ちょっぴり会社っぽくなってきました




 翌朝、普通に芹沢はやってきた。


 桜子も普通に出迎える。


「おはようございます、芹沢さん」

と桜子が言うと、芹沢は最近話題になっている店のケーキの箱を差し出してきた。


「手土産だ」


「そんなお気を使われなくても」

と桜子が言うと、


「お前の望むものかはわからないけどな。

 そういえば、猫が好きなんだったか?


 ちょうど知り合いのところに猫が産まれるんだが、今度来るとき、持ってきてやろうか」

と言い出した。


 何故、手土産がナマモノ……と思いながら、

「いえ、ほんとにお気遣いなく、まだ自分の身も養えないのにペットなんて飼えません」

と言うと、


「そうか。

 いい心がけだな」

と褒められる。


 なんだか、どっちが社長がわからないな、と思っていた。


 芹沢には、佐丸とまた違う、持って生まれた貫禄のようなものがあった。


 確かにこの人に同じ会社に居られたら、その叔父さん一族はやりにくたかっただろうな、と思う。


 芹沢は佐丸を見上げ、

「すまない。

 世話になるな」

と言った。


 佐丸は黙って頭を下げている。


 桜子は、

「ちょっとお茶でも淹れてきます。

 そこにおかけになって、お待ちください」

とソファを勧め、佐丸とともに、唐橋と佐丸がピカピカにしてくれた簡易キッチンへと向かった。


 ソファに座った芹沢は、スマホでなにかチェックしている。


 なんとなく、勝手に、株かな? と思ってしまう。


 お茶の準備をしながら、佐丸が小声で言ってきた。


「断って正解です、桜子様。

 芹沢様は、猫が居なかったから、と間に合わせにライオンを手土産に持ってきそうな方ですからね」


 そんな馬鹿な……。


 でも、ちょっとやりそうだ、と思いながら、

「でも、社員が増えて、ちょっと会社っぽくなってきたわね」

と桜子が笑うと、佐丸は、呑気だな、という顔をしていた。


 確かに、これからなにをどうしたらいいのかわからないこともたくさんある。


 だが、佐丸は、

「その辺は、会長やお父様や……


 魁……


 ………………魁斗様に頼ってもいいと思いますよ」

と言ってきた。


 言いたくないんだな、『魁斗様』。


 まあ、普段は、執事としての営業時間に魁斗と顔を合わせることもないから、言う必要もないのだろうが。


「とりあえず、今日は芹沢さんの人となりを知るためにも、少し三人で話してみましょう」


 そう桜子は言いながら、ケーキの箱を開けてみた。






「私、自分の名前をフルネームで呼ばれるの、嫌なんですよねー」


 芹沢の買ってきてくれたケーキを食べながら、桜子は言った。


 ケーキはいろんな種類があって、どれも美味しそうだったので、迷ってしまったが。


「なんでだ。

 親が好きだったんだろ、桜餅が」


 ズバッと芹沢は言ってきた。


 そうなのだ。

 道明寺桜子と名乗ると、大人になってからは、みんな口に出しては言わなくなったが、頭の中では、みな、道明寺粉の桜餅を連想しているに違いない。


「自分の子供に好きなものの名前をつけるのは悪いことじゃないと思うぞ。

 それより俺は、何故、『佐丸』なのかの方が気になるが」

と芹沢は大真面目に言ってくる。


「それはですね」

と言いかけ、桜子は、ちらと横に座る佐丸を見る。


 いつも佐丸は立って後ろに控えているのだが、今日は、会社の話にもなるかな、と思い、座ってもらっていた。


 佐丸は特に説明する気もないようなので、桜子が口を開いた。


「佐丸のお父様は戦国物の小説とかドラマがお好きだったので、なんとか丸ってつけたかったらしいんですよ。


 それで、あ、から順につけて言って、


 あまる、いまる、うまる、えまる……


 さまるまで来たとき、疲れてきて」


「疲れるの早くないか?」


「さまるでいいじゃないか。

 別におかしくないし、と思われたそうです」


「お前にも似たザックリ感だな。

 武田物産の前の社長だろ?」

と言ってくる。


 その息子がなんで、桜子の執事をやっている、とは芹沢は訊かなかった。


 お茶を飲み終わると、

「暇だな、桜子。

