13 想いのカタチ2

     2


「ただいまー」

 バイト終わって帰ったうちの玄関に、オレのじゃない男物の靴。田所が物産展のお供に連れて行ってもらえたんだなとわかり、複雑な気分になる。オレは行けなかったのに。

「秋、おかえり」

 靴を脱いで上がった所で居間から飛び出して来た華に抱き付かれ、受け止める。ぎゅうっとバグしてただいまのご挨拶。疲れがふっ飛ぶ瞬間だ。

「何食って来た?」

 オレを見上げた華の顔には満面の笑み。すごく楽しかったんだろうな。

「ウニとステーキ。あとアイス」

「ウニ食えたの?」

「美味しかった」

「そっか。良いなぁウニ」

 話しながら居間へ入ると田所と母親からもおかえりと言われ、ただいまと返す。帰って来てからそんなに時間が経っていないのかそれともオレに披露する為の準備だったのか、二人の前にある机の上には物産展での戦利品がたくさん並んでいた。

 休日仕様の田所はスーツを着ないらしい。白のストライプシャツにグレーのVネックニットを合わせ、濃い色のデニムを履いてる。髪もオールバックじゃなくてラフな感じ。眼鏡はいつもと一緒だけど、スーツじゃない田所は鉄人じゃなくて人間になるんだななんてくだらない事を考えた。

「秋くん、あの……お邪魔しています」

 不安そうな田所の表情の理由は、今回のこれが出禁に該当する行為かどうかって所だろう。でも二人きりで家にいる訳じゃないし、セーフなんじゃないかな。きっと声を掛けたのは母親の方だろうし、家に誘ったのも母親だろう。

 田所の視線での問い掛けに肩を竦めて答えたら、あからさまにほっと息を吐き出していたのが笑えた。

「秋! 見て見てお土産たくさんよ!」

 楽しそうな笑顔でどこか誇らしげな様子の母親が、早く見ろと机を指し示す。

「いっぱい買って来たんだな。お、これうまそう」

 見つけたのは鳥の半身揚げっていう食べ物。バイト終わりで腹が減ってるから今すぐにでも食いたいくらいだ。食っちゃおうか悩むオレに、隣にくっついて座っていた華が机の上にあった箱を引き寄せ渡してくれる。

「お土産」

「それね、華ちゃんが秋の為に買ったのよ」

 箱の中身はでっかいスイートポテト。学校帰り、初めて一緒に食べた焼き芋を思い出した。華もそれを覚えてて買って来てくれたのかなって考えたら余計に嬉しくて、こめかみへのキスに感謝を込める。

「ありがと。今食っていい?」

「いいよ」

 にこにこ笑顔の華を優しく抱き締めてから、皿とナイフを取りに台所へ向かった。どうせならお茶でも淹れようと思い、お湯を沸かす。物産展の土産話はお茶の支度をしながら聞いた。どうやら夕飯は蟹らしい。しかも田所の奢りだって。母親との事をちょっとは協力してやっても良いかなとか思ったオレは、調子の良い奴なのかも。

「何これイカ飯もあるじゃん! 食っていい?」

 蟹を確認しようと思って冷蔵庫を開けたらイカ飯発見。うまそう! これも食いたい。

「秋くんへのお土産なので食べて下さい」

「マジっすか! ありがとうございます!」

 お茶と一緒にイカ飯を持って戻り、オレはイカ飯の箱を開ける。スイートポテトは母親が切り分けてくれるって言うから、先にしょっぱい物を食べちゃおうと思った。

「そういえば華、ウニ食ったんだって? 魚嫌いなのによく食えたよな」

 イカ飯を頬張りながらさっきの玄関での話を思い出して聞いてみた。魚嫌いの華は、生臭いのが嫌だと言って魚を食ってくれなかったんだよな。

「そうなのよ。試しに少しだけってお願いしたら食べてくれたの。美味しかったわよね?」

「ウニ美味しかった」

 満足げに頷いた華の頭をえらいえらいって撫でる。今度うちでも魚にチャレンジさせてみよう。

 イカ飯は全部オレのだって言うから食いきった。スイートポテトもめちゃうまだった。腹が良い感じに満たされたオレはお茶を啜る。華が背中に寄り掛かって絵を描いていて、暖かい。

「来週の日曜って田所さん暇ですか?」

 提案したい事があって聞いてみたら、田所はすぐに頷いた。

「休日は暇を持て余すので仕事をしていますが、空けられます」

 仕事人間なんだなぁって再確認して、苦笑する。仕事だらけの生活って楽しいのかな?

