靴磨き職人VS執事
佐丸より偉そうな人
ビルの中の店舗は何処も忙しげだった。
既に準備が整って、最終確認をしているところ。
全然工事が間に合いそうにないところ。
既に普通に仕事をしているガラス張りの設計事務所。
いろいろだなーと思いながら、桜子は広い通路を歩いていた。
エレベーターに乗ると、既に人が居た。
地下駐車場から上がって来たのだろう。
顔の濃い、体格のいい男前だ。
佐丸や兄が着ているような上質のスーツを着ている。
あ、シンプルだけど、素敵な靴、と思って、つい、見ていると、
「いい靴だな」
と狭いエレベーターの中、よく響くいい声で、その男は桜子の靴を褒めてきた。
「あ、ありがとうございます」
と頭を下げる。
鞄なんかは可愛かったら安くても買ってしまうのだが、靴だけは、足に合う、いいものを買うようにしていた。
「だが、手入れが悪い」
と靴を見ているその男に言い切られる。
ですよねー、と桜子は苦笑いした。
父親の靴は小方が完璧に管理しているのだが、桜子は佐丸にそんなことを任せるのも恥ずかしく、かと言って、佐丸を飛び越えて誰かに頼むのも悪い気がして、最近は自分で管理していた。
「ちょっと貸してみろ」
といきなり男はしゃがみ、桜子の脚をつかんでくる。
ひーっ。痴漢!? と思ったが、男は桜子の脚ではなく、靴を眺めている。
「お前、今、暇か」
「ひ、暇と言えば暇です……」
と言うと、
「そうか。
そういえば、俺は暇じゃなかった」
と言われた。
いや、どうしたいんだ……と思っていると、立ち上がった男は名刺を渡してきた。
名の知れた精密機器の会社の名が書かれてあった。
そういえば、あの企業、このビルにも入るようだったな、と思いながら、名刺の名を確認する。
「営業部長
「名ばかりの営業部長だ」
わー、自分で言ってるーと思っていると、
「裏に携帯の番号が書いてあるから、暇なときかけて来い。
靴を磨いてやる」
と芹沢は言ってきた。
「く、靴屋さんじゃないですよね?」
と確認すると、
「靴屋じゃないし、靴磨きの職人でもない。
だが、好きなんだ、靴を磨くのが。
どうも、もったいない靴の扱い方をしている奴が許せなくてな。
そんないい靴を」
と言い出すので、すみません、と思っていると、
「いい靴で、いい脚を」
と言ってきた。
いや……脚、関係ないですよねー、と思っていると、
「お前は何処の人間だ?」
と訊いてきた。
教えて大丈夫かなーと思ったのだが、この名刺が本物なら、とりあえず、身許はしっかりしている。
「一階の西の端のテナント借りてるんです。
道明寺桜子と申します」
「道明寺?」
と芹沢はこちらを見る。
「……はい」
特に説明を加えずにそう言った。
ふーん、と顔を見たあとで、
「じゃあ、暇なとき訪ねていこう。
いつが暇だ?
そこは、店か? 会社か? 病院か?」
と訊いてくる。
「それを今、考えているところです」
と言うと、大抵の人は、は? という顔をするのだが、芹沢は、ただ、そうか、と言い、
「決めていないのなら、靴屋か靴磨きの店にしろ。
俺も働いてやってもいいぞ」
と言ったあと、目的の階に着いたらしく、じゃ、とエレベーターを降りていった。
桜子は、一度上まで上がって下に降りる。
「佐丸ー」
とリビングのようになっている部屋のドアを開け、言った。
「うちで雇われてもいいって人、見つけたー」
すると、佐丸は、子どもを叱るような顔をして言う。
「なんの仕事か決める前に、人間、捕獲してこないでください」
怒られた……。
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