買い被りですよ

 




 部屋に着くと、佐丸はそっとベッドの上に降ろしてくれた。


 用意してあったという全く同じシューズを持ってきて、履かせてくれる。


 甲斐甲斐しい執事だな、と思いながら、それを見下ろしていた。


 サービス過剰か。


 いや、主人が望めば此処までしてくれるのが、完璧な執事というものなのだろうかな。


 ……望んでないが。


 すっと立ち上がった佐丸は、

「では、御用がございましたら、またお呼びください」

と言って去ろうとした。


「佐丸」

と呼び止める。


「今、ちょっと執事じゃなくなってよ」

と言うと、こちらに背を向けたまま、


「出来ません」

と言う。


「……出来ません?」


 どんな完璧執事様だ。


 だが、佐丸はこちらに背を向けたまま、

「それは出来ません、桜子様」

と言ってくる。


「今、執事でなくなったら、百パーセント貴女をなじるからです」


 わあ……。


 じゃあ、戻らなくていいよっ、と思ってしまう。


「例えば、だから言ったじゃないか。

 可愛いだけでそんな縫製の怪しい物を買うな、莫迦者っとか。


 安物買いの銭失いとはお前のことだっ、とかですね」


 まるっと全部言っちゃってますけど、完璧執事様……。


「それと……」


 それと? と思って見ると、やはり、振り返らないまま、この完璧執事様は、

「それと、あちこちで勝手にプロポーズされて来ないでください」

と言う。


 いや、プロポーズって。


「どれも冗談みたいなもんじゃない」

と言うと、いきなり向きを変え、ツカツカとこちらにやってきた佐丸は顔を近づけて言う。


「桜子様。

 男というのはですね。


 断られても傷つかないよう、冗談めかして、さらっと言って、それで相手がちょっとでも乗ってきたら、これ幸いと話を進めようとしているものなんですよ」


「えーと、それ、佐丸もそうなの?」


「私は……

 私はそういう経験はございませんので」

と言葉を濁したあとで、


「私、せっかく早くに戻ったのですから、他の執事の方々とともに、小方さんに鍛えていただいて参ります」

と言って出て行ってしまった。


 おい、執事。


 話の途中で主人を放っていくな、と思ったが。


 まあ、これ以上、話してもどうにもならないような気もしていた。






「佐丸様」


 佐丸が下に降りると、すぐに小方がそう呼んできた。


 いやー、小方さん。

 今は、様はやめて欲しいんですが、と思っていたが、さすがに呼び捨てには出来ないようだった。


 まあ……この状況で、執事をやりたいというのは、俺の我が儘以外のなにものでもないよな、と思っていると、

「こちらにいらしてください」

と笑顔で言われる。


 怒られるっ、とつい、子どもの頃の癖で、身構えてしまった。


 小方は微笑みながら叱ってくるから怖いのだ。


 だが、小方は佐丸を食堂近くの小部屋に通すと、

「どうぞ、佐丸様。

 純銀のカトラリーです」

と立派な木製のケースにずらりと並んだスプーンとフォークを見せてくる。


 残念なことに少し黒ずんでいるが。


「程よく手入れの悪いものを知り合いのところから仕入れて参りました」


 程よく手入れが悪いってなんだ、と思っていると、

「どうぞ。

 佐丸様のために用意させたものです。


 お磨きください」

と言い出す。


 いや、お磨きくださいってな、と思ったが、ちょうど磨く靴もなくなっていたところだ。


 お言葉に甘えて、磨かせてもらうことにした。


「最初ですから、私がお教えしましょう」

と言われ、


「いえ。

 小方はさんはお忙しいのに、結構です」

と言うと、


「いいえ。

 これも仕事ですから」

と微笑み、小方と差し向かいで座って講義を受けた。


 出来た執事だな、と思う。


 結局、自分の我が儘で、小方の手を取らせ、仕事を増やしている。


「お前のようになりたかったんだ……」


 言葉を改めることをやめ、佐丸は言った。


「いつも一歩下がって、人を見てる。

 常にどんな事態にでも対処できて、全体を見て動ける。


 それでいて、ひとりひとりを切り捨てるわけでもなく、誰のことも考えているように見える」


「佐丸様。

 買い被りですよ。


