王子様、靴を磨いてください
仕事が終わったあと、佐丸は桜子に付き合って、というか。
恐らく、桜子が自分に付き合ってくれて、桜子の靴を買いに来ていた。
佐丸は行きつけの百貨店で色とりどりに並んだ靴を物色しながら、自分は何故、靴磨きの店に乗り気でないんだろうな、と考えていた。
横では桜子が、
「佐丸ー、これ、可愛い」
と言いながら、高いヒールの赤い靴を手にしていた。
「かかとが高すぎる。
転ぶだろ、お前」
その話を聞いているのかいないのか。
手から離したから、まあ、聞いてるのか?
と横で見ながら思っていると、赤い靴を戻した桜子は、
「あっ、こっちもいいな」
と今度は淡いピンクの、先端がころんとした靴をかかげてみせる。
「待て。
そういう淡いピンクは、お前、すぐ汚すだろ……」
と言ったあとで、
「ああ、今回は汚していいのか」
と呟くと、桜子は、いちいちうるさいな~、この男、という顔で自分を見る。
「貸せ。
買ってやる」
とその靴を桜子から取り上げると、
「えっ。
いいわよ。
自分で買うわ」
と桜子は取り戻そうとする。
「いい。
俺が磨くためにお前に履かせたいだけだから」
「佐丸。
その言い方、なんだか怪しい人みたいなんだけど……」
桜子と、その側に居た店員が苦笑いしていた。
靴屋の店員と言えば、来るとき、行き先が靴屋なので、なんとなく、芹沢も誘ってみたのだが、
「いや。
お邪魔だろうから、遠慮しよう」
と言ってきた。
……なかなか物の分かった奴だな。
京介よりはマシな気がする、と思いながら、店員に靴を渡し、財布を出そうとしたとき、後ろから声がした。
「あら、これ、可愛い。
桜子さんに似合いそうね」
この声は――。
確かめたくない、と思いながらも放置できずに振り返ると、母、志保が最初に桜子が見ていたあの赤い靴を腰を屈めて眺めていた。
「あっ、志保さん、こんばんは」
と桜子が笑顔で話しかけている。
俺が見えたから来たなんてことは、この人に限ってはないだろうから。
靴を見に来たら、たまたま俺が居たけど、自分の方が遠慮するのも癪だから、ズカズカやってきたというところだろう。
その靴を眺めていた志保は、
「似合いそうね、桜子さん。
私が買ってあげるわ」
と言ってきた。
「えっ。
いいですよ、志保さん」
この女と桜子が同じ趣味だとは……と渋い顔をしていると、志保は、その靴を手に、
「赤い靴は意外に女の服に合わせやすいのよ、佐丸」
と言って、さっさと先にレジで打ってもらっている。
戻ってきて、
「はい」
と靴の入った袋を桜子に渡していた。
まだピンクの靴を手に立っていた自分たちを振り返り、
「そっちはあんたが買いなさいよ。
じゃあね、桜子さん。
いざってときは、それを履いて」
と笑って行ってしまう。
なんとなく二人で見送りながら、
「桜子。
いざってときってなんだ?」
と訊いてみたが、本当にわからないようで、
「……さあ?」
と小首を傾げていた。
魔女じゃなくて、王子様に靴をもらってしまいました――。
夜、ベッドに入った桜子は、佐丸に買ってもらった靴と、志保に買ってもらった靴をサイドテーブルに並べ、眺めていた。
佐丸に買ってもらったピンクの靴は、ふんわりとやさしい色と形で落ち着く。
志保に買ってもらった高いヒールの赤い靴は、刺激的というか。
今まで見たこともない世界に導いていってくれそうな靴だった。
それにしても、王子様と、悪いお妃様に靴をもらうだなんて。
いや、悪いお妃じゃないか……。
でも、なんとなく、白雪姫の方のお妃様が浮かんでしまった。
頭の中で、ひひひひひ、とマントを頭から被った志保が笑い、それがそのまま夢になった。
夢の中、石造りの塔の一番上まで行った自分は、そこで糸を紡いでいる佐丸王子に出会う。
桜子は絵本でよく見ていたようなお姫様のドレスを着ていた。
そして、そのドレスの裾をちらりと持ち上げ、履いていた赤い靴の先端を見せて言うのだ。
『どうか王子様、私の靴を磨いてください』
……何故、赤い方の靴。
佐丸の機嫌が悪くなるのに、と思ったところで、目が覚めた。
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