暴力

「あ、あのーすみません」


 僕は低い物腰で男性に話しかける。

 ヒーローのように颯爽と登場し、かっこよく対峙したいところだけど、これは漫画じゃない現実だ。それに見たところ、アイスをぶつけたこの子に非がある。男の人はちょっと頭に血が昇っていて、周りが見えていないだけだ。

 ここは穏便に解決しないと。


「あぁ、なんだてめえ」


 男の鋭い視線が僕に向けられる。ちょっと怖い。けど、好きな女の子の前でビビッている姿を晒すわけにはいかない。

 僕は勇気を振り絞し、怒りんぼに向かっていった。


「さっきから聞いていたんですけど、この子を許してあげてくれませんか? この子も反省しているみたいですし」

「ご、ごめんなさい……」


 子供が小さな頭をペコリと下げて謝罪をする。


 確かにアイスをつけたこの子が悪いけど、クリーニング代まで請求するなんて大人のすることじゃない。

 逢原さんの言うとおり、市販の洗剤を使って洗えば落ちるレベルの汚れだ。

 子供相手に怒鳴っている暇があるなら、さっさと家に帰って洗えばいいのに。

 時間が経てば経つほど、汚れ、落ちにくくなりますよ。


「ふざけんなよ! 謝ってすんだら警察はいらないんだよ!」

「うわっ、古!」


 男の古い言い回しに、僕は思わず本音を言ってしまった。


 それが向こうの逆鱗に触れたようだ。


「てめえ!」


 僕は腹部を思いっきり蹴られた。たまらず僕はお腹を押さえ、その場に膝を着く。

 だがそれで終わりではなかった。

 男がまた僕を蹴る。うずくまった僕に対して、今度はわき腹を蹴った。僕はたまらず蹴られた脇腹を手で抑える。


「(痛ぇな……頭に来た。おい、史郎! こんなやつ蹴り返しちまえ!)」


 痛覚を共有しているクロちゃんの怒りのボルテージが上がっていく。


「(そ、そんなこと言ったって……)」


 最初の蹴りで、僕はすでにグロッキー状態になっていた。

 身体が思うように動かない。

 膝が震え、頭はくらくらする。蹴り返すどころか立つことさえままならない。

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