第20話

警察署殺人科の取調室の一室。

それは畳3畳ほどしかなく、

窓はどこにもない。四方を薄汚れたコンクリートの

壁に囲まれ、天井も2メートルほどの

高さしかなかった。


その狭い部屋の中心に使い込まれた事務机と、

パイプ椅子が2脚あるだけだ。

一方には加原真湖、

対峙した一方には風間が座っている。


「キミが呪会というサイトの管理者だな?」


「そうだけど、それが罪になるの?」

加原は挑むように、

右のレンズにヒビの入った眼鏡の中央を

人差し指で押し上げた。


「メンバーの誰が誰を殺したのかなんて

 私でもわかんないわ。

 だいたいそんな犯罪を実際やってるかどうかなんて、

 わからないし」

加原はそういうと不気味な笑みを浮かべた。


風間はねめつけ、声音を少し荒げた。

「キミの運営するサイトのメンバーが

 事件に関わってる疑いは濃厚なんだ。

 現にキミは日向亜希子さんを殺害しようとした」


「最初はアッキーを狙ったんだけどね。

 宮島君が邪魔をした。

 でも彼ってほんとに運が悪いわね。

 わたしのミス。反省しなくちゃ」


(反省するところが違うだろ!)

風間は思わず怒鳴りそうになった。


「いずれ、呪会のメンバーのIPは判明する。

 そしたら、しらみつぶしに逮捕してやる」


風間の言葉を聞いて、

加原は呆れたような表情になった。


「いい?刑事さん、

 わかってないようだから教えてあげる。

 呪会のメンバーは3万人以上いるのよ。

 プロバイダだってバラバラ。

 その上、代理サーバーを経由して

 アクセスしてるメンバーもいるから、

 ひとりひとり調べ上げて、

 誰がどの事件に関わってるかなんて実証するのは、

 ほとんど不可能なのよ。

 捜査員が1000人いたって、

 何年かかかることやら」

加原はそう言うと、けらけらと笑った。


風間は目の前にいる、

17歳の女子高校生を奇異の目で見た。

この年齢にして完全犯罪というものを

知り尽くしている。


「とにかくだ。

 呪会はプロバイダの意向で閉鎖された。

 もう好き勝手なことはできない」

風間の口調は、ほとんど負け惜しみに近かった。

その様子を、加原はにこにことした

少女らしい笑顔で聞いている。


「ネット上には、呪会に似たようなサイトは

 いくらでもあるわよ。それにわたしが捕まったって

 呪会にとっては痛くもかゆくも無い。

 だって、わたしの代わりなんていくらでもいるもの」

 加原はそこで言葉を切り、

凄みのある目で、風間を見据える。


「また、どこかの誰かが、呪会を復活させるわ」




とある市立病院のロビーに、

亜希子と里美の姿はあった。

亜希子のてには大きな花束がある。


「行こう、アッキー」

里美は亜希子の背中をやさしく叩いた。


宮島祐介は全治1ヶ月の重症を負ったが

1週間ほどから、面会謝絶のICU集中治療室から

一般の病室に移されたのである。

その病室は3階にある。

亜希子たちはエスカレーターに

乗って向かった。


祐介がナイフに刺され、

意識不明のこん睡状態のまま

救急車で運ばれた時には、

亜希子は生きた心地がしなかった。

里美とともに、救急車に同情することを

望んだが現場の刑事たちが、

それを許してくれなかった。

刑事は一人が風間、若い方が岸谷と名乗った。

すぐにでも、署で事情聴取をしたいと言う。

亜希子たちはしかたなく、彼らの要求に応じた。

パトカーの後部座席に座っているとき、

亜希子は自分のてについている、

祐介の血をじって見ているしかなかった。


祐介は緊急手術を受け、

三日三晩こん睡状態のまま生死をさまよった。

だが1週間後には意識を取り戻し

一般病棟に送られるほど回復したのだった。


病室の入り口には

「宮島祐介」とネームプレートがある。

里美はノックすると部屋の中から、

「どうぞ」という祐介の元気な声が

跳ね返ってきた。

里美はドアを開け、亜希子を先に入るよう促す。


病室は個室で、さまざまな機器に

祐介はつながれていた。

そして、どこかで見たような

中年男性が丸椅子に座り、

こちらに背を向けている。


その中年男性は上半身をひねりざま、

亜希子たちを仰ぎ見た。


「おお、祐介のお友達のお嬢さんたちじゃないか」


「あ・・・」

亜紀子は突然の再会で驚いた。

その中年男性は、元刑事で喫茶アシンメトリーのマスター、

村田和久だった。


「さ、ここに座って」

村田はベッドのわきから、

丸椅子を取り出し彼女らふたりに薦めた。


「アッキーは座ってて、

 あたしはこの花を花瓶に生けてくるから」

里美はそう言うと、

サイドテーブルにある花瓶を手に病室を出て行った。


「相変わらず、落ち着きねえな あいつ」

祐介が笑いながら毒つく。


「落ち着きねえといったら 

 お前も同じだ、祐介。

 無茶なことしやがって。

 医者の話では後4センチ傷が

 ずれてれば、即死したって

 おかしくなかったらしいぜ」

村田は甥のデコをぴしゃりと叩いた。


「でも、命に別状が無くて本当に良かった。

