餅は餅屋
9741
餅は餅屋
前方に魔王軍の兵士達が徒党を組んで、この国に攻め入ろうとしていた。
「敵はざっと見て1000体……1人あたり333体がノルマね」
「1匹余るな……アイツがいれば1人200でキリがいいんだけどな」
「250よ、バカね」
計算のできない格闘家ザックに、魔法使いマリカが呆れる。
「いない奴のことなんて言わないの」
私は二人にそう言う。
そうだ。ここには彼はいない。
私達と共に戦い、共に励み、共に世界を守ってきた彼は、もうこの世界にはいない。
「それじゃあ、今までありがとう……そして、さようなら」
私は彼に感謝の気持ちと別れの言葉を伝える。
「なあ……やっぱり、俺も残って――」
「ダメよ」
私は彼が言い終わる前に、彼の言葉を遮った。
「分かっているでしょ。次にゲートが開くのはいつか分からない。この機会を逃したら、あなたは元の世界に戻れなくなるかもしれないのよ」
「でもよ、もうすぐ魔王軍が大群でやってくるんだろ?」
確かに、今は魔王軍との戦いの真っ最中。彼がいなくなるのは痛手だ。
でも彼を引き止めることはできない、許されない。
彼は元々、偶然でこの世界に迷い込んできてしまっただけだ。元の世界に帰れるのなら、見送ってあげるのが、彼のためだ。
「それはこの世界の住人である私達の問題よ。あなたには関係ないわ。……あなたの世界の言葉にあるでしょ、『餅は餅屋』って。この世界のことは私達に任せなさい」
彼は納得いかないような顔をしている。
私だって、本音を言えば彼には帰ってほしくいない。
でも、彼には彼の生活がある。
「っ! ゲートが閉じるわ!!」
マリカが叫ぶ。光のゲートが消えかかっていた。もう時間がない。
「早く! もう時間が無いわ!」
「で、でも……」
「あーもう、じれってぇ! おらぁっ!」
ザックが彼の背中を蹴り飛ばし、彼を無理やりゲートに押し込んだ。
彼はゲートに吸い込まれ、やがて姿が見えなくなった。おそらく、自分の世界に戻ったのだろう。
そして役目を終えたゲートは、静かに消滅した。
「ちと強引だったかな」
「いいえ、ナイスよザック。あなたの判断は間違っていないわ」
マリカがザックの肩をポンっと叩く。
「行きましょう。魔王軍が攻めてくるわ」
私は歩き出す。二人も私の後について来た。
「でもやっぱ、いなくなると寂しいよな……」
ザックがため息をつく。マリカもそれにつられてため息。
「寂しがっている暇は無いわ……行くわよ!」
私達は敵軍勢に向かって走り出した。
魔王軍も私達を敵と認識して襲い掛かってきた。
私は剣、ザックは拳、マリカは魔術を駆使して、魔王軍に攻撃する。
敵をなぎ払い、粉砕し、消滅させる。
でもやはり多勢に無勢。私達は徐々に消耗していった。
「はぁはぁ……」
力自慢のザックでさえ、息が上がっている。マリカの方も、魔法の威力が下がっている気がした。
かく言う私も、手が痺れてきて今にも剣を離してしまいそうだった。
でも、私達は負けられない。
私達は彼と約束した。この世界は私達に任せなさい、と。
だから私達は負けるわけにはいかない。
「くっ!!」
だけど、現実はそう上手くいかない。
私は魔族の攻撃を受けて、剣を離してしまった。
丸腰になった私を、魔王軍がほっとくはずがない。
『ギャォオオオオ!』
魔族がその鋭い牙を立てて、私を噛み砕こうと迫ってきた。
「く、ここまでか」
私はそう思った。
その時だった。
「エクス……カリバーぁああ!!」
光の斬撃が、魔族をなぎ払った。
私は、今の攻撃に見覚えがある。
「俺の世界には、こんな言葉がある……」
私達は、この声に聞き覚えがある。
「『ヒーローは、遅れてやってくる』ってな!」
彼だ。 ゲートを通ったはずの彼が、この世界にいる。
元の世界に帰ったはずの彼が、魔王軍と戦っている。
「よお、お前ら! なんだ随分とへばってんな。やっぱり、この俺がいないとダメダメだな」
魔族を切り裂きながら、彼は笑う。
私は剣を広い、彼の背中に自分の背中を預ける。
「あなた……どうして戻ってきたの!」
魔族をなぎ払いながら、彼に尋ねる。
「俺の実家じゃ、餅は自分達で作って食べる決まりになってんだよ。俺にも餅、つかせろ」
「……バカものが」
私はそう言うが、彼が戻ってきてくれたことを内心で嬉しく思っていた。ザックもマリカも同じだろう。
「さあ、お前ら! こっからは四人で餅つき大会だ!!」
「「おう!」」
餅は餅屋 9741 @9741_YS
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます