5 五週目

27 五週目 月曜日

   月


 土曜と打って変わって機嫌の良いオレを見た祐介に朝一で笑われた。オレと華が教室へ入るとすぐに寄って来て、オレと挨拶した後で祐介は華に向き直る。

「おはよう東さん。オレ佐々木」

 恒例になりつつある祐介の名前覚えてもらおう作戦はなかなか上手く行ってない。華は相変わらずのチラ見で、祐介の事は「秋の友達」って呼ぶ。しかも挨拶意外反応しない。これを見ていると、オレが華に好きと言ってもらえた事は奇跡なんじゃないかって思えてくる。

「顔は認識されたんじゃねぇの? 秋の友達」

 鞄を置く為自分の席へと向かって歩きながら、今日も撃沈していた裕介にからかうような笑みを向けた。

「手強いな、東さん。オレもいつか佐々木くんって呼ばれたいんだけどなぁ」

 肩を落として落ち込みながら、オレの後ろを歩く裕介は苦い笑みを浮かべる。

「あー……だけどそれ、何か腹立つかも」

「秋、心せま! 独占欲強い男は嫌われるぞー」

 裕介の言葉で少し考えて、浮かんだ想像で胸を張った。

「華はそんなんじゃ嫌わない」

 うんざり顔した祐介とじゃれてから、鞄を置いて絵を描く華を眺めに行く。テスト週間が終わって今日から通常通りの授業。バイトもあるし、華と一緒にいられる時間が減るから可能な限り側にいたい。

 今日の華の髪型は母親がやった一本の編み込み。イチゴ味の唇も柔らかそうで、キスしたい。

 いつもみたいに机に置いた手に顎を乗せて華を眺めるオレ。そんなオレを華が瞳に映してふわっと笑ってくれた。あーやばい。幸せで溶ける。溶けそうになりながら華を眺めていたら担任が来て、オレは華の頭にキスして自分の席へと向かう。

「寺田。学校では程々にな」

 オレの行動を目撃した担任に一言釘を刺されたけど、笑って聞き流しておいた。

 授業の合間の短い休み時間も溶けそうになりながら絵を描く華を見つめて、たまに華がオレを見て笑ってくれる。一ヶ月でここまで変わったオレらにクラスの連中の目も優しく――てか、生温かくなった。傍観しててくれるから害はない。むしろオレがバカップルオーラ出しすぎて害かもしれない。気にしないけど。

 四時間目の移動教室はまだ警戒しておく。一緒に美術室行って、予鈴ギリギリまで華にべったり張り付いた。予鈴が鳴ったらまたあとでねって額にキスして二階へ走る。

 美術室を出る直前、チラッと振り向くとあの三人組は華を見ていた。

 テスト週間後の音楽の授業は発表がテスト。今までペアで練習してた曲を前に出て順番に発表する。オレと祐介はそこそこ。普通。悪い点数じゃないだろって感じで終了。

 チャイムと同時に音楽室から出て華のもとに走る。

 階段下りきった所で、女の叫び声が聞こえた。まさかと思って美術室のドア壊す勢いで開けて華を探す。美術室中の視線が向けられた先の床に、華が座ってた。大きく口を開けて必死に息吸って、苦しそうに両手で喉を引っ掻いてる。過呼吸だ。持ってた教科書捨てて駆け寄って、オレは華の体を支える。袋なんてないから、代わりに片手で鼻と口を覆った。

「華、華、ゆっくり……息して」

 声掛けたら、苦しさで見開いていた目を動かして華がオレを見た。安心したみたいに、強張ってた体から力が抜けていくのがわかる。震える両手を伸ばしてきたからしたいようにさせる。オレの頬に触れた華の右手には、真っ黒な絵の具がべったり付いていた。

「秋」

 呼吸が落ち着いてきて、華が震える声でオレを呼ぶ。オレは口と鼻を覆っていた手を離し、口元を拭ってやった。

「黒は、嫌」

 まっすぐオレを見て呟いた華の目から、涙が溢れて落ちた。洪水みたいに静かに涙を零す華を抱き込んで、オレは周りに目を走らせる。机の上には完成したらしき華の絵本。開いたページに黒い絵の具がべったり付いている。そのすぐ側に立ってるあの三人組の一人。手に、黒い絵の具のチューブを握ってた。

