交渉

「さてと……」


 クロちゃんは倒れている男の首をがっちりと左手で掴み、相手を持ち上げる。

 男の足の先は地面から離れ、宙吊りにされた。


「ぐ、ぐるじい……」


 男苦しそうに悶える。クロちゃんの手を振りほどこうと必死にあがく。ジタバタと足を振り回す。

 だが、クロちゃんの握力が強いのか、脱出できずにいた。

 もがく男に、クロちゃんは語る。


「おい、お前。さっきこのガキにクリーニング代がどうとか言ってたな。なら、俺からも請求させてもらおうか」


 クロちゃんはまるで悪役みたいにニヤリと笑う。僕の顔って、そういう悪い顔できたんだ。僕は妙なところで関心する。


「さっき何度もお前が蹴ってくれたおかげで、俺の顔は傷だらけ、制服も泥まみれ。ついでにメガネにも傷がついたかもしれねえ」

「あが、が……」


 酸素が足りていないのか、男の顔が徐々に青くなる。

 だが、そんなのお構いなしにクロちゃんは話を続ける。


「本来なら、お前に治療費と、服とメガネの弁償代を払ってもらうところだが……。お前の服のクリーニング代を無しにしてくれるなら、こっちの金もゼロにしてやる。どうだ、悪い話じゃねえだろ?」


 クロちゃんは腕に更に力を込める。その力に応じ、男の首が圧迫される。男の顔色が更に青くなる。ちょっと可哀想。


「いいでず……それでいいでず」


 男が必死になって搾り出した答えがそれだった。

 それを聞いたクロちゃんは鼻で笑う。


「交渉成立だ」


 腕に力を入れるのをクロちゃんはやめ、男は地面に落ちる。

 しばらくゲホゲホと肺に空気を取り込んだ後、男は情けない悲鳴を上げながら、何処かへ逃げていった。


「け、威勢がいいのは口だけかよ。ちょっと反撃されただけで逃げやがった。(もう二、三十発くらい殴ればよかった)」

「(それはやりすぎだよ……でもありがとうクロちゃん)」


 助けてくれたことを僕は感謝する。クロちゃんとの入れ替わりがなければ、おそらく自分は病院送り、逢原さんもあの子もただではすまなかっただろう。

 僕はともかく、彼女達が傷つけられるのは見たくなかった。

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