風のカイト
9741
第1話
この世界には、通常とは異なる能力を持った生物……魔物が存在する。
魔物には、穏やかで人間と共存する種もいれば、獰猛で平和を脅かす種も存在する。
人間の中には後者に対抗するため、『魔術』という力を会得する者もいた。
人々は彼らを、魔道士、と呼んだ。
「ブレードウインドぉ!!」
少年が展開した魔方陣から、かまいたちが発生。スライム型の魔物を一刀両断にする。
「よしっ! これで倒した魔物の数は99体!!」
少年はガッツポーズをして、喜びを表現する。
「へへへ、また最強の魔道士に1歩近づいたな」
この少年の名はカイト、10歳。彼の夢は最強の魔道士になること。
その夢を実現するため、彼は旅をしている。
彼は自分の魔法の鍛錬のため、出会った魔物を次々と討伐している。倒した魔物の数は、もうすぐ3桁を超えようとしていた。
「さて、次の魔物を探しに行くか」
カイトは、記念すべき100体目の魔物を求めて、歩みだす。
その時、彼の腹の虫が大きく鳴いた。鳴き声が静かだった草原に響く。
「……その前に腹ごしらえだな」
カイトは食べ物を求めて歩みだした。
近くに栄えていた町に着くやいなや、カイトは飯屋に飛び込んだ。
ガツガツと丼飯を口の中にかきこむ。テーブルの上には、すでに空の丼が10杯以上積み重なっていた。 その様子を飯屋の店長はポカンとした顔で見ていた。
「あー喰った喰った。ごちそうさん!」
15杯目を食べて終えたところで、カイトは箸を置く。
膨らんだ腹を擦っているカイトに、店主は話しかける。
「すげーな、アンタ。チビのくせに、よくそんなに食べられたな」
「いやー、運動するとどうも腹が減ってな」
ガハハハとカイトは高らかに笑う。
カイトは魔法を使うと、身体のエネルギーを消耗していまう。その消費したエネルギーを補うため、彼はたくさん食べる。
「で、おいくら?」
店主に金額を聞きながら、カイトは財布の中を見る。中には10000Gほど入っていた。なお、Gとはこの世界の通過である。
「ああ、えーっと……」
店主が丼の数を数える。そして合計金額を言い放った。
「全部で10万5000Gね」
「高っ!?」
その高額な代金に、カイトは目を飛び出そうしなる。
「ちょっと待て! 絶対それおかしいだろ!」
カイトは反論する。
だが興奮しているカイトに対して、店長は冷静だった。
「おかしくありません、丼1杯7000Gですから」
「なんで、ただの丼がそんなに高いんだよ!」
「ちなみに消費税は別ね」
「まだ高くなるのかよ!」
カイトの怒りのボルテージが上がっていく。
「おい、おっさん! いくら俺がよそ者だからって、こんな高い値段が許されるわけ――」
「仕方ないのじゃよ」
カイトが店長に突っかかろうとした時、老人が彼に話しかけてきた。
「あ、長老様!」
店員が叫ぶ。
この老人は、この町の長老。口元の白いカイゼルヒゲが特徴である。
年寄りというのは誰も聞いてもいないのに話したがる者が多い。この長老も例外ではなかった。
「実は数週間前から、この町に凶暴な魔物が出没しましてな……。そいつは毎晩町にやって来ては、人々を襲い土地を荒らし、町の宝を持ち去っていくのじゃ」
長老だけでなく、その場にいた町人達全員の表情が暗くなる。店の空気が重くなる。
「おかげで今年の作物は全滅。幸い、去年までに作って蓄えておいた分があったから、なんとか暮らせてはおるが……このままじゃと町は廃れてしまう。物価が上がるのは仕方ないんじゃ」
「……話は分かった」
長老の話を静かに聞いていたカイトの口が開いた。
「その凶暴な魔物! この未来の最強魔道士、カイトが退治してやるよ!」
カイトがテーブルの上に立って、高らかに宣言する。
その言葉に、店内がどよめく。
「だから代金安くしてくれ」
「え、ああ……うん」
店長は了承する。
「ねえ、その話、私も1枚噛んでもいいかしら?」
となりのテーブルから、14歳くらいの女性が話しかけてきた。
「アンタは?」
「私はサファイア。困っている人を助けながら旅をしているの」
サファイアとなのる女性はニコリと笑う。
「この町が魔物に襲われていると聞いて、いてもたってもいられなくなったの」
サファイアはカイトの手を握る。
「ね、いいでしょ? カイト君だったわね。私と一緒に魔物を倒しましょう?」
「断る」
即答だった。カイトはサファイアに握られていた手を振りほどく。
サファイアはその言葉と行為に驚いていた。
「困っている人を救いたいという、アンタの気持ちも分かるけどな……。これは俺が最強の魔法使いになるための試練! 誰の手も借りたくないんだ!」
