冷静な広告代理店の社員VS執事

その男に微笑みかけてはなりません

 



 お気をつけくださいって、佐丸の目つきが一番殺りそうで怖いんだけど、と思いながら、桜子は逃げるように廊下に出た。


 昨日より今日、今日より明日。


 ビルはオープンに近づいていっている。


 それにしても、なんだかんだで佐丸は人がいいと思う。

 だから、あんな素直に感情が目に表れるんだな、と思っていた。


 兄、魁斗など、本当になにを考えているのかわからない。


 そんなことを思いながら、忙しげな人々の間を通り、エレベーターへと向かう。


 オープン前の店など眺めながら、自らの店についても考察するつもりで出て来たのだが、ちょっと屋上に上がりたくなった。


 そういえば、あの日、何故、佐丸はヘリで戻って来たのだろう。


 彼は空飛ぶ乗り物には乗れないはずなのに。


 エレベーターでぼんやりしていると、途中のフロアから人が乗って来た。


 書類を見ながら乗って来たその若い男は誰も居ないと思っていたようで、桜子に気づくと、うわっ、と声を上げる。


 思わず、笑ってしまった。


 照れ臭そうにこちらを見た彼は、爽やか系のイケメンだ。


 佐丸のように威圧的でなく、魁斗のように威圧的でもない。


 一般的なイケメンだな。

 なんだか親しみやすいし、と思いながら、その顔を見上げていると、その男は、あれっ? という顔をし、

「桜子……?」

と呼びかけてきた。


「え? はい?」

と返事をすると、


「桜子っ。

 桜子じゃないかっ。


 なんで、こんなところに居るんだっ」

と男は言ってくる。


 いや~、まず、貴方は誰ですかね~? と苦笑いしながら、桜子は思っていた。






「あー、京ちゃん。

 幼稚園のときのー」


 桜子はその男、杉原京介すぎはら きょうすけとともに、屋上でエレベーターを降りた。


 話しているうちに、京介も上まで上がってしまったので、じゃあ、一緒にヘリポートを見ようという話になったのだ。


「お前、このビルで働いてるのか?」

と京介は訊いてくる。


「うーんとね。

 今から働こうかなーと思ってるとこかな」

と言って、はは、と笑った。


 強い風に桜子は髪を抑えるように手をやる。


「京ちゃんは此処で働いてるの?」


「いや。

 ちょっと用事で。


 俺は広告代理店で働いてるんだ」


 桜子が、ふーん、という顔をしたあとで、

「小さい頃は、なんとかライダーとか、なんとかジャーとかになるって言ってたのにね」

と言うと、


「なんとかジャーってな……」

と言ったあとで、


「いやお前、なれるわけないだろう」

と言ってきた。


「だって、京ちゃん、昔から格好よかったから、特撮ヒーローの俳優さんにだって、なれると思ってたよ」

と言うと、ああ、そっち、と笑う。


 京介は少し赤くなり、そうか、ありがとう、と言ってきた。


「桜子、今日、もしよかったら、昼とか、一緒にどうだ?」

と懐かしさからか、誘われた。


「あー、いいね。

 でも、食べるのなら、佐丸も誘ってあげないと」

と言うと、


「……誰だって?」

と京介は訊き返してくる。


「佐丸だよ。

 武田佐丸。


 京ちゃんと同じ学年だったじゃない」


「……お前、あいつと居るのか?」

「佐丸、今、私の執事をやってるの」


「なんだって?」


 そのとき、

「桜子様、その男から離れてください」

と屋外でもよく響く声がした。


 佐丸が立っていた。


「佐丸」

と懐かしそうに京介は頬笑んだが、佐丸は彼に近づかないまま、


「桜子様。

 そんな男に微笑みかけてやる必要はありません。


 その男、杉原京介は貴女をフった男ですよ」

と冷ややかに京介を見ながら言い出した。


「……そ、そうでしたっけね?」


 佐丸のいつもより突き放した口調に、なんだかこちらまで敬語になってしまった。




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