「……感謝する」


 子供が去った後、逢原さんが僕に向かって頭を少し下げる。

 僕はどういたしましてと言う。


「(追っ払ったのは俺なんだけどな)」


 分かっているよ。ありがとうクロちゃん。僕は脳内でもう一度、クロちゃんにお礼を言った。クロちゃんと入れ替わらなければ、どうなっていたことか。


「……ひとつ聞きたいことがある」


 逢原さんが僕に質問してくる。

 何でも聞いて、すぐに答えてあげるから!


「……さきほどのあなたと、今のあなたは別人のように思える。もしかしてあなたは多重人格者?」


 彼女の質問に僕はドキッとした。なんという勘の鋭さ。

 すぐに答えてあげるとは言ったけど、僕は返答に困る。


 どうしようか迷った。

 もう一つの人格のこと、クロちゃんのことを話すべきか否か。


「(やめとけやめとけ。あの時みたいに面倒くさいことになるぞ)」


 クロちゃんの言う「あの時」とは、施設にいた頃のことだろう。


 当時、クロちゃんのことを回りに話しても、大人達には精神科に連れ出され、同年代の子達からは気味悪がられただけだった。

 それはちょっとしたトラウマである。


「い、いや違うよ? あれはちょっとムキになったというか、火事場の馬鹿力みたいなものだよ」


 だから誤魔化すことにした。好きな子に嘘をつくのは気が引けるけど、しかたない。ゴメン、逢原さん。


 僕の言葉に逢原さんは「……そう」と答え、別れの言葉を介し、帰っていった。もうすぐ日が暮れるし家まで送ろうかと申し出たが、「……大丈夫」とすっぱりと断られてしまった。ちょっと悲しい。

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