 華を抱えたまま立ち上がって、オレはその女を蹴倒す。倒れた女の腕を踏み付け見下ろした。

「へし折ってやろうか」

 踏み潰す勢いで足に力を入れたら女が泣き叫び始める。

 謝っても、誰が許すか。

「今度華に何かしてみろ。本気で折る」

 泣きじゃくる女を踏み越えて美術室から出ようとしたら、野次馬の中にいた祐介と目が合った。

「保健室。荷物持って行く」

 その言葉に頷いて、静かに泣き続ける華を抱えたオレは保健室へ向かった。

 保健室の先生に事情を説明してベッドを借りた。腕の中の華を膝に乗せてベッドへ腰掛け、オレの胸元へしがみ付いている華の背中をさする。

 泣きながら何度も、華はオレを呼ぶ。

 オレは呼ばれる度にここにいるよって返事をした。

 保健室の先生がタオルを濡らして持って来てくれたから、華の真っ黒になった手を拭う。タオルはすぐに黒く染まってしまい、新しく持って来てもらったタオルでオレも自分の頬を拭いた。

「秋。東さんは?」

 オレと華の教科書を回収した祐介が来た頃には、華は泣き止みぼんやりとオレの胸元にもたれていた。

「美術室、大騒ぎになってる。美術の先生がすげぇ剣幕で犯人の子達を問い詰めて、最終的に泡吹いて倒れた」

 祐介が遅かったのは一部始終見た後で来たからみたいだ。

「何千万の絵が何とかって騒いでたけど、どういう意味だろう?」

 美術の教師は華の絵の事を知ってるんだなって思った。でも絵よりも華だろって、ムカつく。あの教師、過呼吸になってる華を遠巻きに見ていやがって助けようとしなかった。

「あいつら、どうしてこんな事するんだろ」

 ベッド脇の椅子に座った祐介が、呟いたオレを見てから目を伏せた。

「秋の、ファンだって。隣のクラスの子に教えてもらった」

「マジ怖ぇ……なんだよファンって」

「秋の所為じゃねぇよ。早退するなら、二人の鞄持って来ようか?」

「……うん。華、今日はもう帰ろう?」

 くったりしている華に声を掛けたら、小さな頷きが返ってきた。

 保健室の先生に早退届けを書いてもらっている間に、祐介が鞄を持って来てくれた。華はオレから離れようとしなくて、両肩に二人分の荷物を掛けて華を抱っこして帰路につく。華のマンションより良いだろうと思って、オレの家へ向かった。

 家に着いて、制服も洗わなきゃなって思った。二人の制服には所々黒い絵の具が付いている。

「華、風呂入っておいで。綺麗に落とそう」

 華を風呂場へ連れて行ってから、オレは着替えを取りに母親の部屋へ入る。箪笥から出した着替えを持って脱衣所に戻ると制服の抜け殻が落ちていて、シャワーの音が聞こえた。

 華の制服は、ワイシャツの右側の首元が一番酷かった。黒だから落ちそうにない。スカートは無事。ブレザーは指の跡が少しあるくらい。

 華が風呂から出る前にオレも自分の部屋で着替えた。オレのブレザーの左肩には華の手形が付いている。だいぶ掠れた跡だし、洗えばなんとかなりそうだ。自分のブレザーを持って部屋から出ると、髪から水を滴らせた華が脱衣所から出て来た所だった。

「華、髪拭きながらちょっと待ってて? 制服洗っちゃうから」

 交代で脱衣所へ入ろうとしたら抱き付かれた。だから、制服は捨て置く事にした。

 手の中にあった制服を床に放って、抱き付いてくる華の背中と膝裏に手を回して抱き上げる。そのまま居間に行って座り、濡れている華の髪をタオルで拭いた。

「ねぇ華。黒くする人は、華に何をしたの?」

 オレの膝の上でじっと髪を拭くかれている華に、聞いてみる。手作りの飯が気持ち悪いのも過呼吸起こしたのも、根本の原因はそいつだ。そいつは華に、何をした?

「毎日、ママの描いた絵を真っ黒に塗るの。ママの絵があるからいけないんだって。嘘で笑って、ご飯作って、食べないと怒って泣くの。あの人はパパが欲しくて、ママとわたしが邪魔だった」

 後妻狙いか再婚相手か……どっちにしろ、父親は華を守っていなかったって事なんだろうな。

 タオルをどかして、華の髪掻き分けて顔を出す。じっとオレを見てる華は無表情。首には赤い爪の跡が付いていた。

「痛かったね」

 呟いて、引っ掻き傷に唇を這わせる。そんなので癒される訳ないってわかってるけど、そうせずにいられなかった。

「秋……」

 オレの髪を、小さな手が撫でる。

「秋、好き。大好き」

 見上げた先には淡い笑み。

「オレも、華が大好き」

 驚かさないように、ゆっくり唇を重ねた。いつでも華が逃げられるよう、両手は肩に添えるだけ。隙間からそっと挿し入れた舌で傷を癒すみたいに優しく、華の口の中を舐める。奥に逃げていた舌を見つけて、舌先でつついて誘い出して、絡めた。お互い目を開けたままじっと見つめ合い、深く繋がるキス。潤んだ瞳に煽られるけど、華が苦しくなる前に解放した。肩で息をして、華の体からはくったり力が抜けている。おでこに、瞼に、頬。順番にキスして、もう一度唇に戻って軽く触れ合う。

