逢原さんの素晴らしさ

 逢原さんは上履きに履き替え、黒いショートヘアを風になびかせながらその場を去った。昇降口に僕がポツンと取り残される。


「……」

「(今、あいつの髪の匂い嗅いでただろ)」

「勝手に思考を読むな!」

「(また声に出てるぞ、シロ)」


 その場にいた他の生徒達が僕を見ながらヒソヒソと騒ぎ出す。しまった。またやってしまった!

 たまにやってしまうことがあるのだ、クロちゃんへの文句を口に出してしまうことが。気をつけてはいるんだけど……。 僕はアハハと苦笑いを周りに振りまき、急ぎ足でそそくさと昇降口から逃げように去った。


「(だいたい、あんな女の何処が良いんだ?)」


 教室に向かう途中、クロちゃんが聞いてきた。僕は「いい質問ですね~」と少し前に流行った流行語を使ってみる。

 いい機会だから、逢原さんの素晴らしい所を教えてあげよう。


「(何処って、全部だよ全部。しいて言うなら、煌く黒髪とか)」

「(日本人なら大半が黒いと思うぞ?)」

「(頭も凄く良くて、中学の頃なんて学年トップは間違いなし)」

「(単に他の連中が馬鹿だっただけだろ?)」

「(運動神経がよくて、どんなスポーツもそつなくこなす)」

「(あー、それは確かにあるな)」

「(群れを作らず、いつも一人で行動してクールでかっこいい)」

「(無愛想だからダチがいねえんじゃねえの?)」

「(そして何より、女子高校生の平均身長より背が低い所とか)」

「(え、何? お前ってロリコンだっけか?)」


 失礼な。確かに逢原さんは幼児体系ではあるけど、断じて僕はロリコンではない。


 その後も、逢原さんの素敵なところを述べた。それこそ原稿用紙が百枚くらい埋まりそうな勢いで。


「(フゥ、これで分かったでしょ? 逢原さんのチャームポイントが)」


 僕は汗を拭う。ちょっと疲れた。でも心地いい充実感だ。これだけ言えば、クロちゃんにも理解できただろう、逢原さんの魅力が。


「(分からん)」


 クロちゃんの解答はこの世のものとは思えないほど酷いものだった。ここまで言っても、逢原さんの良さが分からないとは。身体は同じなのにクロちゃんの感性は僕とちょっと違うらしい。

 クロちゃんにはがっかりだ。アブラゼミからセミの抜け殻に格下げしようかな。


「(つーかさ……史郎)」


 クロちゃんが改まったように、真剣な声になる。


「(いい加減、あの女のことは諦めて、新しい恋に生きたほうがいいぞ。はっきり言って、今のお前、かなり女々しくて気持ち悪ぃ)」


 もう一人の自分の言葉に、僕は無言になる。

 分かっている、自分が女々しいことくらい。分かっている、自分がどうしようもないくらい未練がましいことくらい。

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