化石みたいなアクシデント

「(よく見えるな、あんなに離れているのに)」


 彼女と僕達の距離は三十五メートルくらい離れていた。それでも僕はあの女子は逢原さんだと認識できた。

 好きな子を見間違えるはずがない。

 あの髪の色、あの身長、あのたたずまい。走り去る自動車達の間から見えた、少女の特徴は、間違いなく逢原さんのものだ。百パーセント、絶対の自信がある。


 逢原さんの他にも私服の男性一人と、小さな子供がいた。


「(なんか、穏やかじゃねえな)」


 クロちゃんの言うとおり、和気藹々とお喋りしているようには見えない。どちらかというと揉めているように感じられる。さすがに話し声までは聞こえないので、確かではないけど。


 しばらくすると、彼らはどういうわけか、人気の無い裏路地に入っていった。

 その時、男は周りをキョロキョロと見ていた。なにやら人目を気にしているようだった。


「(史郎、行ってみようぜ)」

「(う、うん)」


 僕は走りながら歩道橋を渡り、車道のあちら側へ向かった。


 向こう側に渡った僕は、三人が入っていた裏路地にはすぐに侵入せず、少し様子を見ることにした。 僕はそっと裏路地を覗いてみる。


「だーから! 俺達はそこのボウズにクリーニング代を払ってくれねーと困るんだよなー!」

「……その程度の汚れなら、洗濯機で洗えば落ちる。汚したことはこの子に非があるが、弁償するほどではない」

「うるせえな、てめえには関係ねえだろうが!」


 ガクガク震える小さな子供。

 逢原さん。

 そして強気な男が一人。彼の上着には、チョコアイスらしき物が付着していた。


 今聞こえた会話と状況から察するに、子供のアイスが男の服についてしまい、怒った男達は大人気もなく子供相手に絡んで……。


「(そこにあの女が助け舟を出したってとこか。なんつー分かりやすい展開だな)」


 確かにとても分かりやすい展開だ。分かりやすいと通り越して、なんというベタなシーンだろう。

 今時、フィクションでもこんな化石な状況起きないかもしれない。


 って、そんなこと考えている場合じゃない。


「(助けなきゃ!)」

「(え、お、おい史郎!)」


 僕は脇目も振らず、路地裏に飛び込んだ。


「(ったく、逢原のこととなるとすぐこれだ)」


 クロちゃんは呆れるけど、惚れた女の子に危機が迫ったら助けるのが男の務めだと僕は思っている。何とかして逢原さん達を助けなければ。

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