どうか包み隠してください……
「京ちゃんとか、いいわよねー」
京介と別れ、店舗に戻った桜子がそう言うと、
「……『いいわよねー』とはどういう意味ででございますか」
と佐丸が訊いてきた。
「いや、ああいう社員良くない?
よく働きそうだし」
佐丸は黙っている。
執事だから、余計な口は挟むまいと思っているのか。
それとも、京介のような社員は嫌だな、と思っているのか。
どっちだっ? と思いながらその顔を見てみたが、いつものように、
……無表情だ。
いや、まあ、これはこれで彼の普通なのだが。
顔が整い過ぎているので、沈黙していると、蝋人形かなにかのようで怖い。
ピクリとも動かないしな……。
夜中には見たくないかも、と思いながら、桜子は言った。
「風通しのいい職場にしたいの。
佐丸もなにか意見があるのなら言って」
「わかりました、桜子様」
と佐丸は言う。
「では、今まで貴女を見てきた執事として、思ってるままを言っていいわけですね」
「そ――」
そうよ、と言う前に佐丸は言う。
「包み隠さず、なにもかもご意見申し上げていいわけですね」
その容赦ない口調と鋭い眼光に、
「ごめん……。
包み隠して」
と言ってしまっていた。
死ぬほど、よく当たる占い師を前にした気分だ。
お願い。
ショック死しそうな事実は告げないで、と思っていた。
だいたい、そんな執事居ないと思うのだが。
「ひとつ言わせていただくとするなら」
と佐丸が口を開いたので、身構える。
「いい人間だからと言って、それがいい社員になるとは限りません」
「そうね。
でも、友人だからというのを抜きにしても、彼はいいと思うわ。
久しぶりに一緒に過ごして思ったけど。
何事にも判断が速いし、人当たりもいいし。
頭の回転が速いのも知ってるしね」
まあ、京ちゃんが今の会社辞めてうちに来るとかないと思うけどね、と桜子は笑った。
夜――。
なにが京ちゃんとか、いいわよねー、だ、と思いながら、佐丸はひとり、寒い靴置き場のスノコの上に居た。
桜子に対して愚痴りながら、彼女の靴を磨いているというのが、我ながら自虐的だな、と思いながら。
コンコン、とノックの音がした。
どうせ、桜子だろうと思い、はいはい、と適当に返事をする。
もう九時を回り、執事としての営業時間は過ぎていたからだ。
だが、入ってきたのは、魁斗だった。
「お前、ほんとに桜子の靴磨いてんのか」
と言ってくるので、
「……執事だからな」
と返す。
いや、本当のところ、黙々となにかに集中することで、ストレスを発散しているだけのような気もしているが。
側に腰掛ける魁斗に、
「汚れるぞ」
と言う。
魁斗と桜子はよく見れば似ているのだが、その性格からか、全然違う顔立ちに見えた。
「京介に会ったんだって?」
桜子に聞いた、と魁斗は言う。
「執事なんぞやってる場合か?
昔、桜子、言ってたじゃないか。
『私、京ちゃんと結婚するーっ』って」
……微妙に似てるな、その物真似。
余計に腹が立つんだが、と思いながら、桜子のローファーにブラシをかけていた。
「今からでも遅くないぞ。
何処かうちの会社に入れ。
近いうちに、武田物産がうちの傘下に入るかもしれん。
そのときは、お前の手に返ってくるはずだ」
親父さん孝行しなくていいのか、と言われ、暖色系の明かりに靴を照らして見ながら、
「俺が親孝行するより、あの浮気女が改心する方が先だと思うがな」
と佐丸は実の母を罵る。
「いや、ご主人亡くなってるんだから、浮気じゃないだろうが」
と魁斗はフォローを入れてくるが、あの母に関しては、そんなフォローは不要だ、と思っていた。
「魁斗。
余計な気を使うな。
俺にも、あの母親にも。
それに、俺は今、この仕事に喜びを見出しつつある」
美しく磨かれた靴を眺めながら、そう佐丸は言った。
「確かにいい出来だな。
俺のも磨いてくれ」
「いいぞ。
執事だからな」
と言うと、物言いが執事っぽくないが……と言ったあとで、魁斗は立ち上がる。
「まあ、俺は忠告したぞ。
俺は、仮面ライダーが俺の弟でもいい。
……お前なら、なお、いいがな」
と言って、魁斗は出て行った。
静かになった靴置き場で、佐丸はひとり、自分が磨いた靴を見ていた。
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