「暇なら四人で出掛けませんか? 行きたい所があって、電車じゃ行けないんですよね」

「何、どこ行きたいの?」

 母親が食い付いてきて、オレはニッと笑って答える。

「栃木。イルミネーション、華に見せたくてさ。遠いから帰り遅くなるけど、どうかな?」

「私は構いませんが、学校は大丈夫ですか?」

「期末テストだし、別にいいかなって」

「良くありませんね、それは。テストが終わった後でなら車を出しましょう」

 仕事人間は真面目人間だったか。

 母親はどっちでも構わないって顔して傍観してる。オレは、田所を説得出来る気がしない。鉄人顔になってるんだもん。

「オレ、土日は大体バイトなんですよね。だからテスト前って丁度休み取ってるし」

「それなら冬休みにしてはいかがですか? お嬢様を連れ出すのに、学校のテストを蔑ろにさせる訳には参りません」

「でも冬休みだと混むじゃん?」

「それは仕方ありません」

「……なら、テスト終わりの日曜。それなら次の日は休み前の短縮授業になってるし、月曜は母親も遅出だから帰りが遅くなっても問題ない」

「良いでしょう。その日であればお連れします」

 鉄人から許可をもらえて一安心で息を吐く。鉄人を怒らせたら連れて行ってもらえなくなりそうだし、期末は華にも頑張ってもらわないとだなって、オレは気合いを入れた。



 テスト前の一週間。華は油絵には手を付けないでオレと一緒にテスト勉強をしてる。真面目に勉強を頑張るオレらには、鉄人家庭教師がついた。オレと華の中間テストの点数を聞いた田所からの提案。カテキョ代は夕飯。でも食費はくれてるから、オレが提供するのは手作りの家庭料理。作るのが一人分増えるだけだから特に手間じゃない。

 田所は七時前後に会社から直でうちへ来て、夕飯食ったら勉強を見てくれる。仕事人間は見掛け通り頭が良くて、教え方も上手くてわかり易かった。こんなに勉強してるのは高校入試以来かもってくらい勉強させられてる。サボると鉄人の目からビームが出る気がしてマジ怖い。遅出の母親が帰って来たら挨拶して、田所は十一時前には帰る。母親が早出と休みの日には夕飯の時に二人で酒を飲んだりもする。

 土日はサボって華とデートしようと思っていたオレの企みは、事前に察知した鉄人家庭教師によって潰された。

 そんな感じでテスト週間が来て、いつもより問題がするする解けたのには驚いた。これは点数悪くないんじゃないかな!


 金曜日。オレは今、鼻唄歌いながら夕飯の支度をしてる。もうすぐ母親が帰って来るし田所も来る頃だと思うから、野菜を切って下拵え中。今日の夕飯はすき焼きにした。ちょっと奮発していつもより高い肉だ! 飲み仲間がいるからって母親が買い置くようになったビールも冷蔵庫で冷やしてある。オレの後ろでは華がずっと絵を描いてる。華も今回勉強頑張ったから、そのご褒美でおやつにイチゴのクレープを買い食いして機嫌が良い。

「華?」

 下拵えが終わり、母親と田所が帰って来る前にと思って華の前で膝立ちになる。スケッチブックから顔を上げた華が首傾げてるのを見て、オレはにっこり笑った。

「キスしていい? 苦しくなるやつ」

 華の身体の脇に両手を付き、覆い被さるような体勢で聞く。瞳を覗き込んだオレを見返して、華はこくんと頷き許可をくれた。

 まずは触れるだけの軽いキスを一回。次はしっかり唇合わせて、長いキス。そんで、忍び込ませた舌を絡める深いキス。

「ちょっとだけ、触れてもいい?」

 理性が揺らぎはじめ、我慢出来なくなってきて、確認した。いいよ、と言葉で許可をもらえたから、深く繋がるキスを交わしつつ両手の指を絡めて繋いでみる。きゅうっと握り返されて、手と心臓が連動したような感覚がした。同時に愛しさが募り、唇へのキスを中断して手の甲へ唇を押し当てる。そのまま一本一本、好きだよって気持ちを込めてキスしていると、華が色っぽい表情になって来た。頬を紅潮させてうっとりと、オレがする事を見つめてる。

――そんな顔しちゃ、だめだよ

 衝動と、苛立ちと。唇を押し当てていた指先へカリリと歯を立てる。

 びくりと華の体が揺れて、手が逃げて行く。手は追わずに逃がしてあげたけど、今度は耳元へ唇を寄せて囁いた。

「華……」

 ねぇオレは、華が欲しいんだよ。オレは男なんだよ。その意味、わかる?

