それはなんだ……
桜子が鳴海に腕を引っ張られながらも、一階の店舗に戻ろうとしたとき、エレベーターから芹沢が現れた。
黙って、自分の腕をつかむ鳴海を見たあとで、
「桜子、此処に居たのか。
……それはなんだ」
それ、と鳴海のことを言った。
やはり、勘がいいな、と思う。
見ただけで怪しい人間だとわかるのだろう。
「お前こそ、誰だ」
と鳴海は芹沢を見て言ってくる。
「俺は桜子の……
会社の社員だ」
「社員?
桜子、なにやってるんだ? お前」
と訊かれてしまう。
あ~、この人には余計な情報を与えたくはなかったんだが、と思いながらも、一階に会社を作る話をした。
「そうなのか。
じゃあ、花でも送ろう」
と鳴海は言う。
いや、まだ、全然会社出来上がってませんけどねーと思っていると、
「でも、そうか。
お前と同じビルで働けるなんて嬉しいな。
運命だな、桜子」
と言い出した。
お願い……。
誰かこの人、持って帰ってください……。
っていうか、やっぱり、此処で働いてるんですね。
たまたま来たとかじゃなくて、と思っていると、
「鳴海さーん。
早く戻ってください。
室長が待ってますよー」
と誰かが鳴海を呼びに来た。
振り向いた鳴海が、おう、と返事をしている。
「俺はそこの法律事務所に勤めてる。
今度、遊びに来い、桜子」
と後ろを指差し、言っていた。
「名刺だ」
とくれたあとで、
「ついでだ。
お前にもやろう」
と芹沢にも渡していた。
「鳴海さん、早くーっ」
と後ろから急かされている。
「じゃあな、桜子。
……とそこの奴」
と一応、芹沢にも挨拶し、鳴海は去って行った。
それを見送りながら、芹沢は、
「ルックスはいいが、めんどくさそうな奴だな」
と呟く。
「はあ。
昔からです。
イケメンだけど、なにかこう、虫が好かない、と言うか、めんどくさい人だとみんなが……」
「なるほど。
虫が好かんな……」
と芹沢は言う。
年をとると、性根が顔に出てくるというが、未だに目を見張るほどのイケメンなのが不思議な人だ。
自分など想像もつかない何かが崇高なのだろうか。
芹沢はもらった名刺を見ながら、
「お前がかけてくると疑わないところがあの男の敗因だな」
俺なら、お前の番号を訊く、と言う。
「そうなんですよね。
苦手なんですが、あのツメの甘さが、いまいち憎めないところと言うか」
でも、虫が好かないんです、と言うと、
「生理的に合わないんだろうな」
と言われた。
「男女間では、よくあることだが」
と言ったあとで、
「まあ、俺もあいつは好かん。
……お前にベタベタしすぎだ」
と言ってくる。
「佐丸もあいつが嫌いだろう。
佐丸、あいつを知っているのか?」
と訊いてくるので、
「高校の頃、別の友人たちと一緒にうちに遊びに来ましたから。
そしたら、ちょうど居たおじいさまに、私と結婚させてくれって言い出して」
と言うと、
「道明寺の会長だろ。
大胆な奴だな」
と言う。
「それでおじいさまも気に入ったみたいなんですけど。
まあ、あの通りの人なので」
そのツメの甘さから、結局、疎遠になっていた。
「で、その場に佐丸も居たんだな。
どんな騒ぎになったか、目に浮かぶようだ」
と言う。
まあ、騒ぎというか、即刻佐丸につまみ出されていたが。
「さあ、そろそろ戻れ。
佐丸が心配していたぞ。
今日は早く上がって、お前の靴を買いに行くんだろ?」
と言われ、
「早く汚して磨くためですけどね」
と苦笑いした。
「さっき、ちょっと――」
芹沢がなにか言いかけたので、はい? と見上げると、こちらを見ずに、
「お前の会社の社員だとは言いたくないなと思ってしまった」
と言う。
「じゃあ、バイオリンの先生とか言った方がよかったですかね?」
「……お前、鈍いって言われないか?」
「いえ、特に」
そうか、と言いながら、芹沢はエレベーターのボタンを押していた。
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