 祐介君に何かあったら、

 わたしどうしたらいいか・・・」

亜希子は祐介の瞳に視線を投げかけた。

祐介の顔がみるみる紅潮する。


「そ、そうか?まあ、 礼を言っとく」

照れくさそうに言葉を返した。


「だって、祐介君はわたしにとって、

かけがいのない友達なんですもの・・・」


「と、友達・・・あははは」

笑うと傷口が傷むのか、祐介はしかめ面をつくった。


「ところで、叔父貴、

 捕まった加原はなんて言ってるんだ?」

真顔になって、祐介は村田に首を曲げた。


「加原は素直に自供しているようだ。

 ただ呪会についてはメンバーのことも知らないし

 いままでの事件に関与しているかどうかなんて

 わからないと言っている。

 それに日向亜希子さん、あなたとは

 中学生の頃から知っていたとも言ってる」


「そんな・・・

 真湖とは高校で知り合ったんですよ」

亜希子は反論した。


「ところがだな、中学時代に加原は

 よくイジメにあってたらしいんだ。

 まあ、それがきっかけで

 呪会の会員になったらしいんだが、

 ちょうどその頃、

 亜希子さんのブログに出会って、

 親しくなったらしい。

 まあ、直接会ったことはないが、

 メル友としてな」


「あ・・・」

村田の言っていることに、

亜希子の記憶は蘇った。


「まさか・・・・『カコ』のこと?」


「そうだ、ハンドルネームは『カコ』だったそうだ」


「わたし、その『カコ』に

 呪会の会員になるように誘われたんです」


「なるほど、そういうことか」

村田は腕を組み、何かを思案いているようだ。

そこで、花瓶い花を生けた里美が口を開いた。


「加原真湖・・・・『カコ』・・・か

 なんで今まで気づかなかったんだろ」


「それは無理も無いわ。

 わたしですら気がつかなかったんだから。

 まさか真湖が呪会の管理者だったなんて・・・」


「加原はもう一人の犠牲者、

来島祥子殺害にも関与してるらしい」

村田の口調は重かった。


「真湖が祥子を?どうして?」里美は思わず声が大きくなっていた。


「来島祥子と一緒にバスで帰宅していたとき、

 不用意に「呪会」専用の携帯電話を落としたらしい。

 それを来島祥子が拾った。

 それで彼女から加原に直接電話があったらしい。

 この電話はいったい何なのかとね。

 それで加原は来島祥子を公園に呼び出した。

 背後から公園の花壇にあった

 レンガで殴打したそうだ」


里美も亜希子も絶句した。そして祐介も。


「やはり、口封じだったんだ」

祐介は搾り出すように言った。


村田はひざを叩いて言った。

「これでほとんどの全容はわかったってことさ」


「いや、まだふたつ残ってる」

祐介は病室の天井をにらみつけながら言った。

その問いに村田は祐介を振り返る。


「ひとつは日向の親父さんを襲ったのは誰かと言うこと、

 そしてもうひとつは、日向あの名を

 『呪い殺すリスト』に登録したのは誰なのか?」


「亜希子さんの親父さんの事件の犯人はおそらく男だ。

 親父さんは180センチちかくあって体重も80キロだ

 いくら不意打ちでも、そんな大男を地面に押し倒すのは

 並みの女では到底無理だろう。後輩の刑事たちも

 必死になって追ってる。おそかれはやかれ捕まるさ」


「じゃあ、もうひとつの疑問は?」


「それについてはお手上げだ。

 なんとか書き込んだ奴のIPを

 たどって身元を突き止めようとしてる

 らしいんだが、海外の代理サーバーを3つも

 経由して書き込んでるらしい。

 見つけるにはまだかなりの

 時間がかかるそうだ」


 祐介は日向亜希子の名を登録した者を恐れていた。

まだ、終わっていない。

加原のほかに亜希子の命を狙っている奴が

いるようで、しかたない。


「とにかく、お前は全快するまで、おとなしくしてろ。 

 いいな?」


祐介は村田の言葉に返事をせず、

虚空を見つめたままだ。


「祐介君。わたしのことは大丈夫。

 自分の身は自分で守るわ。

 だって、大切な人を、

 もう失いたくないから・・・」

亜希子は強い決心を見せていた。


大切な人・・・。オレのことを

彼女は確かに今、そう言ってくれた。


祐介は瞼を閉じた。彼女のその言葉だけで、

傷が癒されていくようだった。

祐介は両目を開けて、静かだが強い口調で言った。


「それはオレだって同じだ」

祐介と亜希子の視線が交差する。


その空気を破ったのは、里美だった。

「あ~あ、見せ付けられるわね。

 これでこの二人が付き合ってないのが、

 不思議だわ」


「こ・・・この米倉」

顔を紅潮させながら、

無理やり上半身を起こそうとして抗議する祐介。


「お前はおとなしく寝てろ!」

祐介は村田から頭に拳骨をくらい、

ベッドに倒れこんだ。


「オレは 怪我人なんだぞ。いてて・・・」

そんな祐介は一同は笑った。

こんな毎日がこれからも訪れたらどんなにいいか、

亜希子は本気で思った。

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