いえ、此処は、アイスコーヒーの店ではないんです
「実はちょっと、杉原くんがやらかしまして」
ソファに座らせられた、太田という名のミーアキャットは腕を持て余した執事に最上級にもてなされながらも、なんにも手をつけずに、ちんまり座っていた。
大きな男三人に取り囲まれているからそう見えるのかもしれないが。
まるで、危険な事務所に連れ込まれた人のように小さくなっている。
「大事なプレゼンがあると言ってましたけど」
と桜子が言うと、
「そうなんです」
と太田は頷く。
「内容自体は悪くなかったんですけど、ほら。
彼は下手にやる気があるので、止まらないと言いますか。
途中で噛み始めたのに、緊張のあまり、自分で噛んでいることにも気づかなかったようで。
爽やかな笑顔で、延々と最後まで噛み続けたんです」
や、やりそうだ……。
そう佐丸も思ったようだった。
あの仮面ライダー、正義への情熱だけで突っ走るからな。
「終わったあとで、片付けの最中、自己嫌悪に陥ったらしく、かなりブルーになってたんです。
……今朝はちゃんと来てたんですけどねえ」
そ、そんなことになっていたとは。
「近くで幼なじみがお店をやっていて、そこのアイスコーヒーを飲むと元気になるんだと言ってたので、もしかして、そこに居るのかな、と思って、探して来てみたんですが」
いや、此処は、アイスコーヒーの店ではないのだが……。
「それで、部下を探して、こんなところまで。
いい上司だな」
と非常に偉そうな口調で芹沢に言われ、は、はあ……と太田は言う。
この人、誰? という目で見ていた。
そりゃそうだ。
佐丸もだが、芹沢も、若いが、完全に上に立つものの貫禄がある。
こんな執事もどうかと思うが、こんな靴磨きもどうだろうな……と思い、眺めていると、芹沢は、
「そのケーキスタンド、しょっぱいものから食べ始めるそうだぞ」
と何故か、アフタヌーンティーセットの解説を始める。
どうも太田が気に入ったらしく、親切で言っているようだ。
だが、太田は、それに手をつけるどころの騒ぎではない。
「何処に行っちゃったんですかね? 杉原くん……」
としょんぼり呟く。
桜子も考えながら、呟いた。
「人が落ち込んでるときに行くところか……」
「靴置き場ですかね?」
と佐丸。
ないから、普通の家に、あんな靴置き場。
「玄関じゃないのか?」
と芹沢。
ないから、普通の家に、ぼんやり落ち込める芹沢さんちみたいな広い玄関。
「……」
何故、目をそらして、沈黙するっ、唐橋っ。
落ち込んだとき、いつも何処に行ってるんだ、この男は、とますます胡散臭く元担任を見た。
が――。
「あ」
と桜子は声を上げた。
「そうだ。
行ってみますっ。
此処でお待ちください」
そう太田に言って、桜子はスタッフルームから走り出た。
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