完璧執事のおシゴト探し

櫻井彰斗

お嬢様VS執事

私、働きたいんですっ

 


 道明寺桜子どうみょうじ さくらこは高所恐怖症ではない。

 だから、そこに立って、ぼんやり下を見ていた。


 なにか仕事したい。

 そう思いながら。


 だが、そうして、高層ビルの屋上から下の街を見下ろしていると、ヘリの音が近づいてきた。


 まさか、此処ではあるまいな。

 此処、ホバリングしか出来ないヘリポートだし、と思っていたのだが、その音は、ぐんぐん近づいてくる。


 顔を上げると、ヘリの腹がもうそこに見えていた。


 ひーっ、と思って、近くにあった階下へと続く階段のところまで駆け戻る。

 ミニスカートだったからだ。


 風圧で髪とスカートが舞い上がりかけていた。


 大きくRと刻印されたこのヘリポートは此処に着陸することはできない。

 このビルの屋上に、そこまでの強度がないからだ。


 下降してきたヘリから縄ばしごが降りてきて、スーツを着た若い男がそれにぶら下がる。


 お前は何処かの国のスパイか、と思いながら、桜子が見ていると、その男、執事の武田佐丸たけだ さまるは屋上へと飛び降りた。


 執事……。

 この時間帯は執事だったっけな? と桜子は一瞬、考える。


 幼なじみの武田佐丸が桜子の執事であるのは、限られた時間のことだけだからだ。


 佐丸は自分を降ろしたあと、飛び去るヘリのパイロットに向かい、優雅にお辞儀をしていた。


 階段に潜んで見ていた桜子を振り向くと、

「おや、桜子様。

 このようなところでなにを」

と訊いてくる。


 佐丸は母親に似た綺麗な顔をしているが、母親に似て、ちょっと―― というか、かなり上から目線な顔つきだ。


 幾ら言葉遣いを変えても、その性格は淡い茶色のその瞳によく表れている。


「ちょっと考え事をしていたのよ」

と言うと、佐丸は、


「昨日の親族会議で、貴女様が働きたいと言って、一笑に付されたことですか?」

と一番突かれたくないところを容赦なく突いてくる。


 どうやら、手すりに寄りかかり、ぼんやりしていたのを上から見ていたようだ。


「桜子様、我が身の不甲斐なさを嘆いて、此処から飛び降りたい、というのはちょっと、手をお貸ししかねます」

と言われ、違うわよっ、と睨んだ。


「っていうか、あんた今、どさくさ紛れに、さりげなく私を不甲斐ないと蔑んだわね」


「気のせいでございます、桜子様」

といつもの慇懃無礼な口調で言ったあとで、佐丸は腕時計を見、


「なんだ、まだ八時五十八分じゃないか」

と口調を変える。


「桜子、こんなところでフラフラするな。

 早く戻れ、危ないだろ」

と幼い頃と変わらぬ感じで、首根っこをつかまれた。


 武田佐丸。

 今は亡き、武田物産社長、武田俊哉としやの一人息子だ。


 会社を乗っ取られ、行くところもなくなった中学生の佐丸は、家族ぐるみのつきあいだった、道明寺家に引き取られた。


 そのまま、道明寺系列の会社に、桜子の兄、魁斗かいとと共に就職するかと思いきや、いきなり、

「執事になりたい」

と言い出したのだ。


 父、俊哉が友人のプライベートジェットの事故に巻き込まれたとき、佐丸は桜子の家に居たのだが、そのときの、道明寺家の執事、小方おがたの対応に感銘を受けたようだった。


「帝王学しか学んで来なかった佐丸が執事になんてなれるわけないじゃないの」

とそのとき言った仕返しか、今、


「お嬢様育ちのお前に仕事なんて出来るわけないじゃないか」

と言い返されている。


 因果応報とはこのことか、と思いながら、桜子は引きずられて、エレベーターに乗り、一番下のフロアへとたどり着いた。

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