今度は、なにをやらかしたんです?

 



 店舗の方、外から見える位置で、桜子は芹沢にバイオリンを習っていた。


 教本を広げる芹沢を見ながら、淡々としてるな、と思う。


 叔父の会社を辞めてきたことも、なんてことないように語っていたが、そんなこともないのだろう。


 だから、すぐに此処に来たのに違いない、と思っていた。


 ぱっと見、なにも悩んでない風に見せているのは、芹沢の、叔父たちに対するやさしさなのだろう。


 芹沢に指示されるたびに、はい、と桜子は頷き、言われた通りにやってみる。


 もちろん、最初からまともな音など出るはずもないが、なにもない広い空間なので、やたら音だけは響く。


 それにしても、芹沢に習ってみて、驚いた。


 普段の高圧的ともとれる態度とは違い、教え方が丁寧でわかりやすい。


 どうすれば、相手に伝わるか、良く見て、考えているのに違いない。


 佐丸は適当に人を引き入れるなという言い方をするが、いや、芹沢を社員にして間違いはないだろう、と思っていた。


 ……でも、佐丸と一緒で、この人も自分が社長みたいなんだけど、と思っていると、

「桜子、ちょっと貸してみろ」

と桜子のあまりに不器用さに、少し困惑した風な芹沢が、一旦、ストップをかけてきた。


 桜子の手からバイオリンを取り、今、注意してきたことを実践してみてくれる。


 うわっ、と思った。


 ちょっと弾いてみただけでもわかる。

 桁違いに上手い。


 上手い人は弦に弓が吸い付くようだというが、本当にそんな感じだ。


「なんでも出来るんですね……」

と思わず言うと、いや、と真面目な顔でこちらを見て言う。


「ひとつのことを成し遂げようと思ったら、ただコツコツと繰り返すだけだ。

 他に気を向けないで」


 いつもこういう顔してればいいのにな、と思い、その顔を眺めてしまう。


 芹沢と目が合った。


「……ほら、やってみろ」

とバイオリンと弓を渡される。


 息を吸い、よくわからないながらも、とりあえず、芹沢に最初に注意されたように構えてみた。


 それでも音の出方はいまいちだったが。


「首をもうちょっとこう――」

と言いかけ、芹沢は桜子の顎の位置を正そうとした。


 ふっと芹沢は表情を変え、視線を外した。

 そのまま、ガラスの方を見る。


「……注目されてるな」


 窓の外から女子たちがこちらを見ていた。


「それでいいんですよ」

とバイオリンを手にしたまま、桜子は笑う。


「この間から、バレエ教室だったり、靴磨き屋だったり、バイオリン教室だったり」


 此処は何屋だと思われてるぞ、と言う芹沢に、

「それでいいんですよ」

と笑うと、


「……俺はときどきお前が怖いぞ」

と言ってくる。


 はは……。

 そこはよくない、と思いながら、桜子は苦笑いした。


「ほら。

 いいから弾け」

と芹沢はいつも佐丸がおやすみの挨拶をしてくれる額を指で弾いてきた。







「ガラス張りだから大丈夫じゃないか?」


 いきなり背後からした声に、うわっ、と佐丸は声を上げる。


 ドアの向こう、桜子たちの気配を追いながら、椅子に座り、読むでもない本を広げていたのだ。


 唐橋は、うっかり落とした本を片手で拾いながら、

「何度もノックしたぞ」

と言う。


 その腕には、手嶋さんも居た。


「此処に入りたそうに、ドアをカリカリしてたから」

と手嶋さんを渡しながら言ってくる。


 手嶋さん、此処に来てくれたのか。


 顔には出ないが、ちょっぴり感動していた。


 自分も桜子に負けず劣らず猫好きなのかもしれないと思ったが、口には出さなかった。


「そういえば、桜子が手嶋さんをパートで雇いたいと言ってましたよ」

と言うと、唐橋は、そうか、と言ったあとで、


「ついでに俺も雇わないか?

 手嶋さんとセットで」

と桜子たちの居る店舗の方を見ながら言い出した。


 あまりこちらを見ないで語る唐橋の横顔を見ながら、思わず、言ってしまう。


「……先生。

 今度は何処の奥さんと問題を起こしたんですか?」










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