もし、恋にやぶれたら……

 



「どうした? 桜子。

 なにか考え事か?」


 一緒にビルから出ながら、唐橋は訊いてくる。


「いえ、そういえば、佐丸。

 めんどくさそうではあったけど。


 あのとき、夜子さんの話、断らなかったな、と思って」


 ちょっとは夜子さんをいいと思うところもあったのかな、と思ってしまう。


「最初に話に持ちかけられたの、中学生のときだったんだろ?

 誰も本気にはしてなかったんじゃないのか?」

と唐橋は言うが、いや、うちや十文字の家なんかでは普通にあることだ、と思う。


 家の都合で結婚が決まることなど。


 夜子の場合は、自分の希望であったが、十文字の家にとっても、いい縁談だったから進んだ。

 それだけの話だ。


 でも、わかるな、と思ってしまう。


 一点を見つめて考え事をするくせが佐丸にはある。


 あの佐丸に真正面から見つめられたら、誰でも舞い上がっちゃうよな~。


「な、桜子」


「は?」

と振り向くと、聞けよ、人の話、と言われた。


「お前と佐丸。

 そういうとこ、ちょっと似てるよな」

と横目に見て言われた。


「先生、結婚ってなんですかね?」


「……俺に訊くなよ」


 いや、ごもっともですよね、すみません、と思った。


 婚約者に逃げられた男に訊く話題ではなかったな……。


 だが、さすが元教師。


「お前は、結婚ってどんなものだと思ってる?」

と訊いてきた。


「私――

 結婚って、好きな人とずっと一緒に居られることだと思ってました」


「うーん。

 ま、そりゃ理想としては、そうなんだがなあ」


 なかなかそのようなものではないな、現実には、と言う。


「そうなんですか?」


「例えば、俺の場合、逃げた婚約者のことを、運命の女だと思ってたし、好きだったんだが。


 結婚まで踏み切ろうと思った理由は、好きだからってこととは違ってた気がするな」


 今、冷静になって思えばだが、と唐橋は言う。


「一緒に暮らすのにちょうどいいと思ってたって言うか」


「ちょうどいいって?」


「気が合うとか、生活のレベルが似てるとか。

 顔が好みだとか」


 そんな感じかな、と言う唐橋に、

「それ、好きってこととは違うんですか?」

と訊いてみた。


「計算も介在しているという時点で、佐丸とかほど――」


 そう言いかけ、唐橋は言葉を濁す。


「純粋じゃなかったのかなとは思う」


 いや、今の『佐丸とかほど』が気になるのですが。


 それは、佐丸に好きな人が居るってことでしょうか。


 だとするならは、何故、先生がそれを知っていて、ずっと側に居る私が知らないのでしょうか。


 実は、私は先生ほど佐丸に信用されてないし、好きな人が居るという素振りも見せてはもらえないほど、気も許されていないとか? などと考えてると、


「おーい、桜子ー」

と唐橋が顔の前で手を振ってくる。


「帰ってこーい」


 さすが元担任。

 桜子の頭の中が遠くへ飛んでいるのに気づいたようだ。


「まあ、お前らはまだ若いんだから、ピュアな恋でもしろよ」


 そう唐橋は話を閉めようとする。


「……そうですね。

 正直、恋というのがどういうものなのか、よくわかってはいないんですが」

と言うと、唐橋は、いや……と言いかけ、なにか言葉を呑み込んだ。


 そして、笑って、適当なことを言い出す。


「まあ、恋にやぶれたら、俺のところに来てもいいぞ」


「ありがとうごさいます」

と桜子は慰めてくれる唐橋に頭を下げた。



 

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