職場だけはあります
ビルの一階、ガラス張りの広い店舗スペースに桜子たちは居た。
昨日の会議のあと、まだ新しいこのビルの角の広い店舗を桜子は貰ったのだ。
「お前になにか出来るとも思えないが、なにかしたいのなら、そこを使いなさい」
と言われて。
店にするなり、会社にするなり、好きにしろ、ということらしい。
まだ、がらんとして、声も反響する店舗の真ん中に桜子は正座する。
「……なにしてるんだ。
外から丸見えだぞ」
と言ったあとで、佐丸は既に九時を回っていることに気がついたらしい。
「なにしてるんですか、桜子様」
と言い直してきた。
この男の執事としての営業時間は、朝九時から夜七時までだからだ。
たぶん、長年仕えたきた佐丸に、それ以上長く執事で居られると、他の使用人たちがやりにくいからだろう。
……まあ、それでも、既に相当やりにくそうなんだが。
だから、私と一緒に此処に追い払われたんだな、と桜子は思っていた。
「いや、なにかいいアイディア浮かばないかな、と思って」
と佐丸に答えながら、外を見る。
なるほど、丸見えのようだ。
外より店舗の中の方が暗いので、あまり見えないかと思っていたのだが、そういうわけでもないようだった。
道行く人が時折、こちらを見て行く。
特に女子。
まだオープンしていないこのスペースに、なにが出来るのかしら?
素敵なカフェかしら?
などと思って、覗いているのだろう。
私でもそうする、と桜子は思っていた。
何処かで店舗の工事が始まると、なにが出来るのだろうと期待して、ついつい、覗いてみるからだ。
だが、実際には、なにもない広い店舗のど真ん中にワンピースを着た女が正座し、その横にやたら整った顔のスーツ姿の若い男が立っているだけだ。
みんな、なにっ!? という顔で二度見したあと、見なかったふりをして去っていく。
仕事を始める前から悪評が立ちそうだ……、と思い、桜子は立ち上がった。
すると、佐丸が、
「そもそも話がおかしいのではないですか?」
と言い出した。
「なにかをやりたいというビジョンもなく、働きたいだなんて。
桜子様、貴女は仕事を舐めています」
……いや、お前もな、と桜子は思っていた。
今でこそ、執事っぽくなってきた佐丸だが、最初はひどかった。
桜子の兄、
「執事になりたい」
と言い出した佐丸に、桜子の家の執事長、小方が言った。
「佐丸様、執事になりたいのなら、まず、桜子お嬢様に仕えてみてください」
「えっ? こいつにですか?」
「……あんた、もう執事失格だと思うわ」
と言った桜子に、佐丸は、
「いや、お前以外の人間にならへりくだれる」
とのたもうた。
「じゃあ、魁斗は?」
「魁斗以外の人間になら――」
「……もうやめなさいよ、執事」
先が思いやられる、と思ったものだ。
しかし、なんだかんだで一年。
そして、一年経って気がついた。
私はなにをしているのだろうと。
「そう。
一年経って気づいたのよ。
私って、世に言う、ニート!?」
佐丸たちが大学院を出た年、自分も一緒に大学を卒業したはずなのに、なんだかぼんやり家に居る。
そして、ぼんやり家に居ることに、なんの疑問も抱かず、一年が過ぎてしまったのだ。
「大丈夫です、桜子様。
桜子様は、ニートではございません。
単に道明寺家にとって都合のいい嫁入り先が見つかるまで、じっとしていなさい、と言われているだけです」
と佐丸は素敵な笑顔で、どうかと思うようなセリフを言ってきたが。
内心、いや、一年経って気づくなよ、と蔑んでいるのは、明らかだった。
目に表れてるし。
あんたって、ほんと執事に向いてない、と思いながら、桜子は嘘くさい笑顔の執事を見上げていた。
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