28 五週目 火曜日

   火


 朝起きてブレザーを確認したらまだ湿っぽかったから、ブレザーは諦めてカーディガンとマフラーで学校へ行く事にした。ワイシャツを取りに行った時にオレも持ってるキャメルのカーディガンを見つけたからお揃いだ。色と柄が似たマフラーも巻き、浮かれた心そのままのゆるゆるの顔して華と手を繋いで歩いた。

 校門に入った所で祐介を見つけて呼び止める。オレの声で振り向いた祐介は、その場で止まって待っててくれた。

「おはよ。昨日は色々ありがとな」

「おっはよ。気にすんな! それより東さん、もう大丈夫?」

 華が、祐介をチラ見してからこくんと頷く。

「問題ない」

 なら良かったと応じた祐介が笑顔になり、三人並んで教室へ向かった。

「これやる」

 机に鞄を置いたオレは、ラップに包んだ食べ物を祐介に渡す。バナナのパウンドケーキ。我が家の今朝の朝飯だ。

「サンキュー」

 祐介はその一切れを二口で完食した。

「オレの煩悩の味、うまいか?」

「は? 何だそれ?」

「昨夜、戦いながら作ったんだ」

「何それ怖ぇんだけど。弱った女の子襲ったらいかんだろ」

「あぁ。だから戦う為に焼いた」

 オレの肩をバンバン叩きながら祐介が大笑いする。

 夕飯の後、ぴったり身を寄せてくる華に触れたくなったのを我慢する為に、作り方を検索して突発的に焼いてみた。簡単に出来ちゃったけど気が紛れたし朝飯になるしで一石二鳥だった。

「なんだか秋、どんどん女子力アップしてんな」

「まぁな。華への愛だ」

 はいはいって言いつつ苦笑を浮かべた祐介をその場に残し、オレは華の席へ向かう。今朝はクラスの奴らが遠巻きに華を見てる。昨日あんな事があったし仕方ねぇかって考えながら、オレはいつも通りに絵を描く華を眺めた。

 ホームルームが終わるとすぐ、華が担任に呼ばれた。多分昨日の事だと思ったからオレも教壇まで歩いて行く。

「寺田は呼んでないぞ?」

「華の事ならオレにも関わります。だから、気にせず話して下さい」

 オレを追い払おうとする担任の前に仁王立ちして動かないアピール。時間がなくなるし、オレが引かない事を察して折れた担任が口を開いた。

「東、昨日の事なんだがな。あの絵本、評価は満点で付けるから絵が駄目になった事は内緒にして欲しいんだ」

「それって、華がやられた事を揉み消すって事ですか?」

「まぁ、結果的にそうなるな。やった奴らには校長達がお灸を据えたし、今後手出ししないよう約束もさせたから。それで納得してくれないか?」

 オレは担任の顔をじっと観察してみて、気が付いた。何かに怯えてる気がする。華を見る目が、生徒に対するっていうよりも得体の知れないものを見るみたいな……妙な感じだ。

「学校って何にビビってるんですか? 華の父親? それともその会社? ――あぁ。マスコミとか?」

 担任の反応を見ながら発したオレの言葉の最後に反応があった。どうやら学校は、マスコミにビビってるらしい。

「華の絵って、そんなに大事なんですか?」

「大事だ。美術の授業でも評価したらすぐに返却しないと窃盗を疑われる可能性があるし、授業の課題だとしても東華が描いた絵が悪意で破損したなんて公になったら最悪、やった奴らの人生が終わる」

 なるほどそりゃ大事だ。

 オレは隣に立つ華の様子を窺ってみた。無表情。華が返す答えはわかってるから、手を伸ばして抱き寄せる。

「華は華なのにな」

 おでこと瞼にキスを落とすと、華がくすぐったそうに笑った。

「おい寺田。教師の前で堂々とイチャつくな」

 呆れた顔を向けてきた担任には口の片端を上げて笑い掛ける。

「羨ましいんでしょ」

 独身で彼女いないって言ってたもんな。目の前で堂々と深いキスでもしてやろうか、なんて悪戯心が湧き上がる。でもやめた。キスした後の蕩けるように可愛い華の顔は、オレだけのもの。

「まぁなんだ。そういう事だから東、それで良いか?」

 オレの腕の中に閉じ込められている華に担任が確認して、終始無言の華が首を縦に振る事で答えを返した。華の返事に、担任はあからさまにほっとした顔になる。

「鈴やん大変だな。がんばー」

 華を抱き締めたまま他人事感丸出しで言うオレに視線を向けて、担任は溜息を吐いた。

「本当だよ。今は寺田の存在が救いだ」

「へぇ。そりゃ良かったっすね」

 腕の中の華にキスの雨を降らせ始めたら出席簿で殴られた。妬みかって笑いながら言うともう一発殴られて、疲れた顔した担任は教室から出て行った。

 いつも通りに授業を受け、休み時間は華を眺めてたまに笑い合う。んで昼休み。華の席に行ったら華が立ち上がって待っていた。どうしたんだろうって思いながら近付くと手を引かれ、華の椅子に座らされた。オレの脚の上に、ちょこんと華が座る。

「かっわいい!」

 華をぎゅうっとしてるオレの前には祐介が座ってパンをかじり始めた。椅子の背凭れに肘付いて、何か言いたそうな顔でこっちを見てる。まぁ何を言いたいかはだいたいわかるから、反応せずに弁当箱を開けて華に食わせた。

「最近、秋のデレ顔標準装備だな」

「メロメロすぎるからな!」

 自信満々に宣言してやる。飯を食わせながらオレは、華の旋毛にキスを落とした。

 華の分が終わったら華が横座りに体勢変えてオレに食わせてくれる。オレの腕は華の背凭れ代わり。両手で華の腰を囲って支える。

「どんっどんバカップル度が増してんなぁ」

 祐介の呟きに反応して、クラスの連中までが声を揃えて同意した。だからオレは口角上げて笑い、変な手出しと邪魔をしなければタダで見せてやるよと宣言する。

「オレってアイドルなんだろう? なら、生でドラマ観てるみたいな感じじゃねぇの?」

 満場一致で納得された。

「好きなだけ見て騒げ。でもオレの華に何かしたら報復する。オレと華に迷惑掛けないんだったら、勝手にファンでも何でもやってろ」

 昼休みの教室での宣言。後で祐介から聞いた話によるとファンクラブの間で伝達されてルールが出来たらしい。他のクラスでも噂になって、オレと華が校内歩いてるとあからさまに観察されるようになった。そんな中でもオレは堂々と、華にメロメロの蕩けきった顔を晒してる。

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