それは迷惑行為です




 桜子は、まだ起きてないようだな。


 誰も居ない朝食の席で、佐丸は思う。


 出来上がったばかりのスフレオムレツを食べたあと、デザートに手を伸ばしかけ、やめると小方に呼びかけた。


「小方」


 はい、なんでしょう、佐丸様、と静かに控えていた小方が返事をしてくる。


 桜子の父も魁斗ももう出かけていた。


「執事というものがどういうものなのか。

 余計にわからなくなってきた。


 とりあえず、自分がしてもらったら嬉しいと思うことを桜子にしてみるぞ」


「さようでございますか」


 小方はそれでいいとも悪いとも言わずに微笑んでいる。


「ところで、俺の営業時間を七時からにしてもらえないだろうか」

と訴えてみたのだが、小方は微笑みを崩さず言ってきた。


「佐丸様、それはご遠慮ください」


 小方の笑顔からはなにも読み取れなかったが、その後ろに控えている執事たちからは充分読み取れた。


『やめてください、やりづらいから』


『屋敷内での執事的行為はできるだけ、ご遠慮ください。

 やりづらいから』


 ……俺の執事は、迷惑行為か、と思いながら、佐丸は溜息をついて立ち上がる。


「桜子を起こしてくる」


 小方は黙って頭を下げ、全員がそれに習う。


 これだよ。

 俺はこれがやりたかったんだよ、と思いながら、それを横目に眺めながら通り過ぎる。


 小方の方じゃない。

 この後ろについている執事たちの方だ。


 そして、スポ根ドラマのように鍛えられたかった。


 結局、自信がなかったのかな、と今は思う。


 人の上に立つ自信が――。


 いずれ、父の会社を自分に、という道明寺の会長の意図は見えていた。


 愛情と親切心からだけではない。


 桜子と結婚させた自分を社長に据えることで、武田物産を傘下に入れることに対して、批判が起きないようにするためだ。


 急に人の上に立てと命じられそうな不安感から、どっしりと安定感のある小方になにか教わりたいと思ってしまったのかもしれない。


 社会に出る前に必要ななにかを。


 まあ、ともかく、やれるだけのことはやってみよう、と佐丸は思った。


 それにしても、桜子――。


 社会経験もないのに、まったく動じることなく、あっさり人の上に立とうとしているあいつがちょっと怖い、と思っていた。


 しかも、なんなくやり遂げそうだし。


 女の方がやはり、神経が図太いな、と思っていた。






 目を覚ました桜子は、自分の顔を見下ろしているものが居るのに気がついた。


 佐丸だ。


 いつもなら、適当にベッドに腰掛けているのに、距離を置くように、椅子に座ってこちらを見ている。


 いや、風邪ひいて看病されてるみたいで、なんとなく嫌なんだが……と思いながら起きようとすると、いきなり額を二本の指で押さえられた。


「人は額を押さえられると立ち上がれないというからな」

と呟いている。


 あったな、子どもの頃、そういう遊びが……と思っていると、

「起きるな」

と言ってくる。


「もう八時過ぎてるんだけどっ」


 むしろ、遅過ぎだ。

 遅刻するっ、と思っていると、

「まだ始業時間は決めてないし。

 芹沢もまだ午前中はあっちに顔を出すと言ってるからいいじゃないか。


 俺はお前が起きたところから、世話してみたいんだが、小方たちがどうしても、俺の営業時間を変えてくれない」

と佐丸は言う。


 そりゃそうだ。

 彼らがやりにくくなるからなっ、と思っていた。


 どうでもいいけど、指外してーっ、とじたばたする。


「だからって、九時まで寝とけとかおかしくないっ!?」


 佐丸は額を押え込んだまま、あまり感情の窺えない瞳で自分見つめ、淡々と言ってくる。


「桜子様、お洋服と靴をお見立てしましょうか」


「けっ……」


 結構よっ、と言いそうになったが、堪えた。


 どうしたことだ。

 また私が執事に我慢を強いられている、と思いながらも、そういえば、佐丸にやりたいようにやらせてみようと思ったんだったと思い出す。


「……じゃあ、わかったわ。

 お願いするわよ。


 この部屋の中だけ、八時から執事でいいんじゃないの?」

と答えると、指を外された。


 ようやく起き上がりながら、

「洋服と靴を見立てましょうかってことは、本当は佐丸がそれをやって欲しいってこと?」

と訊くと、


「おぐしも整えましょうか」

と言ってくる。


 それもやって欲しいのね……。


 佐丸が執事をやりたいようにやり出したら、他の執事にとって、緊迫感があるだろうな、と思っていた。


 もしかしたら、小方は、それを見習いの執事たちに見せたかったのかもしれないが。






「おはよう」


 桜子は、佐丸に見立ててもらった服で階下に下りる。


 食事をしたあと、出かけようとすると、佐丸は胸許から細い桜子の靴を出してきた。


 ……懐から。


「どうぞ、桜子様」

と温まったその靴を目の前に置いてくれた。


『秀吉かっ!』

と自分たちを見送ろうとしていた執事たちが青褪める。


 間違ってる間違ってる間違ってるっ!


 っていうか、そこまで、へりくだらねば、佐丸様には認められないということかっ!?


 なんか後ろの方が騒然としてるなーと思いながら、佐丸に靴を履かせてもらった。


 さすがの佐丸も気づいたようで、佐丸はチラと彼らを見たあとで、

「桜子様は冷え性なので、温めてみました」

と言い出した。


 一応、彼らへの説明らしい。


 じゃあ、佐丸様へはそこまでしなくてもいいということか?


 そうか?

 そうだよな?


 秀吉じゃあるまいし、俺は天下は狙ってない、とそれぞれの顔に書いてある。


 ……これはこれで、妙な緊迫感が漂っていいかもな、と思いながら見ていた。


 みんなの気持ちが引き締まる。


 小方は離れた場所から笑って、それらを見ていた。


「あのー、佐丸。

 これはやり過ぎだと思うわ」


「さようでございますか?」


 まさか。

 こいつの間違いを訂正させるために、私の執事に?


 小方も誰も佐丸には注意できないしな……。


 魁斗や父では、めんどくさいから、そのまま流しそうだし、と思いながら出て行く桜子に、

「行ってらっしゃいませ」

と小方たちが頭を下げる。





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