第4話「深空の日常」
「ふぉー……眠い……」
深空が起きた時間は朝7時だった。
不登校してるので時間の縛りがない深空は、この時間に起きることは珍しかった。
その為、こんな朝早く起きるのは、深空にとてつもない苦痛だった。
けど、今日は朝から予定があるので、重い体をなんとか起こして、ベッドから起き上がる。
ぼやけた意識のまま、着替える為に服を脱いでいくと……
「うぉい! 深空ぁぁぁぁぁぁ!」
ノックもせずに叫びながら悠都が部屋に入ってきた。
「……ふぇ?」
下着姿でぼけっとした瞳で悠都を見てると、徐々に意識が覚醒していくと、目を見開いて頬を赤く染めていった。
「ふ……ふぁぁぁぁ!」
深空の予想外の反応に、悠都も慌てる。
「出てってよっ!」
「お、おう」
悠都は言われるがままに部屋から出ていった。
――あれ、今のチャンスだったんじゃ……。
「お兄ちゃん、やっばり入っていいよ! カンバックお兄ちゃん!」
「お前が服着るまで絶対入らねぇから」
落ち着いた深空は自分がとった行動に、深く後悔していた。
深空が着替え終わって悠都がまた入って来る。
「それじゃあ、改めて――うぉい! 深空ぁ!」
「なに?」
「『なに』じゃねよ! 俺のエロゲどこやった!?」
「ナンノコトカナー」
「惚(とぼ)けんな! 俺の義妹ものが全部、実妹ものに変わってるんだよ」
「き、きっと妖精さんだよ」
「ほぉー、どこのファンタジーな世界にそんな酔狂(すいきょう)な妖精がいるんだ」
「そういう変わり者の妖精さんもいるんだよ」
「……じゃあ、これはなんだ?」
箱を深空の眼前に見せつけた。
明らかに深空をモデルにしたであろうキャラクターが、デカデカと箱に描かれていた。
「お兄ちゃんが深空を育成するゲームだよ。 元気な深空、清楚な深空、天然な深空、ツンデレな深空、寡黙な深空、ヤンデレな深空とか、色んな深空が見れるよ」
ない胸を張りながら自慢げに話す。
「見たくねぇよ! 大体タイトルの『ディープ・スカイ』ってなんだよ。 まんまじゃねぇかよ! てか、無駄にクオリティは高そうだな」
箱の裏面の説明を読んでいた。
「うん、頑張ったよ。 深空の声でフルボイスだし、CGは50枚以上。 20もの分岐ルートがあるよ。 もちろん、エロいシーンもいっぱい……」
「…………」
悠都は無言で部屋の窓を開けると、深空の作ったゲームを全力で外に投げた。
「深空の汗と涙と欲望の結晶が!」
涙眼になりながら深空は投げられたゲームを目で追っていた。
「はぁぁぁぁぁ!!」
急に家から飛び出してきた舞音が尋常じゃない速さと跳躍力で、ゲームを空中でキャッチして、一回転しながら無事着地した。
「うぉし!」
ガッツポーズをすると、また家の中に入っていった。
あっという間の出来事にただその様子を二人は茫然と眺めていた。
――本体のデータは深空のPCにあるし、深空とお兄ちゃん以外のパソコンで起動させると、ディスクの中のデータ消えちゃうからいいっか。
「で、俺のゲームは?」
「……今日ってゴミの収集日だよね」
「急に何を言い出して……!?」
急に脈略がないことを言い出した深空に疑問に思ったが、悠都には思い当たることがあった。
それは昨日の夜に深空がゴミ袋を持って、外に出て行ったことだった。
「う……うぉぉぉぉぉお! 俺のゲーム! 初回限定版!」
悠都が駆け出して部屋を出ると、直ぐに玄関の扉が閉まる音がした。
「行っちゃった……。 ゲームなら自動的に夜には戻って来るのに」
すると、玄関のチャイムが家の中か全体に響いた。
自分への客人だと分かっていたので、慌てて鞄を持って客人を迎えに行った。
玄関の扉を開けると、深空より少し背丈が高く、短い銀髪の少女が立っていた。
「深空、おはよう」
「うん、おはよー。 ゆずちゃん」
『ゆずちゃん』っと呼ばれたが、それが彼女の本名なわけでない。
深空と柚霧は小学四年生にクラス替えをしたばかりの親友で、中学校は色々な事情があって別になってしまったが、親友としての関係は揺らぐことなく続いている。
「ところで、さっきお兄さんがすごい形相で、走ってたけど……」
「エロゲ拾いに行ったの」
「……そう」
柚霧には訳が分からなかったが、突っ込むまいと、スルーすることにした。
「それじゃあ行こう」
「うん」
二人は目的地へと向かうため、横に並んで一緒に歩き出した。
深空達は悠都を連れてきた妹喫茶に、当たり前のように裏から入る。
「おはようございます」
「おはよう……です」
二人が挨拶すると、中にいた人達も挨拶を返す。
実はここは深空の店なのだ。 法律上では深空の父親の店なのだが、深空が父親にお願いして作られた店なのだ。
深空は表に出て接客とかはしないが、定期的に来て店員達に妹としての心得を指導しながら、自分も妹力を磨いているのだ。
柚霧はその度に深空と一緒に来て、その手伝いをしている。
代わりにここのメニューが好きなだけ、ただで食べれるのだ。
そのことは悠都も舞音も知らない。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様……です」