コイツ、馬鹿だ……。カイトの言葉を聞いて、その場にいた全員がそう思った。
「なら、こうしましょう」
サファイアがため息をつきながら口を開く。
「魔物退治はカイト君1人で行う。私は、万が一君がやられた場合にサポートをする。これならいいでしょう?」
「うーん……まあ、それなら」
サファイアの妥協提案に、カイトはしぶしぶ同意する。
「長老さんも、それでいいですね?」
「魔物を倒してくださるのなら、何でもええですわ。……魔物は海岸沿いの洞窟に住んでおります。御武運を」
カイトとサファイアは、噂の洞窟の入り口前にいた。
「いかにも、魔物が住んでいそうな洞窟だな」
洞窟の中から、風なのか鳴き声かは分からないが不気味な音が聞こえて来る。
「これは……鍾乳洞ね」
洞窟の入り口を触りながら、サファイアは言う。
「しょーにゅーどー?」
「鍾乳洞っていうは、石灰岩が地表水、地下水などによって侵食されてでできた洞窟のことよ」
サファイアがカイトに鍾乳洞がどのようなものかを、まるで辞書のように説明する。
しかし、カイトにはその説明が難しかったらしい。彼の脳内ははてなマークで埋め尽くされていた。
「……ようするに、水によって作られた洞窟ってことよ」
サファイアは簡潔にまとめる。
「とくかく! ここに魔物がいるんだな! 行こう!」
カイトは洞窟に乗り込む。その後をサファイアは追いかけた。
「かなり長いわね、この洞窟」
松明を持ったサファイアが洞窟を見回す。松明で少し明るくなったが、洞窟の奥はまだまだ先のようだった。
「それにしても、少し寒いな」
カイトは身を縮ませる。洞窟内には冷たい空気が流れていた。
「鍾乳洞は普通の洞窟と違って、湿度が高いのよ」
「へぇー」
カイトは感心する。
「サファイアってすげーな。何でも知ってるんだな」
「仕事柄、知恵が必要なだけよ。それに旅をしていれば、知識なんて自然と身につくわよ」
そういうものなのか、とカイトは思う。
「……そういえば、サファイアの仕事って――」
何だ? カイトがそう言おうとした瞬間だった。
大きな騒音で、カイトの言葉が遮られる。
その音の正体は、魔物の鳴き声だった。
2人の目の前に、モグラの姿をした巨大な魔物が出現した。その魔物の手からは爪ではなく、3本、両手で6本のドリルが生えている。
「おお!」
強そうな魔物を見て、カイトは目を輝かせていた。今まで彼が倒していた魔物達は、全てカイトの実力より格下だった。だからカイトは自分より強そうな相手と戦えるチャンスだと思い、心の内で喜んでいた。
「ど、ドリモグ……!」
喜ぶカイトととは異なり、サファイアはとても焦っていた。
この巨大な魔物の学名はドリモグ。手のドリルは硬い岩盤を砕き、硬い毛で覆われた身体はあらゆる攻撃を受け付けない。
「(無理だ……)」
サファイアはそう思っていた。長老から凶暴とは聞いていたが、せいぜい下級のゴブリン程度だと、彼女は思っていた。まさかドリモグが相手とは夢にも思っていなかった。
「(しかも、かなり大きい……)」
ドリモグの平均体長は5メートルほど。しかし2人の目の間にいる個体は10メートルを超えていた。 逃げないと。身体を震わせながらサファイアはそう決意した。
その時だった。
「ブレードウインド・クロス!!」
十字の形をした、風の斬撃がドリモグを襲う。
鋭い風は魔物の身体を切り裂き、ドリモグはバラバラになった。
「なーんだ。強いやつと戦えると思ったのに……強そうなのは見た目だけか」
カイトはガッカリする。
そんなカイトを見て、サファイアは驚愕していた。
「『強そうなのは見た目だけ』ですって……!?」
ドリモグという種はたとえ小物でも、上級魔道士が3人集まってやっと倒れる魔物である。決して見掛け倒しの魔物ではない。
「(その大型をたった一撃で倒すなんて……。もしかしてこの子、実はすごいのかも)」
「サファイア!」
そう言って、カイトはサファイアに何を投げ渡してくる。それはカメラだった。
「記念すべき100体目なんだ。写真取ってくれ!」
ドリモグの残骸を踏みつけて、カイトはポーズを決める。
「……やっぱりただのバカなのかな」
そう呟きなきながら、サファイアはシャッターを押した。
記念撮影を終えた2人は、洞窟をさらに進む。やがて開けた場所にたどり着いた。
フロアの中央には金銀財宝、宝の山が集められていた。
「これが長老の言ってた、町の宝ね」
