24 四週目 金曜日

   金


 手を伸ばした先の存在に満足して、温もりを抱き締める。そのまま頭のてっぺんに鼻を埋めて息を吸う。うちのシャンプーの香りに混じって、華の匂い。目を開けた先には華の頭。どうせ潜り込んで来るならって事でオレの部屋に布団敷いて寝かせた華は、オレと同じ布団の中でくっついて寝ていた。

「華、おはよ」

 おでこにキスしたら華が目を開けて、緩んだ顔して笑う。

「秋。おはよう」

 もういっそこのまま襲っちゃいたい。ぎゅーっと抱き締めて、小さい背中片手で撫でて、軽く唇を重ねてから体を起こす。これ以上は危険。でももうちょっと。布団の上で座った華を抱き寄せて、キス。角度変えて、舐めて、長く唇押し付けて、止まんねぇ。もっと深く――

「ごっはんよー」

 良いタイミングだ。マジで。

 勢い良く襖を開けた母親と目が合って、ニヤッと口端上げて笑われた。母親が真っ赤な顔の華の手を掴んで連れ去る。

 いやマジで、良いタイミング。

 はあーっと大きく息吐いて、両手で髪を掻き上げオレも立ち上がった。

「今日はね、二人のお弁当も作っておいたから」

 早出の母親は、着替えて化粧もしてる。机の上にはトーストとスクランブルエッグと昨夜残ったサラダ。

「あんがと。弁当と……他も」

 台所でコーヒー淹れてる母親の背中に礼を言った。マグカップを渡してくれた母親は、楽しそうに笑ってオレの髪を掻き混ぜてくる。

「どういたしまして!」

 華のココアと自分のコーヒーを手に持った母親が居間に歩いて行くのを見送って、オレはその場で熱いコーヒーを啜った。

 出勤する母親を見送ってから学校行く支度をする。今日は弁当を作らなくて良いから時間があるし、華の髪はコテで巻いてみる事にした。ふわふわに巻いて黒猫のシュシュを使ってハーフアップ。

「華、すげぇ可愛い。ふわふわも似合う」

 ぎゅって抱き締めて、嬉しそうな華のおでこにキスをした。

 昨日のパーカーワンピはうちに置いて学校へ行く。

「あっれー。今日の秋、無造作ヘアじゃないんだ?」

 教室入ってすぐ、鞄を置きに自分の席に行ったオレに祐介がそんな事を言ってきた。

「昨日は自分の家帰ったからな」

「そりゃ小柄だからなぁ。三日連続は体がもたないっしょー」

 言ってる意味がわかんなくて祐介の顔を見たら、すっげぇイラつく感じにニヤニヤ笑ってる。ちょっと考えてから理解して、思いっきり頭を叩いてやった。

「いてぇっ! 何だよ何すんだよっ」

「まだだよ」

「は?」

「泊まってっけど、そういう事してない」

「……マジ?」

 八つ当たりで祐介の頭を叩く。

「マジだよ。大事すぎて、そんな簡単に出来ない」

「そりゃあ、なんとまぁ」

 オレが殴った頭をおさえてる祐介の表情が、ぽかんとした後で苦笑に変わった。

「あの秋がねぇ」

 呟きながら変に温かい眼差しを向けてくるもんだから、最後にもう一回殴っておいた。


「寺田。ちょっといいか」

 帰りのホームルーム終わりに担任に呼ばれた。机に鞄を置いたままで教壇へ行くと、担任がチラッと華の方を見てからオレに視線を向ける。

「お前さ、東と付き合ってるんだって?」

「そうっすね」

「その事でな、ちょっと感謝したい訳なんだが」

 訳わかんねぇから黙って聞いていたら、担任がオレの両肩をガシッと掴んできた。地味に力強くていてぇ。

「東がテストをあんなに真面目に受けてくれたの、初めてなんだよ。これからも頼むぞ!」

「いや、訳わかんねぇ。今までどんなだったんすか」

「聞くも涙、語るも涙な先生の苦労話、聞いてくれるか?」

「はぁ」

「一年の時からずっとなんだが、東は気分にムラがある。酷い時には答案用紙いっぱいが絵だった時にはどうしようかと……」

 苦労話を語り始めた。この先生、一年の時も華の担任だったみたいだ。

「やれば出来るんだ。だから補習が面倒だって理解してからは、赤点は取っていない。だけどそこ止まりだったんだよ。その東が今回全て平均点越え! 真面目に解答してたし、寺田が勉強させていたらしいってテスト期間中の職員室は大騒ぎだったんだ。もう本当、これからも頼んだからなっ」

 バシンッと両肩を叩かれた。だからいてぇんだって。ちょっとイラッとしたけど、なるほどなって思った。放置されてたのは多分、華が打っても響かないタイプだからだ。教師の事すらずっとシカトしてたんだろうな。

「本人に話しても反応がないし、親御さんも連絡付かないし、先生寺田が頼りだ! 頼りにしてるからな!」

「華の父親、連絡付かないんですか?」

「あぁ。海外で仕事してるらしいから生活時間も合わないしな」

「ふーん。先生は会った事あります? どんな親?」

「電話も繋がった事ないし、会った事もないなぁ」

 頼んだぞってまた肩叩いて、担任は教室を出て行った。

 父親、そこも放置か。なんだかなぁって思いながら、待ってくれていた華の所へ駆け寄って小さな体を抱き締める。

「お待たせ華。帰ろ!」

 おでこにキスして、指絡めて手を繋いだ。学校にいる時の華はほとんど無表情。でも微かに顔が綻ぶのがわかるから、それでもいいかなって思う。

「秋」

 今日の夕飯は何にしようかなぁって考えながら歩いていたら、華に呼ばれた。

「なに? どした?」

「今日、絵を描く」

「わかった。じゃあまた夕飯食ってから一緒に行ってもいい?」

 華が首、横に振った。

「ご飯いらない」

「オレが行くのは?」

「今日はダメ」

「明日のバイト終わりはいい?」

「ダメ」

 拒否された。朝暴走しかけたのがまずかったか? 嫌われた? ショックでぐるぐる考えているオレを、華はまっすぐに見る。

「その次ならいい」

「日曜って事?」

 頷いてる。今日と明日はダメで、日曜なら良いんだ。どうしてだろう。

「寂しい。どうしても日曜までダメ?」

「ダメ」

 即答。すげぇ落ち込んで、寂しさを紛らわす為に華を抱き締めた。ぎゅーってして、髪に頬ずりする。

「我慢する。日曜、バイト終わったらすぐ行く。いい?」

 オレのほっぺの下でこくんて頷いたのがわかって、抱き締める腕に力を込める。明日一日会えないなんてってショックを受けたオレは、久しぶりに自動ドアの前で華を見送った。

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