25 四週目 土曜日

   土


 どんより、この世の終わり。曇り空気分でバイトへ行く。

 昨日華を自動ドアの向こうに見送ってから、自分の失態を悶々と考えた。頭の中花畑で暴走したのがまずかったか? それともカニバリズム、本気で心配されてるとか。考えても答えは出ない。わかってるのは、明日まで華に会えない事。携帯電話を持ってない華とはメールも電話も出来ない。ツライ。華に会いたい。

「おっは。って秋、なんだ? どうした?」

 重たく溜息吐きながら着替えてたら、祐介がびっくり顔を向けてくる。

「別に」

「別にって、落差激しすぎんだろ。何かあった?」

「……華に拒否られた」

 びっくり顔が苦笑いに変わった祐介がオレの肩をポンポン叩いて慰めてくる。

「ま、初めては女の子怖いっしょ。焦らずゆっくりぃてぇっ!」

 最後まで言わせず拳で眉間を突く。

「てめぇはそこから離れろ。明日まで華が会ってくれねぇんだよ」

 ごつんて良い音した額を祐介が片手でおさえてる。なぁんだって言いながら祐介も着替え始めた。

「なんだじゃねぇよ。飯も拒否されたんだ。会えないのマジ辛い」

 着替え終わったオレはロッカーに寄り掛かる。祐介が着替えながら、どんまいとガンバを二回ずつ繰り返し言ってくる。適当でムカつく。

「今日暇ならさ、バイト終わり久しぶりに遊ばねぇ?」

「あー……遊ぶ」

 ロッカーから離れてタイムカードを押しに行ったら遊びの誘い。ここ一ヶ月華にべったりだったし、久しぶりに祐介と遊ぶのも良いかと思って頷いた。

 今日は適当な感じでバイト頑張って、三駅先へ遊びに行く。新しいカラオケが出来たらしく、割引券を祐介が持ってるって言うから目的地はそこ。電車を降りて、腹減ったしまずは何か食うかって改札前のベーグル屋でベーグルサンドとコーヒーを注文して腹に詰めた。散々作ってたから、祐介もオレもバイトの後だとハンバーガーは食べたくならない。

 腹が満たされて、何を歌おうかなって考えながら歩いてたら呼び止められた。茶髪をツンツン立たせてる美容師っぽい男。手に美容院のビラを持ってるから、やっぱり美容師だ。

「オレこの店で美容師やってるんだけど、カットモデルやってくれないかな? 無料で良いから髪切らせてよ」

 そう言ったツンツン男が差し出してきたビラにはブルームって店の名前が書いてある。

「無料は惹かれるけど、これからカラオケ行くんすよ」

 髪も伸びてきてるし切りに行かなきゃとは思ってたけど、カラオケは捨てがたい。だけど、断ろうとしたのに粘られた。

「丁度いじり易そうな長さだし、ダメ? 良かったら今店暇だし友達も一緒に無料でやっちゃう」

「オレも無料? いいじゃん秋。髪切ってもらってからカラオケにしようぜ」

 祐介が興味を惹かれたみたいでそう言うから、じゃあ行くかってツンツン美容師について行く。

「あ、オレ加持。君達名前は?」

「オレ佐々木。こいつ寺田です」

「高校生?」

「そっす。三駅先の北高」

「マジ? 北高? 知り合い通ってるんだよね」

 祐介とツンツン美容師が会話するのを聞きながら美容院に着いた。大手じゃなくて個人経営っぽい店。でもインテリアとか凝ってて良い感じ。

「いらっしゃいませ」

「戻りましたー。佐伯さん、この二人カットモデルで来てもらいました」

 店入ったらレジ前にいた店員に出迎えられた。ツンツン美容師に佐伯って呼ばれたのは、長いアッシュブラウンの髪をふわふわパーマにしてる女の人。華の昨日のふわふわヘアがすげぇ可愛かったなって思い出しながら、さりげなく髪型観察。

「超絶イケメン……」

 パーマの店員さんがオレを見上げて呟いた。とりあえず、どうもって言って頭を下げておく。めっちゃ視線が熱いけど慣れてるしスルー。ツンツン美容師がちょっと待っててって言って奥に引っ込んだ。戻って来たら、後ろにでかい男が一緒にいる。

