ご冗談を……
「こんばんは」
叔母に呼ばれ、叔母お気に入りのレストランに芹沢は行った。
叔母の友人たちも同席している。
あら、望さん、お久しぶり、と言うおばさま方に、一通り挨拶する。
中には知らない人も居たが。
「望さん、貴方、仕事辞めたんですって?
もう。
ちょうどいい見合いの話があったのに」
習い事を辞めたくらいの軽さで叔母は言ってくる。
特に生活に響かないからだろう。
「どうするの?
気に入らなかったの? あの会社。
別のところにしてもらう?」
簡単に言うな~と思いながらも、叔母が自分を愛してくれていることは確かなので、笑顔で答えた。
「いえ。
大丈夫ですよ。
もう次の仕事を決めてきたので」
「あら、そうなの?
なにをするの?」
「靴磨きをしようかと思っています」
冗談だと思ったのか、何人かは笑っていた。
いえ、本気ですよ、と思ったが、この浮世離れした集団の中で、本気で話しても駄目なので、自分も笑顔で流した。
たまに、こういう会に参加させられる。
自慢の甥を披露したいのだそうだ。
自慢の甥って、無職なんだが……と思いながらも、叔母のために笑顔を作った。
叔母には、実の息子も居るのだが。
気のいい男だが、さすがにあの年で、母親とべったりというのも気恥ずかしいらしく、叔母は、断らない自分ばかりを誘ってくる。
親子よりは遠慮があって、逆にやりやすいところもあるようだ。
しかし、それはいいんだが―― と彼女らの歓談に時折混ざりながら思っていた。
正面に女装した佐丸が居る気がするんだが、気のせいだろうか。
素晴らしく美しいが、顔が明らかに、武田佐丸だ。
……友だちだったんだな、佐丸の母親と、と思っていると、タイミングを窺うように怪しい笑みでこちらを見ていたその女が言ってきた。
「望さん、桜子の会社で働くんでしょう?」
地獄耳だな、と思う。
決まったばかりだし、佐丸は母親とは連絡取ってはいないはずなのに。
どうも佐丸の母親は既に別の男と居るらしく、佐丸はそれが気に入らないようだった。
「会社はいいけど。
あれ、うちの息子のなの。
取らないでね。
貴方、素敵だから、桜子がフラフラと行きそうで心配だわ」
あら、三角関係? 素敵ね、と他のマダムが口を挟んでくる。
いや……ドラマじゃないんで、三角関係なんて、なにも素敵じゃないんだが、と思っていると、
「貴方と桜子、意外に合いそうだものね。
佐丸は、ああ見えて、お坊ちゃん育ちで、ぼんやりしてるから、気をつけるように言っておいてね」
と言う。
待て。
誰が誰にだ?
俺が、俺に気をつけろって。
佐丸にか?
……やはり、佐丸の母。
不思議なことを言ってくる。
だが、そういう言い方で、自分を牽制しているのだろうな、と思った。
一筋縄ではいかない感じだ。
これが姑になったら、大変そうだが、桜子はなにも考えてないから、逆にいいのかもな、と思う。
「お宅の息子さんも素敵よねえ。
今度、望さんと一緒にいらっしゃればよろしいのに」
と佐丸の母に誰かが言い、
「あら、うちの子は、望さんみたいなサービス精神はないから、無理よ。
いい甥御さんを持って幸せねえ、
と佐丸の母が叔母に言っている。
あら、と叔母は嬉しそうだった。
いや、佐丸にサービス精神がいなわけではないと思うが。
俺だって、相手が母親なら此処まで気を使わないしな、と思っていた。
「もう少し、お呑みになったら? 望さん。
いいシャンパンは後をひかないから」
と佐丸の母が微笑みかけてくる。
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