「大好きだよ、華」

 きゅうっと抱き締めたら華も腕を回してきて、お互いの体をきつく抱き締めた。

 華はそのまま、オレの腕の中で寝息を立てはじめた。起こさないよう、そっと布団へ運ぶ。だけど華を一人にしたくなくて、オレもその隣に体を横たえた。

 まだ湿っている華の髪。梳くようにして撫でながら寝顔を眺めた。しばらくそうやって時を過ごし、ふと制服の事を思い出した。華はぐっすり気持ち良さそうに眠っている。だったら今の内に汚れを落とした方が良いかなと考え、眠る華の頭を一撫でしてから立ち上がり洗面所で制服に付いた絵の具を落とす。ブレザーは両方共何とかなったけど、華のワイシャツはダメだった。

「秋」

 洗った制服をハンガーに掛けている所で、目を覚ました華が部屋から出て来た。オレの顔を見て両手を伸ばしてくるから、すぐに側へ行って抱き締める。寝癖がついた髪を撫でたら満足そうな吐息を零し、擦り寄ってきた。

「弁当、食う?」

 昼もだいぶ過ぎて腹が減った。華が頷いたのを確認して、母親が作ってくれた二人の弁当を鞄から出して机に置く。

「このまま食うの?」

 胡座をかいたオレの脚の上に、わざわざ机を前に押してスペースを作ってから華が座った。

「このまま食べる」

 可愛いけど、食いにくい。でも可愛いからいいか。華が自分の弁当箱を開けて、箸をオレの右手に握らせてきた。これは食わせろって事だろうと察して、左手で弁当箱を持ち華の口におかずを運ぶ。

「美味しい?」

 頷く華は満足そうだ。

 華が食い終わったら今度はオレの番らしい。オレの弁当箱と箸を持った華が体勢変えて横向きに座ると、箸に突き刺したおかずを差し出してくる。オレは黙って口を開けて食わせてもらう。刺せるおかずは良いけど米が大変で、華は頑張っていてめちゃくちゃ可愛かった。

 なんとかって感じで弁当を食い終わり、弁当箱を洗う為に立ったら華が背中にへばり付いた状態でついて来た。

 洗ってる間もくっついたまま離れない。

 洗い終わって居間に戻る時もそのまま。

 オレが座ると、脚の上に座ってぴたりと身を寄せてきた。

「華可愛い! やばいそれっ」

 もう我慢出来なくなって大興奮で抱き締めて、何度も可愛いを繰り返して大騒ぎ。大騒ぎするオレの腕の中では華がくすくす笑ってる。そうやってイチャイチャしてる所にスマホが鳴って、確認すると祐介からのメッセージだった。

