想定外の男





 とりあえず、お茶にして、全員でスコーンを食べた。


 夜子のおかげで少し冷えてしまったが美味しい。


 ……いや、違うな、と桜子は思う。


 一番時間を取ったのは、手嶋さんだったのに。

 夜子さんのせいだと、つい、思ってしまう。


 あの人、苦手なんだよな、と思う。


 佐丸の元婚約者だというその一点により。


 うう……。

 私、心が狭いな、と思いながらも、クロテッドクリームを半分に割ったスコーンにたっぷりのせる。


「でも、佐丸」

ともうずいぶん食べて落ち着いたらしい鳴海が佐丸に呼びかけた。


「婚約者ってことは、一応、あの女とはなにかしたんだろう」


 佐丸、沈黙するな……。


「中学生だったようだし、興味本位ででも――。


 桜子っ。

 俺のジャムを取るなっ」


 おのれ、鳴海先輩め。

 私が触れないでいることを。


 帰れっ、と思いながら、口いっぱいに入れたスコーンを食べたあとで、佐丸の淹れてくれた紅茶を一口飲む。


 美味しい。


 ……美味しいが、なにやら、いろいろと引っかかる、と思っていると、芹沢が口を開いた。


「佐丸。

 なに黙ってるんだ。


 桜子の妄想が広がってるぞ」


 すると、佐丸は、ああ、という顔をして、

「すみません。

 ちょっと考え事をしておりまして」

と言う。


 鳴海の話など、はなから聞いてはいなかったようだ。


 仕事や日常生活などで、反応や処理速度の速い人間は、常に情報を取捨選択してるからな。


 鳴海の話は、いらないものとして、佐丸の耳には入ってきていなかったようだ、と思いながら、桜子は佐丸の顔を眺める。





 何故、婚約を断らなかったか、か。


 佐丸は鳴海が帰ったあと、テーブルの上を片付けながら思う。


 食洗機で回せるような食器はないので、すべて手洗いだ。


「たまには手伝おうか? 佐丸」

「結構です」


 そう言ったあとで、今、誰がなにを言ったのか、頭に入ってきた。


 桜子が、茶碗を洗うのを手伝おうかと言ったようだ。


 その声と内容が理解できる前に反射で断っていたらしい。


 ……正しい判断だ。


 幾らすると思ってるんだ、この器。


 まだなにやら周りをうろうろしている桜子を見ながら、なにか磨きたいな、と思う。


 考え事をするときには、無心になれる作業がしたいものだ。


 銀食器は夜磨いてしまったし、持ってきてないしな、と思いながら、まだそこに居た桜子の顔を見る。


 なにかしゃべっていて可愛いが、特に内容は頭に入ってこないので、またくだらない話でもしているのだろう。


 自分のこういうところが、喧嘩の元になるんだよな、と思いながらも、やはり、桜子の話は聞かずに、

「桜子様」

と呼びかける。


「おぐしが乱れておりますが」


 え? と桜子が頭に手をやった。


 桜子は振り返って、壁のアンティークな鏡を見つめ、そうだっけ? と呟いている。


「乱れております」

とその細い手首をつかみ、椅子に座らせた。


 桜子の髪を梳き、両サイドの髪を緩く後ろに向かって編み込んでやる。


 よし。

 集中できるな。


 すぐ終わるが……と思いながら、中学時代のことをいろいろと回想していた。






 編んでいる間も、桜子はなにを考えているのか、こちらを窺っていた。


 終わると、すっくと立ち上がり、

「ちょっと手嶋さん見てくるね。

 また、鳥捕まえるかもしれないから」

と言う。


「ああ、じゃあ、俺も今日はもう帰るからそこまで」

と言って、芹沢の仕事を眺めていた唐橋も立ち上がった。


「行ってらっしゃいませ、お気をつけて」

と言ったあとで、店舗の方の窓から見ているか、と小学生の子どもを見送る親のようなことを思っていると、残っていた芹沢が笑った。


「答えは出たか?」

と言ってくる。


 自分がさっきの話をずっと考えていたのがわかっているようだった。


「いえ」

と言いはしたが、実は、ちょっとだけ想像はついていた。


 夜子との婚約話が持ち上がったとき、あまりに向こうの押しが強いので、両親は面倒臭がっていた。


 断るとなると大変そうだったし。


 まあ、このまま数年を俺を好きだと言うこともあるまい。


 放っとくか、と思ったのは確かだ。


 でも、あのとき、特に逆らわなかったのは、きっと、最後には、俺は桜子といるという変な自信があったからのような気がする。


 自信……予感かな、と思う。


 今回、なんのビジョンもなく、仕事を始めたいと言い出したように。


 突然妙なことを言い出すうえに、手間のかかる女の面倒を、ただ可愛いというだけで、一生見ようという男も他に居ないのではないかと思ったし。


 だが、それは今まで、周りに強敵といえば、幼稚園のときの京介くらいしか思い浮かばない状態だったからなのかもしれない。


 そんな自分の顔を見て、芹沢が笑う。


「まあ、人生なにがあるかわからないからな。

 お前がいきなり執事になったように」


 確かにこいつの存在は想定外だ、と思っていた。


 いい男だ。


 性格も悪くない。


 ちょっと突拍子もないところもあるが、そういうところは、桜子と似ているし、憎めない。


 そして、唐橋もちょっと侮れない。


 年が離れているだけあって、落ち着いているし。


 次々、問題のある女から言い寄られるだけのことはあり、異性から見て、魅力があるんだろうな、と思う。


 そのとき、

「忘れ物忘れ物っ」

と鳴海がいきなり入ってきて、なにかを持って出て行った。


 ま、こいつは想定内だ……。


 そして、問題ない、と思った。



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