最終話

亜希子と米倉里美、

そして松葉杖をした宮島祐介の姿が新幹線の

プラットフォームにあった。

亜希子は大きなボストンバッグを、

両手に持っている。

空は明るく、雲ひとつ無い青空だ。

風も暖かく、

もうすぐ春が近いことを告げているようだ。


「アッキー、ほんとに行っちゃうんだね」

里美は悲しげに言うと、

亜希子を抱きしめた。


「うん、岐阜に住む叔父さん夫婦が、

 私を引き取ってくれるって。

 それに大学進学も応援してくれるって」


「アッキーだったら、

 ハーバードだって行けるわよ」

里美が少しおどけて言う。


「あのさ、

 日向はどこの大学に行くつもりなんだ?」

松葉杖に身を預けながら、祐介は訊いた。


「それなら里美に言ってあるわ」


「そっか」

正直、亜希子が遠い岐阜に

引っ越すことを知った時、祐介はつらかった。

でも、目の前にいる少女は、

ごく短い間に両親を失っているのだ。

それでも悲しい表情を見せまいと、

ぎごちない笑顔で接してくれている。

自分が感じてる寂しさなんか、

くらべものにならない悲しみを背負ってるのに。


「ねえ、祐介君、気づいてくれてる?

 私が宮島君じゃなくて、祐介君て呼んでること」


亜希子は少し照れくさそうに、視線を落とす。


「あ・・・そうだっけ?」


「私、祐介君に言っておきたい事があるの」


祐介の心臓は早鐘のように

跳ね上がりだした。

それって、もしかして・・・。


「祐介君も私のこと、

 日向じゃなくてアッキーて呼んで」


「はあ?」

期待した言葉とは違って、少し落胆しつつも

祐介の顔はにやけた。


「ああ、呼んでやるよ。

 ア・・・あ・・・ッキー」


緊張しまくっている祐介を、

いじわるそうに里美は横目で見ていた。


「宮島ぁ、そんなことも言えないの?

 さぁ、愛をこめて言ってごらん」


「なんだよ、愛をこめてって・・・

 ア、アッキー頑張れよ。

 何か困ったことがあった

 いつでも電話してくれ。

 すっ飛んで行くから」


そのとき、ホームにベルが鳴った。

遠くから新幹線の振動が伝わってくる。

その振動で、祐介の心も締め付けられた。

でも努めて笑顔を崩さなかった。


新幹線が到着し、ドアが開く。

亜希子は乗り込んだ。

しかし、乗降口に立ち、

いつまでも二人に笑みを投げかけている。


「本当にありがとう。

 みんなずっと大切な友達」

出発のベルが鳴り響く中で、

亜希子はありったけの声を張り上げた。


「うん、ずっと友達だよ!アッキー!」


「オレは友達以上と思ってるよ!アッキー!」


列車の扉が閉まった。

ゆっくりと車両は動き出す。

そして、次第に亜希子の姿が

小さくなっていく。


「ハア 行っちゃったな」


「行っちゃったね」


「そういえば祐介、

 あんた最後に亜希子に向かって 

 友達以上に思ってるって

 言ってたよね?あれって告白?」

里美がおもしろがるように訊いて来た。


「あ。ああ・・・そんな感じかな」

照れくさそうに、

口を尖らして里美から視線をはずす。


「でもあの騒音の中じゃ

 アッキー聞こえてないよ」


「やっぱそうか・・・って、

 うるせえんだよ」

祐介は苦笑いしながら、

ホームのベンチに座り込んだ。

そして、力を込めて言った。


「よし!どんな難関大学でも、

 オレもアッキーと同じ大学行くぞー!」

そしてガッツポーズをとる。


そのとたん、里美が腹を抱えて笑い出した。


「米倉、何がおかしいんだよ。

 オレには無理だってか?」


「そうそう、絶対無理」

里美はなおも笑いが止まらない。


「だ、だってアッキーが行く大学、

 女子大だもの」


祐介は呆気あっけにとられた。

そして自然に笑みがこぼれてくる。


真っ青な空が広がっていた。

そんな空の下で里美と祐介は、

いつまでも笑っていた―――。



呪会 完

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呪会  kasyグループ/金土豊 @kanedoyutaka

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