〈今日バイト代わるから、東さんと一緒にいてやれよ。あと学校、大騒ぎになってる。秋の蹴りはお咎めなしっぽいけど、やった三人は美術教師と校長の逆鱗に触れたらしい。

 東さんって大物?〉

 読んでから、何て返すかを少しだけ悩む。

〈バイトありがと。すげぇ助かる。今度何かお礼する。

 華の事は、ネットで名前検索したらすぐわかる〉

 祐介だったら変な事にはならねぇだろうと思ってそう返した。

 学校側はきっと、華の「絵」で大騒ぎしてるんだろうな。やられたのが華の絵じゃなかったらそこまで騒がなかったんじゃないかな。

「華の絵本って美術の課題だったんだろ? 評価はどうなるんだろう?」

 真っ黒なページだけをやり直せば良いのかな? でも華は被害者なのに、なんだかなぁと思う。

「あの授業は形だけ受けたら許される」

「どういう意味?」

「そうなってる」

「それは、父親が何かしてるの?」

 首を傾げてる。華は詳しくは知らないって事か。でも泡吹いて倒れるくらいだから美術教師もそんな作品の評価なんて出来ないのかも。華は、プロって事だもんな。

「ねぇ、華のパパはいつ日本に帰って来るの? オレ、会いたい」

 また華は首を傾げてる。

「華は、パパとあんまり会えないの?」

 この質問には視線を下げて俯いた。

「……パパは、わたしに会うのが怖いの」

「どうして?」

「ママを思い出すから」

「だから……ずっと海外にいて、華には会わないの?」

 悲しそうな顔で、華は頷いた。

 父親は、華から逃げたんだ。逃げたくなる程に愛した人の忘れ形見なのに。写真で見た華のママは、華が年を重ねたらこうなるのかなってくらいにそっくりだった。

「華は、いつからあそこで独りなの?」

 何年も掃除してなさそうだった華の家。一人暮らし用の1LDK。ベッドも一つで、家族で住む部屋じゃない。

「中学の少し前」

「小学校卒業するまでは、父親は一緒だったの?」

 華は首を横に振る。

「小学校入る前、新しいママだってあの人が来て、段々帰って来なくなった。ママの絵が全部真っ黒にされて、パパは日本からいなくなった」

 それが、小学校を卒業する前までの出来事って事か。そんなに長く華は一人で、再婚相手に心を痛め付けられたんだ。父親は一人で海外逃げて、そんなに長い事、娘を放置かよ。

「――今は、秋がいる」

 唇を噛んでいたオレに、華が擦り寄ってきた。オレは、想いを込めて華を抱き締める。

「秋がいるから、大丈夫」

 涙が溢れて、華の肩に顔を押し付けた。そんなオレを華は抱き返してくれる。

「華華華っ! オレは華を独りにしないよ? 側にいる。大好きだ」

 鼻を啜りながら告げたオレの言葉に、華は頷いた。

「秋が大好き」

 涙でくしゃくしゃになった顔を上げた先、華が優しい顔で、笑ってた。

 絶対独りになんてするもんかって決意して、オレは泣き顔を何とか笑顔に変える。

「秋が笑うのは、好き」

 微笑んだ華が、キスしてくれた。初めて華からしてくれたキスに、頭が沸騰する。くらくらする程嬉しい。

「華、もっと。もっとして?」

 ねだってみたら軽く二回、唇が触れ合った。

「……足りない」

 今度は自分から唇寄せて、押し付ける。華の髪に右手を差し込んで固定して、唇開けてって、舌でノック。戸惑うように視線を彷徨わせつつも華が力を抜いてくれたから、滑り込んだ。口の中あちこち舐めて、逃げる舌追いかけて捕まえる。音立てて絡めて、舐めて、吸い付く。止まんない。もっと。もっと。服の裾から手を差し込んで、脇腹撫でて、あー困った止まんないかもって、茹だる頭の隅で考えた。華が苦しそうに涙を零したから、手はそのままで唇の距離を少しだけ開ける。肩で苦しそうに息をしている華を見つめ、完全に息が整う前に我慢出来なくなって覆うように唇を重ねてそのまま舌を絡め取る。服の中の手は腰へ滑らせて、背骨を辿って、のぼる。背中のホックまで辿り着き、だけどそこでなんとか、理性を掻き集めた。

「ごめん。理性、ぶっとんだ」

 荒い息を吐きつつ謝ると、華は目に涙を溜めて真っ赤な顔で苦しそうに息を吐いていた。名残り惜しくて指先でホックをいじる。けど、溜まっていた涙が瞬きで零れ落ちるのを見て、不埒な手を服から抜いた。

「頭冷やしてくる」

 このままここにいたらまた襲ってしまいそうで、風呂場へ行って服を脱ぎ、頭から冷たいシャワーを浴びる。蹲りながらうーうー唸って、それだけじゃ冷静になれる気なんてしなかったから、時間を置く為お湯に切り替えて髪と体を洗う事にした。

「華?」

 風呂から上がって戻ると、華はさっきの場所から動いた様子もなくぼんやりとしている。

「……華? 大丈夫?」

 大暴走した手前気まずくて、恐る恐る顔を覗くと華の瞳がオレを捕らえた。そして、オレを認識した途端に華の顔が真っ赤に染まり、倒れるようにして床へ突っ伏した。無言でじたじた足を動かしている華。これはどう考えてもオレの所為だ。

「ごめん。いや、だった?」

「……いやじゃない」

「そっか」

 ほっとして緩んだ笑みを浮かべたオレは、じたばたと暴れ続ける華の頭を撫でた。


 華のワイシャツは、結局捨てる事になった。でもそうすると明日着るシャツがなくなるから、華の家へ取りに向かう。二人一緒に玄関を上がりリビングへの扉を開くと、絵が三枚なくなっている事に気が付いた。どうやら持って行く人が来たみたいだ。念の為確認した台所では、リンゴやバナナ、食パンが増えて新しい物に変わっている。シンクの横には高そうな店の弁当もあった。