「いらっしゃいませ。店長の落合です。カットモデル引き受けてくれたんだって?」

 でか穴のピアスをして、短髪ヒゲの大人の男って感じの人。オレと祐介が頷いたらお礼言われて、写真を前後に撮らせて欲しいって言われたから了承した。店のホームページに載せるんだって。オレはツンツン美容師。祐介はふわふわパーマの店員がやる事になった。どんなのが良いか聞かれたけど、任せるからカッコ良くしてくれって言っておく。

「あ、でも、ワックスで作らなくても決まるのがいいっす」

 華の家にはワックスがないから、泊まった次の日は無造作ヘアになるんだよな。そうすると前髪が目にかかって邪魔になる。しょっちゅう掻き上げなきゃいけなくてうざったい。

「オッケー。パーマかけたら校則マズイ?」

「いいっすよ。言われても気にしないんで」

「じゃあトップ長めでパーマかけるね。朝は水だけでも戻るから、ワックスなしで大丈夫だし」

 ツンツン美容師はシャンプー台にオレを連れて行く。シャンプーしてもらった後で鏡の前に戻ると雑誌の好みを聞かれて、オレは女の子のヘアアレンジのはないか聞いてみた。あるって言うからそれを持って来てもらう。

「寺田くんは美容師目指してたりするの?」

 オレがそんな雑誌を頼んだからか、ツンツン美容師が聞いてきた。

「いや。彼女の髪型毎朝オレがやってて、次どんなのが良いかの参考に」

「へー。そんなイケメンなのに尽くし系男子? 彼女幸せだな」

「彼女はオレがブサメンでも気にしないと思います。放っておくとボサボサの髪にヨレヨレの制服で学校来るような子なんで」

 華には多分、オレがどんな見た目をしていようが関係ないと思う。オレが華に向ける感情が本気だったから相手してもらえたんだと思うんだ。

「それはまた。でも毎朝髪をいじってあげちゃうくらい惚れてるんでしょ?」

「そっすね、惚れまくりです。やばいくらい可愛いんですよ」

「くあーっ! 良いね高校生! 羨ましい!」

「お兄さんだってイケメンじゃないっすか。モテるんじゃないですか?」

 ツンツン美容師は世間一般でいうイケメンだと思うんだよな。ナンパしたら高い確立で成功してそう。

「あー、オレはあんまりだよ。今のとこ仕事一筋。寺田くんは読モとかやってそうだね」

「よく声は掛けられますけど、面倒なんで全部断ってるんですよ」

「スカウトってやつ?」

「そっすね。でかいんで、モデルやらないかとか言われます」

「やらないの?」

「やらないっす。まだ学校生活楽しみたいんで」

 チョキチョキ切られながら会話して、パーマ液の準備の為に店長さんが来た。この人もオレと同じくらい身長ありそう。こんな大人の男憧れるなって思いながら眺めていたら鏡越しに目が合って、にっこり微笑まれた。

「二人、北高なんだって?」

 店長さんは後ろでツンツン美容師とパーマの店員さんのサポートをしてる。祐介が店長さんの言葉に肯定で答えた。

「うちの店でよくカットモデルしてくれる知り合いも北高の三年なんだ。二人は何年生?」

「二年です。三年には中学の時の部活の先輩がいますよ」

 祐介が店長さんと会話して、部活はバスケ部だった話をしてる。中学の時はオレもバスケ部だったから、一年の時に部活の話題で意気投合して祐介と仲良くなったんだ。

「そういえばこの前来てくれた奏くんの友達、バスケ部でしたよね?」

「あぁ、三人組の?」

「ね、佐々木くんの先輩は名前何て言うの?」

 ツンツン美容師が言ってるのが祐介の先輩と同じかもって言って、祐介は先輩の名前を答える。どうやら反応見ると一緒だったみたいだ。

「センターのでっかい子だよね? この前来たよ」

「マジっすか! すげぇバスケ上手くて良い先輩なんですよ」

「確かバスケで大学行くとか言ってたし、相当なんだろうな」

 共通の知り合いの話題で店長と祐介が盛り上がって、オレもその話を聞く。相当良い先輩らしくて祐介が褒めちぎってた。

 完成した髪型は、襟足ともみあげが短いトップ長めのクシュっとパーマ。祐介は右側刈り上げのツーブロ。二人とも満足。写真撮られてからまた客として来る約束をして、店を出たら今度こそカラオケへ向かう。たまたま捕まったカットモデルで知り合いの話が出るなんて、世の中狭いんだなぁなんて話しながら歩いた。

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