サファイアが宝に近づく。金貨に銀貨、銅貨。宝石が散りばめられた剣や盾。どうやらあのドリモグはキラキラしたものが好きらしい。
「どうやら、ここが洞窟の1番奥みたいだな」
カイトはキョロキョロと見渡す。2人が来た方向以外に道はない。ここが行き止まりのようだった。
「見たかんじ、他に誰もいないみたいだし……やっぱりさっきの奴が町を襲っていた魔物だったみたいだな」
そう言うカイトの手をサファイアはガシッと握った。
「やったねカイト君! これで町の人達は救われたよ!」
「おお、そうだな」
「さあ、早くこのことを長老に知らせないと」
「おお、そうだったな!」
「それじゃあ、私は宝を見張るから、カイト君は長老の所へ!」
「よし、任せろ!」
そう言って、カイトは来た道を走って戻る。サファイアはそんな彼に「いってらっしゃーい」と手を振る。
最深部に、サファイアだけが残された。
「計画通り」
サファイアが、まるで悪人のように不敵に笑う。それもそのはず、サファイアの正体は悪人……盗賊なのである。
「善人のふりをして、町の宝を奪う……こうも作戦が上手くいくなんてね」
サファイアは宝の山にダイブ。金貨の海を泳ぐ。
「アハハハハ!! これで宝は私の物よ!」
少女の笑い声が洞窟にこだまする。
「ドリモグが出た時は焦ったけど、あのバカが倒してくれたし。……さて、あのバカが戻ってくる前にトンズラし――」
『ゴー』
不気味な声が最深部に響く。この声はサファイアのものではない。
サファイアは慌てて声のした方を振り向く。そこには魔物ゴーレムがいた。しかもその体長は、さっきのドリモグの2倍以上もある。
「しまった、他にも魔物がいたなんて!」
ゴーレムがあまりに大きすぎて、サファイアもカイトも壁だと思っていた。魔物が声を出さなければ、そのまま気付かなかったかもしれない。
ゴーレムは宝を返せと言わんばかりに、サファイア目掛けて攻撃する。その巨大な拳を、小さな少女に向かって振り下ろす。
「マズイ……」
避けるのは無理だった。魔物の拳があまりに巨大だったからだ。どこに逃げてもゴーテムのパンチは命中してしまう。サファイアはそれに気付いていた。
「やられる……!」
サファイアは死を覚悟した。
その時だった。
「サイクロンバリア!!」
サファイアを中心に、小さな竜巻が発生する。竜巻の風にゴーレムの拳が弾かれた。
「か、カイト君!」
「アーンド――」
カイトは右手に魔方陣を展開する。
「ブレードウインド・クロス!!」
カイトはさきほどドリモグを倒した魔法を発動。十文字の風が巨大なゴーレムを切り裂いた。
「これで101体目っと! 大丈夫か、サファイア?」
カイトはサファイアに走り近づく。カイトの防御魔法のおかげで、サファイアは無傷だった。
「カイト君! どうして……」
町に戻ったはずの少年がどうしてここにいるのか。サファイアは疑問に思った。
「ああ……」
その疑問に、カイトは答える。
「入り口まで戻ったところで『アハハハ』って変な声が聞こえたから、魔物だと思って引き返したんだ」
変な声で悪かったわね、サファイアがそう言おうとしたその瞬間だった。
『ゴー』
さきほどカイトによって倒されたゴーレムが鳴き出した。
そしてバラバラになった魔物の身体がゆっくりと集まり、やがて元に戻った。
「再生した!?」
「……マジか」
2人は驚愕する。
そんな2人を再びゴーレムの巨大なパンチが襲う。
「おっと!」
カイトはサファイアを抱きかかえ、風を利用して空を飛び、魔物の攻撃をかわす。
「ブレードウインドぉ!」
カイトも負けじと、かまいたちを発生させゴーレムの腕を斬る。
だが、斬られた腕はさきほどと同じようにすぐに再生した。
「くっ、もう1度……!」
「無駄よ!」
もう1度攻撃しようとするカイトをサファイアは止める。
「見たでしょ、あの再生能力! あなたの攻撃はあいつには通用しない!」
逃げましょう、ここから。サファイアは提案する。
が。
「イヤだ」
カイトに逃げる気は全くなかった。
「俺は最強の魔法使いになるんだ! ここで逃げるわけにはいかない!」
ゴーレムが今度は両腕で殴りかかってくる。
カイト達は空中を飛びまわしながら、それをかわす。
「ブレードウインド・ダブル・クロス!」
カイトはゴーレムの顔面目掛けて強力な魔法をお見舞いする。
ゴーレムの顔が粉砕した。だが、おそらくすぐに再生するだろう。
カイト達は岩陰に隠れる。
「アイツは俺が倒す。これは俺の戦いだ、サファイアは逃げろ」
そう言い残すと、カイトはサファイアを岩陰に残して、再びゴーレムに戦いを挑む。