「秋」

 抱き締める事でこの衝動を抑えようと思っていたのに、いつもと違う華の声で名前を呼ばれて、もうダメだって思った。

 細い背中へ回した腕の、力加減がわからない。可愛らしい耳へ何度もキスを繰り返し、首筋へ下りて肌を味わう。掌は華の体温を求めてる。だけど腕の中で、小さな体が震えたのを感じた。

「――秋なら、全部大丈夫」

 咄嗟に離れようとしたオレを、引き留めたのは華だった。体は微かに震えているのに声は震えていない。意志の込められた、はっきりした声。

「……これ以上オレを落として、どうすんの?」

 オレが漏らした文句に華は、きょとんとした顔で首を傾げた。

「あぁもう可愛いなぁ! 華可愛い! 大好き!」

 力加減を思い出して、もう一度華の体を抱き直す。背中へ回された華の両手が、オレの服をぎゅっと掴んだ。

 もう一度キスをしたら、きっとオレの理性がヤバいと思う。だけどキスしたい。腕の中にいる華を離したくない。

「秋……大好き」

 湧き出た衝動に逆らわず唇を重ねようとした所へ、玄関の呼び鈴が鳴った。止まらなくなって困らないよう時間を見て意図したのは自分だったのに、それを忘れる程に理性がぶっ飛んでいたらしい。でもどうしよう。今はちょっと……立てそうにない。

「秋?」

 もう一度呼び鈴が鳴らされて、だけど動こうとしないオレを不思議そうな声で、腕の中の華が呼ぶ。首を傾げたらしく華の髪がオレの首筋をくすぐった。

「秋くん、何をなさっているのですか?」

 玄関の鍵を開けておいたちょっと前のオレは、頭が良かったのかバカだったのかどっちだろう?

 反応がない事に何かを察したらしく、勢い良くドアを開けた田所が玄関先に座った状態で抱き合ってるオレと華を見下ろしている。鉄人だ。目から絶対零度ビームを出すあの表情で、田所はオレを睨んでる。

「ちょっとイチャイチャしてただけっすよ」

 気まずい想いで唇を尖らせたオレのもとへ降って来たのは、溜息だった。

「仁王立ちしてないで上がったらどうですか?」

 人の家の玄関先で仁王立ちするスーツの男。シュールだ。なんだか笑える姿だなと感じた気持ちそのままに笑みを浮かべたオレを見て、田所はまた一つ深い溜息を零す。

「……誰の所為ですか」

 その言葉でオレへの叱責は諦めたらしい田所は、脱いだ革靴を揃えてから居間へ向かった。立てる状態になったオレもそれを追い掛けてハンガーを手渡すと、田所は背広を脱いでネクタイを外す。シャツのボタンを一つ外した我が家でお馴染となりつつある楽な格好になった田所が座ったのを確認してから、オレは手招きで華を呼んだ。

「さて先生。生徒達の結果を知りたくないですか?」

 並んで座ったオレと華の顔を見て、田所は頷く。

「教えて頂けるのですか?」

「もちろん!」

 オレは笑顔になって、事前に手の届く所に用意しておいた二人分の答案用紙を差し出した。オレのは八十点代と九十点代が並んでる。華はなんと全部九十点代! ちゃんとやれば出来るんだなって、担任が泣いて喜んでた。

「素晴らしいです。秋くんはもう少しなものもありますが、中間よりお二人共大分点数が上がっていますね」

 鉄人は満足げな顔して笑ってる。オレは、田所先生のお陰ですなんて言いつつ両手をすり合わせてみる。本当に感謝してるけど、真面目に言うのはちょっと恥ずかしい。

「お嬢様はやはり、真面目に勉強なされば出来る方なのですね」

 嬉しそうな微笑みを浮かべた田所が視線を向けると、華はまっすぐに見返していた。いつも田所の事はチラ見かシカトなのに、珍しい。

「華」

 華が自分の名前を口にして、オレと田所は意味を問い合うように視線を交わす。

「わたしは、華」

 華の意図を理解した田所が目を見開いた。オレも華の言いたい事がわかり、笑顔になって二人を見守る。

「名を、呼ぶ許可を頂けるのですか?」

 こくんと、華が頷いた。

「とても、光栄です。――華さん」

 泣きそうな顔で笑う田所に、華は満足げな笑みを返した。

 華が他の人間にも心を許していくのはすげぇ良い事だ。良かったという気持ちを込めて華の頭を撫でてから、オレは台所に行く。華は田所の隣でスケッチブックを開いたから絵を描くみたいだ。

 絵を描く華を、優しい瞳をした田所が見守っていた。


 母親が帰って来てからみんなですき焼き食ったら、華が絵を描くと言い出した。この二週間は絵を描かずに勉強頑張ってたし、そろそろかなって予想はしてた。だから、田所と一緒にオレと華もうちを出る。明日は一日絵を描くだろうから日曜の待ち合わせ場所は華の家に決めて、田所とは途中で別れた。

 もう完全に冬で、夜は余計に冷える。手袋を片方ずつ分け合って、素手は繋いでオレのカーキのモッズコートのポケットへご招待。

「寒くない?」

「あったかい」

 華はポケットが気に入ったみたい。ふわふわ温かい表情の華とそれを見て幸せ気分のオレ。十分くらいの道を、ゆっくり寄り添い合って歩いた。



 ※次回の更新は17日です※

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