 そのようになりたいと思って生きてはいますが、思うように出来たことは一度もないです。


 佐丸様のお父様のときだって」


 小方が父の話題を出すことはないのだが、敢えて、此処では口にしてきた。


「佐丸様は、私の対応を褒めてくださいましたが。

 あれが良い対処だったのか、私にはわかりません。


 日々、立ち止まって考え、おのれのしたことを振り返る。

 完璧な執事というものにはなれないでしょうが。


 そうして、少しずつ、進んでいけたらな、と思っております」


 佐丸様、と一瞬、見つめた銀食器から顔を上げ、小方は言った。


「佐丸様がこの先、どのような方面に進まれても、そうして、立ち止まり、考えてこられたことは間違っていないと思いますよ」


 いや、間違っているのかもしれない、と思う。


 でも、間違っていないと小方は言ってくれて、自分を前へと進めようとしてくれる。


 自分は完璧な執事ではないと小方は言うが、自分にとっては、完璧な執事だ。


 だが、確かに、自分にとっての完璧な執事が、人によっては、そうではないこともあるだろう。


 執事というものは、ただ、主人にとって、完璧であればいいのだろうが。


「小方、桜子の思う完璧な執事とはどういうものかな?」

とつい、呟くと、


「桜子様の思う完璧な執事ですか?」

と言ったあとで、小方は、


「そんなもの、ないと思いますね」

と言い出した。


 ええええええーっ!? とらしくもなく、桜子のように間抜けに声をあげそうになる。


「あの方は、意外となんでも自分でやりたがるので、本当は執事なんていらないと思いますよ」

と笑顔の小方に、


 待て。


 じゃあ、なんで、俺を桜子につけた……と思っていると、


「でも、側に仕えて、桜子様の想いや人となりを今までとは違う角度で一歩引いてみたら、見えてくるものもあると思いますよ。


 そして、それが、将来、桜子様の夫となられた暁には、なにかの役に立つんじゃないかと思います」

と小方は笑う。


「待て」

とついに声に出して言っていた。


「……もしかして、執事になりたいとか戯言たわごとを言いだした俺を。

 のちのち桜子の良い夫になるようにと、桜子につけたのか?」


「そうでございますよ。

 そして、佐丸様にとっても、桜子様が良い伴侶になられますように」


 少し赤くなりながら、

「いや、俺と桜子が結婚するかどうかわからないじゃないか」

と言うと、


「そうでございますかね?

 私には、桜子様が他の方と結婚するところが想像出来ないのですが。


 だいたい、桜子様を幼少の頃からよく知っている佐丸様ならともかく、他の方では無理ではないかと思うのですが。


 桜子様の見かけにつられて結婚すると、結構持て余すんじゃないですかね?」

と言ってくる。


 おいおい。

 俺よりひどいこと言ってないか? と思ったが、笑顔だ。


 まだ黒ずんだままの銀食器を見ながら、

「だが、小方。

 確かに、執事になって、客観的に見てて気づいたことがあるぞ」

と言うと、なんでございましょう? と言う。


「あいつ、結構モテるな」


「そうでございましょう?

 でも、桜子様は、まったくそのことに気づいておられないので、今がチャンスでございます」


「今がチャンスか……」


 チャンスでございます、と笑顔で小方は繰り返した。


「佐丸様、この世に何人男と女が居ようと、出会える数は限られております。

 人はその中から人生の伴侶を選ばねばなりません。


 もしかしたら、佐丸様以上に桜子様に合った方が、この世界にはいらっしゃるのかもしれませんが。


 おそらく、まだ、出会ってはおりません」


 チャンスです、と小方は繰り返す。


 そうか……。

 チャンスか。


 しかし、いい話なんだかなんだか。


 その隙を狙わねば未来はないと言われてるんだか、わからない話だな、と思う。


「さあ、では、銀食器磨きを実践してみましょうかね」

と小方は言った。


「でもまあ、いまどきは、ズバリ、超音波洗浄機で洗うという手もあるようですけどね、佐丸様」

とやはり笑顔で言われ、佐丸は手袋をしてつかんでいたスプーンをぼとりと落としそうになった。







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