「……なによ、かっこつけちゃって。アンタみたいなガキがあんなバケモノに勝てるわけないじゃない……」
サファイアはその場に座り込む。彼女はお尻に冷たさを感じる。
「これは、水……いや、泥水」
床が湿っていた。サファイアと手に泥が付着する。
サファイアは手についた泥水をじっと見つめる。
それを見た瞬間サファイアの脳裏に、様々な言葉が飛び交う。
毎日夜に――。
水によって作られた洞窟――。
再生能力――。
泥水――。
「分かっちゃった」
サファイアはそう呟くと、ポケットから時計と方位磁石を取り出す。
そして時刻と方角を確かめて、彼女はカイトに向かって叫んだ。
「そいつの身体は泥でできているわ!」
サファイアの声に、カイトが気付く。
「そして、鍾乳洞特有の高湿度が、そいつの再生を手助けしているのよ!」
サファイアは懐からナイフを取り出し、天井に向かって投げる。
放たれたナイフは天井に刺さった。
「カイト君! あそこに強い攻撃で穴を開けて!」
「え、でもなんで……」
「いいから早く!!」
「……分かった」
カイトは両手で魔方陣を展開する。
「トルネードショット!!」
魔方陣から、まるで弾丸のような竜巻が放たれ、天井に命中する。
天井に穴が開く。
そして穴から日の光が差し込み、ゴーレムを照らす。
『ゴ、ゴ、ゴ』
ゴーレムの様子がおかしくなる。日に照らせた箇所がひび割れていく。
「どうかしら、初めての日光浴は?」
サファイアが不敵に笑う。
「アンタが夜にしか出没しないのも鍾乳洞を住処にしているのも、全てその泥の肌の保湿のため。……でも、もうエステの時間は終わりよ」
その言葉に反応し、カイトは両手に魔方陣を展開する。
「ハリケーン・ナックル!!」
カイトは自身の周りに竜巻を発生させ、そのままゴーレムに向かって突進する。
ゴーレムの胸に風穴が開いた。
しかし、ゴーレムが再生することは2度となかった。
「今度こそ、101体目っと」
「ありがとうございます。魔物を倒してくださって。それに町の宝まで取り返してくださるとは……」
長老がカイトとサファイアに頭を下げる。
「いいっていいって、気にすんな」
カイトは笑う。
だが、サファイアは不機嫌だった。宝を手に入れることができなかったからだ。
当然だ。これらは全て町の物。カイトが見ている前で奪うことはできない。
「サファイア」
ご機嫌斜めなサファイアの肩をカイトはポンっと叩く。
「良かったな! 町の人達を救うことができて!」
「……ええ、そうね」
それはとても乾いた返事だった。
魔物を倒し、目的を果たしたカイトは町を出た。
サファイアもこれ以上長居する必要が無いので、一緒に町を去った。
「なあ、サファイア。アンタはこれからどうするんだ?」
「……決まっているわ。次の町へ行くのよ」
さっきの町では1円も稼げなかったサファイアは、新たな儲け話を求めて次の町を目指していた。
「そっか……。俺はもちろん、これからも最強の魔道士を目指して旅を続ける!」
「いや、聞いていないし」
「それでさ、思ったんだけど……サファイアさ、俺と一緒に魔道士目指さね?」
カイトの言葉に、サファイアは一瞬思考が停止する。
そして、思考が戻るとサファイアは叫んだ。
「はぁああああああああ!? ちょっと待ちなさい! なんで私が……」
「なんでって……俺は魔力に自信がある。でも知識は無い。サファイアは知識も相手を見抜く知恵もある。2人が組めば、最強だ!」
カイトは続ける。
「それに、最強の魔道士になれば、お前の人助けも楽になるだろ?」
カイトは、まだサファイアは人助けをする人間だと勘違いしていた。
サファイアは誤解を解くため叫ぶ。
「あのねえ! この際だから言うけど、私は善人じゃないの! そんな金にもならないこと――」
するわけないじゃない、そう言おうとしたが、サファイアはちょっと考えてみる。
カイトとコンビを組む……。つまり、カイトの魔法を利用できる……。しかも、その魔法は超強力……。
「カイト……頑張って、2人で最強の魔道士になりましょう!」
カイトの強力な魔法を利用すれば大金を稼ぐことができる、一攫千金の大チャンスだ。サファイアはそう考えた。だからカイトとコンビを組むことにした。
「おお、その気になってくれたか!」
「ええ。さあ、次の町へ急ぎましょ! 困っている人が私達を待っているわ!」
今ここに、最強の魔道士を目指すパーティが結成された。
風のカイト 9741 @9741_YS
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