14 想いのカタチ3

     3


 土曜は一日、絵を描く華の背中を見ていた。

 邪魔にならないように掃除したり、魔法使いみたいな手元を眺めたり。そうしている間の時の流れは普段とは違っていて、ひどくゆっくりなのに過ぎ去ると早いような、不思議な感覚がするんだ。

 集中してると華は飯を食わない。睡眠も限界まで取らない。限界が来たらぱたりと寝る。心配にはなるけど、これは邪魔したらいけない華の世界のような気がして、オレは黙って見守る事しかできない。邪魔はしない。でも華が腹減ったなって思った時すぐに食べられるよう、片手間で食べられるサンドイッチを作って冷蔵庫へ入れておく事にしている。

 ふと、華が振り向く時がある。

 振り向いて、何かを探して、オレの姿を見つけた華は、ほっとした顔で微笑んでから再び絵に向き直る。その時の笑顔がオレは、堪らなく好きだ。オレの存在を望んでくれている、そんな気がするから。

 土曜が終わり日曜がやって来て、明け方近くに華は筆を止めた。オレはオレの定位置で毛布に包まり眠っていたんだけど、微かな物音で気が付いた。目を開けて一番に視界に入るのは見慣れた背中。そして小さな背中の向こうには、クリスマスツリーへと続く光の道があった。

 冬の冷えた空気の中に佇むツリーを囲む光は、柔らかな優しさを纏っている。きらきら、きらきら。寒いはずのその場所が何故だかとても温かな場所のように感じる。この景色を見た時の作者の感動が絵を見た他人にも伝染しそうな、そんな絵。

「綺麗だな」

 自分が描いた絵をじっと眺めていた華が、オレの声に反応してぱっと振り向いた。オレが起きていると思ってなかったみたいで、少し驚いたって表情を浮かべてる。

「これ、この前行った場所?」

 オレの質問にこくりと頷いてから華が、照れたように微かな笑みを浮かべた。その笑みを肯定の答えだと受け取ってオレはもう一度、「綺麗だ」と呟く。華が再び絵に向き直り、二人で黙ってクリスマスの景色を眺めた。

 記憶に焼き付ける事でしか手に入れる事の出来ない、華が描くオレとの思い出の絵。それを知らない誰かが買う。買った人はこの絵を見て、一体何を感じるんだろう?

 絵の出来に納得したらしい華が筆を取り、端の方へサインを描き込む。百合の花をモチーフにした、東華のサイン。ママのサインに似せて作ったんだといつだったか教えてくれた。

 体に付いた絵の具の汚れを落とす為に華がシャワーを浴びている間もオレは、飽きる事なく幻想的な冬の景色を見つめ続ける。

「秋、お腹空いた」

 風呂から出て来た華が空腹を訴えたから、牛乳を温め作っておいたサンドイッチと共に食べさせた。

 濡れたままだった華の髪を丁寧に乾かし梳かして、腹が満たされて眠そうに目を擦った華と一緒にふかふかのベッドへ潜り込む。抱き合い眠る温もりと華の匂いに当然のように馴染んでいる事に気が付いて、オレの心の深い場所まで華が入り込んだという不思議な感覚を胸に抱き、眠りに就いた。


 朝目が覚めると、部屋の中に母親と田所がいて焦った。アラームをかけ忘れて寝ちゃったみたいで完全に寝坊だ。

「おはようございます、秋くん。……事前に聞いてはいましたが、実際目の当たりにするとこの現状を許していて良いものなのか、悩みます」

 オレを見下ろす田所は苦笑を浮かべている。田所が言う現状っていうのは、オレと華が同じベッドで寝ている事で、それだけでなくオレ達は手足を絡ませ抱き合って眠るのが日常だ。互いの温もりがないと眠れない、なんて事はないけど、最近では腕の中に華がいないと落ち着かない。