午前中ずっといると、そこで昼食も済ませると、次の目的地に向かう。
次の目的地はゲームセンターだった。 二人が入って来るなり、ゲームセンターにいた人達が一斉に二人の方を見た。
「……うざい」
「何が?」
「なんでも……」
柚霧は周りの視線に気づいてたが、深空はまったく気づいていなかった。
二人は音楽と画面のキャラクターの動きに合わせて、ダンスを踊るようにパネルを足で踏んでいくゲームをしていた。
最難易度をミス一つなく、本当にダンスを踊ってるかのようにステップを踏んで、ゲームをプレイしていた。
その間、囲むように人だかりが出来ていた。
他にもオンラインゲームやガンシューティングなどをしてる間に、日が落ちてきた。
満足して楽しそうに会話しながら帰る道の途中で、柚霧の携帯電話が鳴って出た。
「直ぐに帰らないと行けなくなった……」
さっきの電話で柚霧に急ぎの用が出来たようだった。
「それじゃあ、ここでさよならだね」
「でも深空を送らないと……」
「もう一人で大丈夫だよ」
「でも……」
「大丈夫だから、ね」
「それじゃあ、また」
「うん、またね」
柚霧は不安に思いながら何度か振り返って、深空の家とは違う方向の道を歩いて行った。
そして、柚霧の姿が見えなくなると、深空のさっきまでの明るい顔が消えて、真っ青な顔になっていった。
「……ぁあ……あぁぁあ……」
嗚咽を漏らしながら、青ざめた表情で一歩進む度に体をふらつかせていた。
足取りは重く、一歩進むのに十秒近くの時間が掛かっていた。
それはまるで、病人のようだった。
すれ違う人は、心配そうに深空を見る人はいたが、声をかける人はいなかった。
冷たいように思えるが深空にとっては、むしろ深空にとっては、ありがたかった。
何故、深空がこんなことになってるかというと、深空は一人で外には出られないほどの極度な対人恐怖症なのだ。
周りに家族や友人など親しい人間と一緒なら、赤の他人とでも平気で話せる。
だが、誰もいない所で人前に晒されると、耐え切れずに発病してしまう。
それが『宇佐美 深空』なのだ。
「ふ……ふぁれ……どこ……?」
意識まで朦朧(もうろう)として、まともに思考することも出来ずに、家への道も分からずに、もう1時間以上も歩いていた。
「うぅ……」
ついに我慢出来ずに頭を抱えて蹲(うずくま)り、涙を零(こぼ)していた。
流石に心配した通りすがりの人が声をかけて来たが、深空の耳には届いていなかった。
「……ぐす……お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
「お前何してんの?」
「……ふぇ?」
一つの声だけが深空に耳に届いた。
顔をばっと上げると深空の求めていた顔があった。
「……お兄……ちゃん……」
呆然と悠都の顔をじっと見る。
「まさか深空を探しにーー」
「ふふふ、捨てたエロゲ買い直して来てやったぞ。 どうだ!」
両手いっぱいに持った紙袋を深空に見せつけた。
その様子に深空はポカンっとした顔をしていた。
「まだ全部じゃないけど、直ぐに買い直してやるっ!」
「そ、そっか」
深空に笑顔が零れて、さっきまでの泣き顔はなくなっていた。
「新作アクションゲームも買って来たから、帰って協力プレイすんぞ」
「うん!」
自宅に向けて歩く悠都の直ぐ後ろを深空はついて行った。
「悠都ぉぉぉぉ!」
帰ってみると鬼の形相して、仁王立ちした鳴月が悠都を待ち構えていた。
「な、何怒ってるんだ?」
「何……ですって!」
悠都には少なくても今日は鳴月に怒られるようなことをした心当たりがなかった。
「これよっ!」
鳴月が指をさした方を見ると、朝には無かったダンボールが複数置かれていた。
中を覗くと深空に捨てられたと思っていたエロゲだった。
「おお、これどうしたんだ?」
「今さっき、宅配便であたしの家に、あたし宛で届いたのよ」
つまり、深空は悠都のエロゲを捨てたわけじゃなく、鳴月の家に送ったようだった。
「ありゃ、いくつか買い直しちゃったよ。 保蔵用ってことでいいか」
「そんなことどうでもいい!!」
鳴月はこの広い部屋全体に聞こえるほど、声を荒げて怒鳴る。
「何も分からず開けちゃって、母さんと弟の前で大公開しちゃった時のあたしの心情分かる? とんだ羞恥プレイよっ!」
「ちょっと待て! これは深空が――」
深空を見ようとしだが、一緒に帰って来たはずの深空の姿がいつの間にかなかった。
悠都と鳴月が言い争ってる間に、部屋に行ったみたいだった。
「覚悟しなさいよね!」
「深空ぁぁぁぁぁぁ!」
鳴月の声も悠都の声も、『ディスクのデータを再生してみせる!』と、狂ったように何度も叫んでる舞音の声も、深空には届いてなかった。
部屋に着くなりとベッドに倒れるように横になって眠ったようだ。
「すぅ……すぅ……」
幸せそうな顔で小さな寝息を立てていた。
スマートフォンが深空の直ぐ横に置かれていて、柚霧からのメールが開かれていた。
そこには、『お兄さんに連絡しといた』と書かれていた。
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