殺し屋なのか、執事なのか、はっきりしてくれ





「桜子様、その男から離れてください」

と言う声に京介が振り向くと、ダーク系のスーツを着た、やたら目立つ男が歩いてくるところだった。


 武田佐丸。

 幼稚園の頃から、全然変わってないな、と京介は思う。


 いま、幼いというのではない。

 当時から、この男は、こういう目つきだったのだ。


 さすが武田家の跡継ぎ、というか。

 幼稚園児でありながら、常に隙がなかった。


「佐丸」

と懐かしく呼びかけてみたが、佐丸は背後に立ったら、殺す、くらいの目線でこちらを見ると、


「桜子様。

 そんな男に微笑みかけてやる必要はありません。


 その男、杉原京介は貴女をフった男ですよ」

と言い出した。


 えっ?

 俺が桜子を?


 そんな莫迦な。


 というか、桜子が俺を好きだったとか聞いたこともないんだが、と思っていると、やはり、横で桜子は、


「……そ、そうでしたっけね?」

と呟いている。


 どちらにせよ、幼稚園のときのことだろう。


 此処まで攻撃されるいわれはないのだが、と思っていると、

「桜子様。

 そろそろお戻りください。


 特に用はございませんが」

と佐丸は桜子に言い出した。


 どうも自分から遠ざけたいらしい。


「用がないのならいいんじゃないの?」

と桜子は苦笑いしていたが。


 しかし、桜子様と来たか。

 桜子に仕えているというのは本当なんだな、と京介は思った。


 幼稚園のときの佐丸は、魁斗の妹で二つ下の桜子を小莫迦にしている感じだったのだが。


 両親が事故で亡くなったと聞いたから、まあ、いろいろあったのだろうなと思っていると、桜子が佐丸に訊いていた。


「ねえ、京ちゃんがお昼でもって言ってるんだけど。

 佐丸、一緒にどう?」


 佐丸は無言でこちらを見ている。


 その顔つきに、執事というより、殺し屋だろ、これ……、と京介は思った。


 目だけで人が殺せそうだ。


 しかも、色白の整った顔に濃い色のスーツが映えて作り物みたいで怖い。


 そして、これに平然と命令できる桜子も怖いと思っていた。







 その頃、幼なじみを前に、佐丸は内心、舌打ちしていた。

 何故、こいつが此処に居るんだ、と思う。


 杉原京介。

 幼稚園のとき、よく一緒に遊んでいたと桜子は言うが。


 単に、魁斗と京介が仲が良かったから、なんとなく自分も一緒に居たというか。


 京介は当時から、今とそう変わらぬ顔立ちのイケメンで、女子に人気だった。


 困ったことに、性格も悪くない。


 問題と言えば、桜子が、

『私、京ちゃんと結婚する』

と言っていたことくらいか――。


 京介も嬉しそうに桜子と手を繋いでいたっけな。


 ……今更、なにしに現れた、と思っている自分の前で、桜子は一緒に行く店の算段をし始める。


「イタリアンならどうかしら? 佐丸」

とこちらを向いて一応確認を取ってくれるが、行かないという選択肢はもちろんなかった。


 自分が桜子の執事だからというのではなく、自分が行かないと言えば、二人で行きそうだったからだ。


 頷くと、桜子は京介と話しながら歩き出す。


 二人の話を聞きながら、少し遅れてついて行った。



 

 


 結局、ビルの近くのイタリアンの店に行った。


 席に着いたあとで、桜子が、

「あ、私、お財布持ってなかった」

と言い出す。


「わたくしが持っております」

と佐丸は溜息まじりに言った。


 別に主人が自分で財布を持ってなくともいいんだが、鞄も持たずに出歩いてるとか、女子的にどうなんだ、と思ってしまう。


 だがまあ、ざっくりした性格の桜子らしい行動でもあった。


 注文したあと、桜子は、カウンターの上に並べて吊るしてあるグラスをじっと見ている。


「桜子様」

と言うと、振り返り、悪さをしていたのが見つかったような顔をする。


 たぶん、頭の中では、あのグラスを端から、鉄琴のバチで叩いて歩いていたのだろう。


 そういう妄想をしてそうだ、と思っていると、桜子はテーブルの上にあった自分の手に触れ、

「……大丈夫。

 やらないから」

と言ってくる。


 しばらくお互いの近況について話していたのだが、何故、あのビルに居たのかという話になったところで、京介が、感心してるんだか呆れてるんだかわからない口調で言い出した。


「働きたいってたら、じいさんが、ポンと店舗貸してくれんのかよ。

 さすがだね、お嬢様」


「いや、なんだか、体良く追い払われた気もしてるんだけどね」

と言う桜子に、いや、気がするじゃなくて、そうだろう、と思っていると、悪気も遠慮もない京介が、


「お前を系列の会社に入れるのが嫌だったのかな?」

と笑顔で言ってくる。


 これには、桜子がうっ、とつまった。

 わかっていることでも、他人の口で言われると堪えるらしい。


「でもそうね。

 今年度卒業したみんなは、それぞれ系列会社に散っていったわ。


 私がいただいたのは、このビルのスペースと佐丸だけ」


 いや、だけって……と京介が苦笑いする。


「まるで、長靴をはいた猫ね」

と桜子は言った。


 子どもの頃聞いたグリム童話をふと思い出す。


 貧しい粉ひき職人が死に、3人の息子はそのわずかな遺産を分け合った。

 長男には粉ひき小屋、次男にはロバ。


 そして、三男には、一匹の猫。


 ……なんで、猫!? と思う三男を助け、長靴をはいた猫は見事、三男を逆玉に乗せるという話だ。


「でも、そうね。

 実は私が一番の当たりを引いたのかもしれないわ」


 佐丸、と桜子は佐丸の手を握ってくる。


「私のために頑張って働いて」


 ……どついてやろうか、この女、と思っていると、桜子の注文した、ほうれん草の練り込まれたフェットチーネがやってきた。


 すると、ちょっと遠慮がちに京介が訊いてきた。


「あのー、俺が桜子をフッたってなに?」


「いやあ、私も記憶がないんだけど」

と言いながら、桜子がこちらを見る。


 覚えてないのか、この女。

 あんな屈辱的なことを、と思いながら、佐丸は言った。


「桜子様はいつも幼稚園に行くと、真っ先に、この男のところのところに走って行ってらっしゃいました。


 それなのに、ある朝、桜子様が幼稚園に行くと、この男は他の女と楽しそうに手をつないで遊んでいたのです。


 それもあんな不細工な女とっ」


「さ、佐丸~。

 佐丸~」

と今、此処にその女が居るわけでもないのに、桜子は落ち着いて~と言うように、手でこちらを抑えるような仕草をしながら、きょろきょろと周囲を見回す。


「桜子様は、寂しそうに、ぽつんと立って、それを見てらっしゃいました」


 あのときの桜子の顔が忘れられず、ずっと、おのれ、京介、許すまじ、と思っていたのだ。


「何故、お前が怒る」

と京介は苦笑いしていた。


「え、えーと。

 そんなこともあったかもしれないけど。

 恐らく、一瞬あとには忘れて、別の友だちと遊んでたと思うんだけど……」

と桜子は言う。


「よく覚えてたな、佐丸」

と当事者のくせに、京介は笑って言ってくるが――。


 覚えていたとも、と思っていた。


 ……いつも一緒にバスに乗っていた俺の手を振りほどいてまで、桜子はお前のところに走っていってたんだからな、と。




 


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