「別に裸な訳でもなくただ寝てるだけだし、問題なしじゃないですかね」

 寝起きの掠れた声で反論すると、田所は片手で額を抑えて目を閉じた。頭が痛いって動作。田所の頭痛の種であるらしいオレは欠伸をしながら上半身を起こし、目を擦る。

「秋、おはよう」

 起き上がろうとしたオレを追って、華が甘えて首元へ抱き付いて来た。寝起きの華はやっばい可愛い。ふにゃりと笑い、頬へのキスをくれる。

「おはよ、華。今日も可愛い! 大好き!」

 ベッドの上で抱き合い朝の挨拶を交わしているオレと華を見下ろす田所が「困り果てました」って顔してるのが面白い。

「貴方がたは堂々とし過ぎです。見せつけられるこちらが困ります。まさか! 学校でもこんなに堂々としている訳ではありませんよね?」

「そのまさかです」

 なんて事だ、と吐き出すように告げた田所は両手で頭を抱えてしまった。

「まぁまぁ。ラブラブ良いじゃない! おにぎり作って来たけど食べる?」

「食う」

「食べる」

 二人同時に伸びをして、ベッドから出ておにぎりの朝飯を食った。

 着替えて準備が終わった頃には昼過ぎだった。イルミネーションだし丁度良い時間だよなって話しながら、華のマンションの地下駐車場に停めたっていう田所の車へ向かう。

「田所さんってビーエムのイメージだったんだけどなぁ。マツダは予想外」

 田所の車はマツダのアテンザワゴン。色が白なのはイメージ通りかな。

「流れるようなフォルムが好きなんですよ」

 ピピっていう電子音と共に車の鍵を開けながらの田所の返答に、オレは頷いて同意を示す。田所の言う通り、マツダの車って形が綺麗なんだよな。

「オレの中でマツダは走り屋のイメージ」

「あぁ。それはセブンやロードスターという事ですか?」

「そうそう! エイトには乗らないの?」

「そうですねぇ……嫌いではないですが燃費の問題もありますし、こちらの方が乗り易いですよね」

「あー、エイトは燃費悪いって言いますもんね」

 そんな会話をしながら乗り込んだ車内は黒で統一されていた。黒のレザーシートで少し、煙草の匂いがする。吸ってる姿を見た事はないけど、どうやら田所は煙草を吸うらしい。

「秋くんは車が好きなんですか?」

 カーナビで目的地をセットして、駐車場から出た所で聞かれた。バックミラー越しに見える田所の顔を見ながらオレは肯定で返す。

「趣味にしようとは思わないけど憧れはありますよ。F1とか好きでよく観てます」

「私も観ますよ。今年はレッドブルの一人勝ちでしたね」

「ですねー。途中マクラーレンも頑張ってたんですけどね!」

「秋くんはマクラーレン派ですか。私はルノーが好きです」

「あぁ、ルノーっていえば――」

 思わず興奮して話していた。こういう話は祐介としかしないからすげぇ楽しくて語り出したら止まらないんだけど、今は母親と華もいるし適当な所でやめておく。

「秋、楽しそう」

 テンション上がって話していたオレを見て、華がにこにこ笑ってる。

「うちは男親がいないから。私は車の事はわからないし、やっぱり男の子よねぇ」

 助手席にいる母親もどこか嬉しそうな笑顔で振り向いてきて、なんだか少し、恥ずかしい。

「もし良かったら、チケット取るのでGTでも観に行きますか?」

 田所の提案に再燃しちゃうオレ。行きたい! めちゃくちゃ行きたい!

「すっげぇ行きたいけどチケット高いじゃないですか。華と母親は行ってもわかんないだろうし……」

「秋と一緒なら、全部楽しい」

「こんな風に興奮する秋ってあんまり見ないから私も観てみたいかも」

「チケット代は気にしないで下さい。知り合いの伝手で手に入るので、いつも食事をご馳走になっているお礼という事で」

 興味を持ったらしい母親と華に田所と二人で車の話をしてたりしたら、時間はあっという間に過ぎた。途中のサービスエリアで食事して、高速を下りた後はアウトレットモールへ寄って暗くなるまで時間を潰す。

 日が沈んでから向かった先で見たイルミネーションは、すごかった。キョロキョロ忙しなく視線を動かしながら歩く華と手を繋ぎ、後ろには母親と田所が並んで歩く。二人の事は当人達に任せるって決めたからどうなってるのかよくわからないけど、田所が頑張ってるみたいだ。

 感動を伝え合いながら四人で寒い中を歩いたのがまるで――家族みたいだななんて、思ったりした。



 ※次回の更新は24日です※

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