今更、男は勘弁だ……

 



「そろそろお帰りください、杉原様。

 お仕事お忙しいんじゃないんですか、杉原様」


 顔を近づけ、佐丸は脅した。


 帰れ京介、仕事しろ。


 そして、不用意に男に触るな、桜子っ!

と京介の腕をつかんでいる彼女の手を見る。


 上着を脱いで、桜子の肩にかけてやりながら、

「着替えてきてください、桜子様。

 猫探しをするのなら」

と言った。


 桜子は自分を見上げ、

「あったかい、佐丸。

 佐丸の匂いがするね」

と微笑みかけてくる。


 ……どうして、この女はなんの考えもなく、こういうことを言ってくるのだろうな、と思っていると、京介が苦笑いして言ってきた。


「なんだ、それ。

 ラブラブじゃないか」


「そういうのではありません。

 私がついていて、桜子様に風邪をひかせるわけには参りませんから」


 桜子はそんなやりとりすら聞いておらず、

「佐丸も、手嶋さん探しに行こうよ」

と言ってくる。


「……お嬢様、それは命令ですか?」


 何故、俺が猫探し、と思ったあとで、ん? 今、お嬢様と言えたな、と気がついた。


「なるほど。

 脅しつけるように言うのなら、言えるようだ……」

と呟いて、桜子に、


「それおかしくない?

 ねえ、それ、おかしくない?」

と言われたが、とりあえず、無視した。




 結局、着替えた桜子とともに、三人でビルとビルの隙間の路地で手嶋さんを探す。


 桜子に付き合っているのかと思ったら、京介は結構真剣に猫を探していた。


「……猫が見たい。

 癒されたい」


 などと、うわごとのように呟いている。


 お前、どんだけ疲れてるんだ、と思いながら、その背中を見ていた。


「あ、足袋猫」


 資材の残りか、路地に立てかけてあるボードの陰に、黒い足袋を履いて、鼻の横にブチのある太った猫が居た。


 どうやら手嶋さんではないようだが、路地にしゃがんだ桜子は、その猫と遊び始める。


 京介は少し後ろにしゃがみ、猫と桜子を見ていた。


「どうした。

 仕事、合わないのか?」

と桜子はこちらの話を聞いていないので、普段の口調で訊くと、


「いや、上手くいってるよ。

 好きな仕事だし。


 大変だけど。

 まあ、毎日充実してるかな。


 でもさ、時折、ふっと、こう……疲れてんなーと思うときもある」


 そう京介は言ってきた。


「お前でも物を考えることがあるんだな」

と言うと、


「相変わらず、失礼な奴だな~」

と言いながらも、京介は笑う。


 まあ、どんなに楽観的な奴でも働き始めたら、子どもの頃のようなわけにはいかないか、と思いながら、当時から、あまり変わってはいないその顔を見ていた。






「今日も京介が現れたようだな」


 夜、京介が言ったことを思い出しながら靴を磨いていると、魁斗が現れた。


「なにしに来た……」

と桜子の春色のハイヒールを手に言うと、


「いや、なんか落ち着くな、此処」

と言って、魁斗は横のスノコに腰掛ける。


「お前が入り浸るのもわかる気がする」


 そう言ったあと、しばらく、靴を磨く自分の手許を見ていたが、やがて、

「俺にも磨かせろ」

と言い出した。


「その高いスーツ、脱いでから来い。

 結構汚れるから」

と言ったが、そこまでするのは面倒臭いようだった。


 魁斗は脚を伸ばして、大きく伸びをする。


「落ち着くな~。

 狭くて薄暗くて、ひんやりしてて」

と言って、目を閉じてみていた。


「なに疲れてんだ」

と言いながら、靴にクリームを塗っていると、


「そりゃ疲れるさ。

 なんでも出来て当たり前の次期社長様だからな。


 桜子に振り回されるのも疲れるだろうが、こっちも疲れるぞ」

と言ってくる。


 大学院を出たばかりの新米社員なのに、魁斗はもう、すべて出来て当然と求められる立場にある。


「あー、めんどくせー。

 なにもかも。


 でもさ、ほら、俺って優秀だから」


 はいはい。


「何処までも相手の期待に応えられちゃうのも困っちゃうよなー」


「……何処までが愚痴で、何処までが自慢だ」

と言うと、ははは、と笑っていた。


「それより、京介どうだ?

 あいつ、楽天家で要領いいからな。


 着実に桜子との距離を縮めてってるんじゃないか?」

と言ってくる。


「桜子も昔は、京介と結婚すると言ってたくらいだからなー。

 お前も呑気に毎日、額にキスしてるだけじゃ、簡単に持ってかれるぞ」


 ぼとっと手にしていた靴を落としていた。


 ……家人には気づかれないようにやっていたつもりだったのだが。


 そして、桜子には、家人に気づかれないようにやっていることを気づかれないようにしているつもりだったのにっ。


 長年の習慣としてやっているだけで、なにも意識してはいないように見せかけるためにっ!


 簡単に人の秘密を暴いてくる魁斗の肩に、ぽん、と片手を置いた。


「やってやろうか」


 へ? と魁斗がこちらを向いた。


「昔のように、お前にもやってやろうかっ」

と顔を近づけると、うわっ、やめろっ、と魁斗は腕を振りほどいて逃げようとする。


 やるか、莫迦と思っていた。


 俺も今更、男にはしたくない……。





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