たまには熱く語ってみます

 



「でもまあ、俺もちょっと思ってるかな」


 光晴の話をしていたとき、ふいに魁斗が言い出した。


「いつまで執事やってんだって」


 やっぱり、魁斗にも理解されないか。

 まあ、当然かな、と佐丸が思ったとき、桜子が少し笑って、魁斗に言っていた。


「なによ。

 お兄ちゃん、寂しいの?」


 当たり前じゃないか、と言った魁斗は目を閉じ、語り出す。


「一緒に仕事の話しながら、酒を酌み交わしたりしたかったんだ、俺は」


「たまに呑んでるじゃん、二人で」

と桜子は言うが、いや、たぶん、そういうことではないんだろうと思っていた。


 同じように道明寺系列の会社に入り、同じように最初から期待を背負ったものとして苦労して、同じ悩みを分かち合い、語り合いたかったんだろう。


「それに、なんか、佐丸一人が物を考えてるみたいで。

 簡単にレールに乗っかった俺は莫迦みたいに見えてんじゃないかとか」


 自分がそれに反論する前に桜子が言う。


「なに言ってるの。

 レールに乗るのだって、大変なのよ、お兄ちゃん。


 少なくとも私は乗れなかったし」


 桜子は普段は、魁斗と呼び捨てにしているくせに、機嫌を取りたいときと、甘えたいときだけ、お兄ちゃんと呼ぶ。


 そして、今日知ったが、甘やかしたいときも言うらしい。


 兄妹でなきゃ、今すぐ魁斗をはっ倒したくなるくらいの仲のよさだな、と思いながら、眺めていた。


 でも、確かに魁斗は頑張っている、と思い、

「なに言ってんだ。

 俺なんて、結局、なにも出来てないしな」

と言うと、桜子が口を挟んでくる。


「そんなことないわ。

 いつも私の食べたいものを買ってきてくれてるし、美味しいお茶も淹れてくれるし。


 髪も結ってくれるし、服も選んでくれてるし――」


「おい、こら」

と魁斗が止めた。


「それ、単に彼女を甘やかしてる男じゃないのか?」


「そんなことはありません」

と声がして、小方がドアを開け、入ってきた。






「そんなことはありません」

と声がして、桜子は振り返る。


 小方がドアを開け、入ってきた。


 小方さん、聞き耳立ててたのかと思うくらい、絶妙のタイミング! と桜子は思っていた。


「ちゃんと佐丸様は、日々研鑽を積まれています。

 自分が仕える主人のことを熟知し、気分良く過ごしていただくように努めるのが執事の務めです」


「だが、俺は此処に居る執事たちの十分の一も執事としての役目を果たしてないように思う」


 そう佐丸が言うと、

「そう思うのは、佐丸様に皆の仕事が見え始めてきたからです。

 全体が見えるようになったのはいいことです。


 自分がやってみて、上手くいかないこと、及ばないこと。

 それらをみながどうやっているのか、観察してみるのもいいことだと思います。


 幸いにも、佐丸様は、此処ではみなに仕えられる立場です。

 主人である自分にみながどう接してくれているか。


 どう接せられたときに、気持ち良く過ごせているかを観察してみられたらいいと思います」


 佐丸の父と同じように、穏やかに微笑み、小方は言ってくる。


「でも、佐丸様。

 全員同じでなくていいんですよ。


 同じことができる社員ばかりがいらないように。

 技術に特化した執事が居てもいいんです。


 最初から、万能でなくともいいんです。

 いろんな特性の執事や使用人を上手く使う。

 それが私や旦那様の役目なんですから」


 小方さんっ!

 いい言葉だけどっ。


 でもそれ、素敵な笑顔で、サマルの技術以外、全否定っ!

と思いながら、桜子たちは聞いていた。


 だが、佐丸は、

「小方……。

 頑張るよ」

と感激した風に小方に言っている。


 頑張るんだ⁉︎ と兄妹は二度見した。


 なんて操縦の上手い! と執事長、小方を見ている桜子に、魁斗が言ってくる。


「な? ああいう人が社会に出たら、たくさん居るわけだよ、桜子」


 俺みたいなひよっこが最初から上に立つなんて、土台無理なんだ、と言う魁斗に、桜子は言う。


「でも、お兄ちゃん、偉いよ。

 お兄ちゃんは、佐丸とはまた違った形で真正面から立ち向かっていこうとしてるから」


「……そうか。

 たまには、尊敬したか」


 兄にも迷いはあるのだろうに、そう威張ってみせる。


「昔から尊敬してるよ、お兄ちゃん。

 だって、ほら……


 えーと。

 お兄ちゃん、ハヤブサだって、すぐ出来たし」

と言って、


「縄跳びか!

 いつの話だ!」

と驚愕された。


 それ以降、尊敬してないのか!? と。


「でも、思えば二人ともいつでもなんでもすぐ出来たもんね。

 たまには人生ゆっくり進むのもいいんじゃない?」

と言うと、


「お前はずっとのらりくらりと……」

と言いかけ、


「そうか。

 もしかして、お前でも、そう言われたくなかったから、急に働こうなんて言い出したのか?」

と言ってくる。


「……お前でもってなに?」

と言い合う兄妹の前で、佐丸は小方と熱く語り合っていた。



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