Melancholic Märchen
@liralira
第1話 電波と俺
「おつかれさまーっス!」
部室のドアを勢いよく開けると、聞き慣れた罵倒が耳に飛び込んできた。
「遅いわよ!」
「いやぁ、だから一年生の教室のが部室から遠いんですって」
のんびりと言い訳をしつつ、自分の定位置に腰掛ける。
「ねぇ、今日は私に付き合って下さる予定でしたよね、睦月さん?」
「待て!りんごも昨日むっちゃんと約束したぞ!」
「あら嫌ですわぁ、ダブルブッキングですの?」
「そうそう、林檎繋がりで一緒に調査に行った方が手っ取り早いかなーと」
スマホを取り出して、地図のアプリ。昨日のうちに調べておいた、この近辺の青果店とスーパーを表示させる。
「手分けしてこの辺の店をあたって、やたら林檎を買うお客さんがいないか聞いてみる、ってどうでしょう?」
「……それだと、継母の方が引っかかりそうですわね」
「りんごも、赤っぽい名前適当に考えたからこの名前なだけで、ぶっちゃけ林檎とかあんましかんけーないぞ?」
どうも、手応えは芳しくなかった。外したか。
すると、視界の端でおずおずと手が上がる。
「あの……そっち行かないなら、ボクとパン屋さん巡り、付き合ってくれませんか……?」
「パン屋さん?……ああ、なるほど。道しるべですもんね」
「う、うん!」
「んじゃ、今日は俺、そっち行きます。先輩たちも探したいことあったら考えといて下さい!」
腰を下ろしたばかりの椅子から立ち上がり、通学鞄を引っさげて、俺は言う。
「早いとこ、先輩たちの【運命の相手】見つけましょう!」
「ええ、ありがとう、栗林君。行ってらっしゃい」
「行きましょ、灰音先輩」
「あ、ちょっと待って……!」
わたわたと荷物を鞄に詰めて、小柄な身体が追ってくる。
ちまっこくて、大変可愛い。
可愛いのは、いいことだ。全くもって素晴らしい。
可愛いは世界を救う。美しさも平和の礎になる。
「お兄さん、早く見つかるといいっすね」
「うん。ボク、兄さんがいたから魔女にも勝てたんだ。兄さんがいないと、ダメになっちゃうから」
たとえ、その頭が電波に満ち満ちていても。
その言動に振り回される羽目になろうとも。
見目麗しい美少女が相手ならば本望。喜んでわが身を差し出そう。
「じゃ、行きますか!【ヘンゼル兄さん】を探しに!」
彼女たちが探し求めるのは【運命の相手】。
かの有名なおとぎ話において、ヒロインの運命を大きく動かしたその役者。
シンデレラは魔法使いを。
白雪姫と眠り姫は王子様を。
赤ずきんは猟師を。
グレーテルは兄を。
出会えたからって奇跡が本当に起こるのか、そんなことに興味はない。
どうあれ、今ここにいる俺が、普通に考えたら話すことすら叶わない上級生の美少女と並んで街を歩いている幸福に変わりはないのだから!
Melancholic Märchen @liralira
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