 靴でも磨かせろ」

と言ってくる。


「それがあの、私の靴は、佐丸がもう全部磨いてしまいまして」

と言ったのだが、佐丸は立ち上がり、奥からなにか取り出してきた。


 芹沢の前に両手でそれを差し出す。


「芹沢様が磨きたがっておられた、桜子様の春ブーツでございます」


 どうやら、それだけは取っておいたようだ。


 ありがとう、と言って、芹沢は部屋の隅でいそいそと磨き出す。


 この二人には、汚れた靴の方が宝物のように珍重されている……。


「……楽しそうね」

と芹沢の大きな背中を見ながら呟く。


 いろいろあるかもしれないが、好きなことを仕事に出来るというのは、やはり、いいことなのかもしれないな、とその姿を見ていると思えてくる。


「しかし、早く会社としての形態をなさなければ、人を引き取るだけの慈善事業になってしまいますよ」

と佐丸が斜め後ろから言ってくる。


「大丈夫よ。

 とりあえず、店舗に靴磨きのスペースを作ることにしたから。


 人材派遣会社にするにしても、とりあえず、芹沢さんの腕前と外見を知っておいてもらわないと」


「……外見?」


「使えるものは使うべきだわ。

 あのルックスを売り込まない手はないじゃない。


 佐丸も一緒に磨いていいわよ」


 そう桜子は言った。






「使えるものは使うべきだわ。

 あのルックスを売り込まない手はないじゃない」


 桜子がそう言うのを聞いたとき、佐丸は、やはり、魁斗の妹だな、と思っていた。


 ぼうっとしているように見えて、そうでもない。


 だが、

「佐丸も一緒に磨いていいわよ」

と言われたとき、違和感を覚えた。


 桜子に靴を買わせてまで磨きたいと思ったはずなのに、此処に靴磨きの店舗をかまえるから磨いていいと言われても、なんだかときめかない。


 なんでだろうな、と思っていた。


「佐丸、ちょっとビルの中とこの周辺歩いてくるわ」


 そう桜子は言ってきた。


 いつものように、暇なので、ぼんやり見て回るという雰囲気ではない。


「どういう客層が立ち寄りそうか見てくる」


 今日は明確な目的があるようだった。


「……行ってらっしゃいませ」

と佐丸は頭を下げた。


「芹沢さん、ちょっと出てきます。

 店舗の方も自由に使われて結構ですから」


 そう言って、桜子は出て行った。


 ああ、ありがとう、と振り返り、芹沢は言う。


 扉が閉まったあとで、芹沢はこちらを振り向き、言ってきた。


「佐丸。

 自分が雇ってもらったから言うんじゃないが、桜子には決断力がある

 あれはいい経営者になるかもな」


 そのとき、お前はどうする――? と芹沢は訊いてきた。








 もう仕事してるところもあるんだなー、と思いながら、桜子はビルの中をウロウロしていた。


 設計事務所や法律事務所など事務所系のところは、一般客がたくさん来るわけではないので、ビルのオープン関係なしに仕事をしているようだった。


 ふーん、と眺めながら歩いていると、向こうからなにかが来た。


 ……幻覚。


 そう思った。


 しかし、その幻覚は、歩きながら、桜子が右へ避けると、右へ避け。


 左に避けると、左に避ける。


 お互い避け切らないうちに、鼻先まで来たところで足を止めた。


「桜子っ」


 うわー。

 本人だったーっ、と桜子は固まる。


 最近よく見る俳優にも似た、かなりのイケメンだが、なにかが気にかかる顔の男だ。


「やっぱり、桜子だ。

 昨日見かけた気がしたんだよーっ」


 そういえば、昨日、誰かに呼ばれた気がしたのだが、気のせいではなかったか、と思っていた。


 いや……、脳が拒否したんだな、きっと、と思っていると、


「会いたかったぞ、桜子っ。

 こんなところで出会うなんて、やはり、運命だなっ」

と高校時代の先輩、鳴海聖なるみ ひじりはすごい勢いでぶちかます。


 ……運命?

 気のせいですよ、先輩……。


 そう思いながら、桜子は脱力して座り込みそうになるのを堪え、立っていた。







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