「持って行く人、来たんだね」

「そうみたい」

 あの絵、もっと見たかったのになってがっかりする。三枚ともオレには大事な絵だったけど、買えないなら仕方ないのかな。何千万だとか美術教師が言ってたらしいしなぁ。

 しょんぼりしていたら、華に頭を撫でられた。背伸びして手を伸ばしてくる華が可愛い。

「また、描く」

 ふんわり笑って言われて、オレも笑い返して抱き締めた。

「うん。華の絵、すっげぇ好き」

 抱き締め合ってから目的のワイシャツを持つ。華がまたリンゴを持って行くって言うから新品のゴミ袋に詰めた。今回は食パン二斤とバナナ、高級弁当も一緒。この家で飯食う事はほとんどないし、うちに持って行った方が無駄にならないよな。

「そういえば、持って行く人ってパパの会社の人なんだよね?」

 仲良く手を繋いだ帰り道。オレが発した質問を受けて華は頷いた。

「その人、パパと連絡取り合ってるんだろ?」

「たぶん」

「華はその人に会わないの?」

「たまに会う。けどほとんど会わない」

「今回みたいにいつの間にか絵がなくなってるって事?」

 華はこくんと頷いた。

 なぁんか、不思議だな。華の家のクローゼットを見た感じだと、父親は華の事を嫌ってる訳じゃないと思うんだ。じゃなきゃ華もパパの服に固執しないだろうし。それに、持って行く人。手は出さないけど最低限の所で華を見守ってる気がする。その内遭遇出来たら聞きたい事がある。いつか父親にも会ってみたいもんだ。

 考え事をしてたからか、オレの眉間には皺が寄っていた。

「秋」

 呼ばれて華を見たら、華がオレの真似して眉間に皺を作ってる。

「かっわいー! 何それ、もっとやって!」

 リンゴで手が埋まってるから抱き締められなくて、繋いだ手をにぎにぎしておいた。くすくす笑った華がまた顔真似して、大笑いした後でオレも真似をする。明るい笑い声を上げながら、二人でうちまで帰った。

 家に着いたら夕飯の支度でオレは台所に立つ。華が背中に張り付こうとしたけど、危ないから止めた。名残惜しくてぎゅうっと抱き締めてから離れる。離れた華は、体育座りでオレを見てる。料理の合間に振り返って目が合うと、にこっと笑ってくれた。

 母親は遅い日だから、夕飯は二人で食った。華には手作り、オレは高級弁当。高級弁当の半分は母親に残した。食後は華がオレを座椅子代わりにして座って、オレはテレビを観て過ごす。華はずっとスケッチブックに絵を描いてた。

「ただいまー」

 母親が帰って来て、華が出迎える。玄関先でぎゅーぎゅー華を抱き締めている母親に「中に入って着替えろ」と一喝して、オレは夕飯を温めた。

 風呂から出て夕飯を食う母親に、華を背中から包み込むようにして座ったオレは学校であった事を報告する。

「それ、犯人はファンクラブの子達だったの?」

「祐介が言うにはそうみたいだ。どうしてそんな事すんのかわかんねぇけど……」

 華がやられた事を思い出して、目の前の体をきゅうっと抱き締める。

「結局オレの所為で、守りきれてない」

 華の耳元に頬ずりして言ったオレに、手が二本伸びてきた。一本は母親、髪をわしゃわしゃにしてくる。もう一本は華、頬ずりしてない方のほっぺに触って顔を擦り寄せてきた。

「秋がいてくれるから、大丈夫」

「ほんと?」

 淡く笑みを浮かべた華が頷いてくれたから、こめかみにちゅっとキスしてから頬ずりをする。

「ファン心理ってものなのかしらね。ファンの嫉妬って事でしょう?」

「勝手にファンになって勝手に嫉妬してんなよ。話した事もないのに」

「顔が良いのも大変ね。章人さんもライバル多かったもの。私も嫌がらせされたわよ」

「マジかよ」

 衝撃の事実発覚。写真で見た親父、良い男だったもんな。でもこの母親だったらこっそり倍返しとかしてそうだ。

 オレの思考を読んだらしき母親が、負けなかったけどねと言って胸を張った。

「でもまぁ、学校側がそれだけ大騒ぎする事態になったんだったら、怖くなって何もしてこなくなるんじゃない?」

「だと良いけど」

「あんた達はいつも通り堂々としてたら良いのよ」

「わたしは気にしない」

 にっこり笑った母親の言葉に続いて、華が言う。今まで何をされても華は気にしてなかったよなって思う。でも今回はトラウマを刺激される嫌がらせだったから余計に質が悪かったんだ。

 いくら華が気にしなくたってもうこれで本当に終わってくれよって、星に願いたい気分になった。

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