あー、わかるわかる
「で、どうした、杉原」
ソファに脚を組んで座った芹沢が訊く。
そんなつもりはないのだろうが、先程までは謙虚そうなことを言っていたのに。
やっぱり、偉そうだな、この人、と思って、桜子は聞いていた。
京介は芹沢に、
「社内のことなので、多くは語れないんですが。
物凄く緊張するプレゼンがあるんですよ~」
と訴えている。
「まあ、プレゼンは、する人間の人柄にも左右されるからな。
お前は感じがいいから、有利なんじゃないか?」
と言う芹沢に、
「でも、能天気そうでムカつくって言われたことあります」
と言うと、芹沢は、あー、わかるわかる、と頷く。
「どっちなんですかーっ」
「相手に寄るよなあ。
ま、それも運だ。
頑張れよ。
ちなみに俺はよく、何故、上から物を言うのかとクライアントに言われてたな」
……この人に訊いても、なんの参考にもならないようだ、と京介も桜子も思った。
「まあ、大丈夫だ、頑張れ」
となんの根拠もなく、芹沢は言い出す。
「俺なら、お前を通す」
「じゃあ、今すぐ、芹沢さんがクライアントになってくださいーっ」
と京介は芹沢の手を取っていた。
意味不明の錯乱状態だな……。
「大丈夫だよ、京ちゃん。
命までは取られないよ」
お前の慰め方もどうかと思うぞ、という顔で、芹沢がこちらを見る。
「でも、緊張するんだよ~」
と言う京介に、
「京ちゃん、緊張のない人生なんて、きっとつまらないよ」
と言うと、桜子……と京介が手を握ってこようとした。
芹沢がその手をはたき落とそうとしたが、その前に違う白い手が、何故か桜子の手の方をはたいていた。
「ただいま戻りました、桜子様」
珈琲豆の袋を持った執事が立っていた。
……今、はたきましたよ、この執事。
しかも冷ややかに見下ろしてますよ、と思って、佐丸を見上げる。
「またアイスコーヒーですか? 杉原様」
「いや、違うよ。
みんなの顔を見に来ただけ。
もう行くよ」
と京介は殊勝なことを言いながら、椅子の横に置いていた鞄を手に取った。
「お待ちください」
と佐丸は引き止める。
「今すぐ淹れますので、時間があるのなら、飲んでいってください」
佐丸も、なんだかんだで人がいいよな、と思う。
そんな佐丸の前で、芹沢は、志保の話をするかどうか、迷っているようだった。
まあ、しない方が平和かな、と思っていると、佐丸はすぐに人数分のアイスコーヒーを淹れてきた。
京介は、すぐに、ぐっと飲み干し、
「行ってくるよ」
と言う。
「気をつけてね、京ちゃん。
歩道を渡る時は、右と左を確認してね」
その緊張具合に、つい、子どもを見送るように言ってしまうが、京介は、なにそれ、と笑うことなく、
「ありがとう、桜子」
と言い、行こうとして、やめた。
「あのさ……。
此処が出来てから、俺、ちょっと嬉しいんだ。
此処のぼんやりとした空気に浸ってると、なんだか頑張ろうって気になれる」
行ってくるよ、と笑って京介は出て行った。
ありがたいんだけど。
ぼんやりとした空気ってなにかな……と思っていると、芹沢が、
「とりあえず、人の役に立ってるじゃないか」
と桜子に言ってきた。
「そ、そうなんですかね?」
と少々疑問に思いながら言ったとき、京介が出て行ったドアの外から甲高い女の笑い声が聞こえてきた。
それはドアの前を通り過ぎていったが、何故だか、ぞくりとする。
なんだろう。
嫌な記憶が蘇りそうなんだが、と思いながら、桜子はこの部屋の中では浮いている、そっけない色合いの、その灰色のドアを見つめていた。
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