何故、清掃員では駄目なのか?

だからなによ?

 



「なにをしているの、道明寺桜子。

 こんなところで、猫と男とたわむれてるなんて」


 呑気なことね、と夜子やこは言う。


「佐丸様をお前の執事になんてしておいて」


 夜子が上から見下すように言ってくるので、とりあえず、立ってみた。


 夜子の視線が随分下になる。


 夜子の方が、桜子より随分小さいのだ。


 夜子は一瞬、不快そうな顔をしたが、すぐに気を取り直し、なじってくる。


「佐丸様が家も会社も、なにもかも失われたからって、執事にするなんてっ」


 微妙に芝居がかっている夜子を見下ろし、


 いや~、なにもかも失った佐丸を即行、見捨てた貴女に言われたくないんですけど~、と見るからに金のかかってそうな夜子の装身具を見つめた。


 夜子はその視線に気づきながらも、だからなによ? という顔をする。


「……十文字さん、ご結婚されたそうで、おめでとうございます」


「そうよ。

 もう十文字じゃないのよ。


 夜子と呼んでちょうだい」


 いや、逆に親しくなったような気がするんですが……と思っていると、夜子は、


「なによ、その目は」

と言ってくる。


「佐丸様を放って、さっさと結婚した私を責めてるの?」


 いや、妄想ですよ。

 むしろ、ほっとしてますが……。


「佐丸様のお父様が亡くなられた時点では、うちの親も別に佐丸様を見捨ててはいなかったわ。


 でも、会社を親族に乗っ取られ、志保さんがあちら側についた時点で、さすがに見限ったのよ」


 ……今、うっかり、ありがとう、志保さん、と思ってしまった。


「仕方ないじゃないの。

 うちの親はあんたんちの親みたいにやさしくないから。


 私なんて、所詮、政略結婚の道具なのよ」

というその手には、ブランド店で買い物したらしき、各店舗の大きな紙袋が山のようにあった。


 少し、持ってやれ、鳴海先輩……と思ってしまった。


 その辺はビジネスライクだな、この人、とさっきから、女同士のいさかいに首をつっこむのもめんどくさいらしく、クライアントを放って、メールのチェックをしている鳴海を見る。


「ああ、佐丸様の美しいお顔が見たいけど。

 見たら、きっと未練になるわね。


 ところで、この方はどなた?

 この方もお前の執事なの?」

と唐橋を指差す。


 いやー、思いっきり普段着なんですけど、この人……。


 こんな執事、居ないだろ、と思っていると、夜子は、チラと唐橋を見、

「イケメンばかり引き連れて、いいご身分ね。

 じゃあ、またね、桜子さん。


 鳴海さん、それでは、失礼」


 ああ、どうもどうも、とスマホから顔を上げた鳴海は適当な返事をしている。


 夜子はそのまま、ちょうど来た迎えの車に乗って行ってしまった。


「……桜子」

とこちらを振り返り、鳴海が呼びかけてくる。


「なんか奢れ。

 どっと疲れた」


 貴方でも疲れるんですね。


 っていうか、何故、私が夜子さんの尻拭い……と思いながら、犬猿キジのように、鳴海たちを引き連れて、店舗に戻った。


 まあ、手嶋さんが付いてきてくれなかったので、一匹足らないが……。





「佐丸ー。

 なにか飲ませて、食べさせろー」


 誰だ、欲望のままに言ってくるのは、と佐丸は思った。


 毎度、アイスコーヒー飲ませてとだけ言ってくる京介が可愛く思えてくるくらいだ。


 スタッフルームの扉を開いて、鳴海たちを連れた桜子が現れる。


「……佐丸。

 鳴海先輩に飲み物でも。


 っていうか、私たちにも」


「――佐丸の奢りで」

という最後の部分は、桜子と唐橋と声が揃っていた。


 っていうか、唐橋先生、いつの間にか現れた、と思う。


「佐丸ー、お前よくあんなのと婚約してたなあ」

と唐橋が言ってくる。


 ……まさか。


 桜子が、少し言いにくそうに、

「今そこで、夜子さんに出会ったの。

 ……何故か、唐橋先生が好みのようだったわ」

と言う。


 じゃあいいじゃないか、と思っていた。

 十以上年上の男との政略結婚だったようだから。


 十文字夜子か。


 彼女のことを思うときだけ、会社がなくなってくれてよかった……と思ってしまう。


「理不尽な親でもなかったろうに」

 まだ靴を磨きながら、芹沢が口を挟んでくる。


「なんで、婚約の話、断らなかった?」


 なんで。

 なんでだろうな? と佐丸は思う。


「お前が強硬に嫌だと言えば、親も押してはこなかっただろ」


 自分がすぐに答えなかったので、桜子が、

「とりあえず、お茶を淹れて、佐丸。

 スコーンが冷めてしまうから」


 そう言って、芹沢の振った話題を遮った。




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