先を鳴月がしっかりと握っていたからだった。


 ――な……なんで鳴月に……。


「……ふっ」


 舞音がニヤリッと笑みを浮かべていた。

 目隠しから見えていたの正面ではなく少し横だった。

 その為に、位置がずれて隣にいた鳴月に棒を振り下ろしていた。

 そうなるように、悠都に目隠しをつけたのは舞音だった。


「わざと……よね?」


 ――バキッ!


 結構な太さなはずの棒が、鳴月の握力であっさりと折れた。


「いや、見えないんだから、そんなわけないないだろ。 あははは……」


「あれー? ちょっと見えるわね」


 いつの間にか鳴月の手には白い布が握られていた。


「えーと、あの……」


「死ね!!」


「うば!」


 鳴月はスイカを悠都の顔面に叩きつけた。

 スイカはこなごなに砕け散り、悠都は鼻血を出して倒れそうになる。

 *スイカは鈍器ではありません。絶対に真似しないで下さい。


「まだ……倒れるわけにはいかない!」


 だが踏み留まって倒れるまでにはならなかった。


「ちっ」


 気を失わなかったことに舞音は苛立ち舌打ちをした。

 スイカがなくなったので、スイカ割りは終了になった。

 悠都の鼻血のついたスイカは、この後で深空がおいしくいただききました。





「さぁ、今度こそ泳ぐわよ」


「……いや、まだだ。 まだ早い」


「またなの!? 今度は何?」


「ビーチバレーだ」


「ネットやボールがないじゃない」


「お兄ちゃーん」


「準備が出来たぞ」


 深空と舞音の後ろの砂浜ににビーチバレーのネットとボールが用意されていた。


「だから……なんであるのよ!」






「そして――なんであたしが一人になるのよ!」


 鳴月はビーチバレーのチーム分けに抗議していた。


「深空が!」


「こいつが!」


「お姉ちゃんが!」


 悠都も舞音も深空も一切譲らず、三対一というチーム分けになった。

 鳴月も渋々、三対一のビーチバレーが始まった。


「ねぇ、もうやめない」


「ハァ……ハァ……。 まだだ、また終わらんよ! ぐはっ!」


「ハァハァ……。 私達の戦いはこれからだ! うぐっ」


「ふぅ……ふぅ……。 深空のバトルフェイズは終了してないんだよ! ぶふっ!」


「あっそ」


 3対1だったが鳴月一人の方が圧倒的だった。

 なぜなら、三人ともボールを返すことより、味方に当てることばかり考えているからだ。

 それはもはやビーチバレーではなく、点数を数えることもとっくに放棄していた。

 その為、3人とも何度もボールを体に受け、戦場にいる兵士のごとくボロボロで今にも倒れそうだった。


「わかったわよ。 これで最後ね」


 渋々ながらも鳴月は、相手のコートへサーブする。

 3人とも満身創痍で、このボールを受けるのがやっとだった。


「「「これが最後の戦いだ!!」」」


 深空は舞音に体当たりして、サーブで跳んできたボールをぶつけようとした。

 体を捻らせることでボールは舞音の横を通り過ぎて行った。

 その先にいた悠都は深空に向けてボールを打ち返した。

 深空は体勢を低くして避けて、ボールはネットにぶつかり高く跳ね上がって悠都達側のコートに戻っていった。

 その真下には舞音がいた。


「これで終わりだ!」


 悠都に向けてボールを打った。


「うげっ!」


 ボールは顔面にぶつかり、ついに悠都は気を失って倒れた。


「よっし!」


「ふぎゃ!」


「深空!? ぐぁ!」


 悠都だけに留まらず、跳ね返ったボールが深空の顔面にも当たった。

 更にまたは舞音の顔面にまでボールが飛んでいき、深空も舞音までも気絶して、その場に倒れた。


「これ……どうするのよ」


 この惨状に途方にくれていた。






 ぴったり30分――寸分の狂いもなく3人が同時に目を覚ましていた。


 起きた3人はビーチバレーを始める前と、変わらないくらい元気になっていた。


「さぁ、もう絶対泳ぐわよ」


 今度は何をするのか悠都は頭を悩ましていた。


「お兄ちゃん、深空は大変なことに気付いたよ」


「なんだよ」


「ポロリしちゃったら他の人にも見られちゃうよ」


「「……あ!」」


「え? ポロリって?」


 独占欲が強いこの3人が愛する人間のポロリを、他人にまで許せるわけもなかった。

 それに気付いた3人の行動は一つだった。


「帰ろう」


「「うん」」


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 結局昨日に続いて今日も泳ぐこともなく帰った。

 この3人とは、もう二度と海に行かないことを鳴月は心の中で誓った。

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