4 四週目
20 四週目 月曜日
月
昨日は結局、勉強を全くしなかった。
華の家からオレの家までの途中にあるスーパーで夕飯の買い物をして、母親が夕飯の支度をしてくれている間、オレはずっと絵を描く華を眺めていた。歩き回って疲れたらしい華は夕飯の後で風呂に入るとオレの膝を枕にして爆睡。安心しきって寝ている華の顔を見てたらオレも段々眠くなって来て、そのまま一緒に寝ちゃったみたいだ。朝起きた時には毛布が掛けられていたけど、畳で寝た所為で体はバキバキ。膝にいたはずの華はいつの間にか移動してオレの腕を枕にしてすやすや眠ってる。無性に愛しさが湧いて来て、我慢出来なくなったオレは眠る華を抱き締め触れるだけのキスをした。んでまた母親に邪魔された。あのしたり顔、イラッとくる。
「好きな時に泊まりに来てね。華ちゃんなら毎日でも大歓迎!」
午後から仕事の母親がスウェット姿で見送ってくれた。うちなら華に温かい飯食わせられるしその方が良いけど、毎回母親に華を取られて邪魔されんのかと思うとちょっと嫌だ。そんな事考えてるオレの隣で、華は機嫌が良い。柔らかい表情でオレと手を繋いで歩いてる。今日の華の髪は母親が結った。緩めに何本か三つ編み作って、纏めて一つのお団子になってる。すっきりしてて、これも可愛い。
「華、華、大好き」
歩きながら顏覗き込んで言うオレを瞳に映し、華がはにかんだ。なんだか堪らない気持ちになって、繋いでる手を引いて道の端へ寄る。繋いだ右手はそのままで、左手をそっと華の背中へ添えてゆっくり腰を屈めたオレは、逃げなかった華の唇へ少しだけ長いキスをした。
「……いや?」
華の反応が気になって目を開けて見下ろした先、まっすぐ見上げて来る瞳とかち合った。
「嬉しい」
ふんわりと、華が笑う。
「そっか」
嬉しくて、舞い上がって、オレはそっとおでことおでこをくっつけた。くすぐったそうに華が笑って、オレはもう一度華の唇に触れる。
手を繋ぎ直してから歩き出したオレの顔はだらしなく緩んでいた上に真っ赤だったと思うから、顔の熱が引くまで手の甲で隠しておいた。
教室に入って向かうのはいつもと違う席。テスト期間中は出席番号順で座るんだ。華は廊下側一番前。オレは三列目の真ん中。華の隣が祐介なのがちょっとムカつく。
「秋、にやけすぎ。デレすぎ」
鞄を置いてから形だけでもと思い教科書を手に華の所へ行くと、オレの顔を見た祐介に笑われた。
「ほっとけ」
自分でも顔が緩んでる自覚があるから仏頂面を作ってみるけど、上手くいかない。
「東さんはいつも通りなのに、秋はご機嫌だな」
テストだからかスケッチブックは開いてないけど、華は教科書も開いてない。顔もいつもの無表情。うちであんなに笑ってたのが嘘みたいにいつも通りだ。
「華、勉強する?」
聞いたらこくんて頷いたから、華の隣へしゃがんで一時間目の教科の勉強をする。
オレが問題出して、華が答える。
少し勉強した所で教師が入って来て、オレと華を見るとすっげぇ驚いた顔をした。どうしてそんな顔をされるのかよくわかんなかったけど、オレは自分の席に戻ってテストを受ける。まぁまぁ出来たかなって感じ。
次も教科書持って華の所へ行って、一緒に勉強する。時間になって入って来たさっきとは別の教師にも驚いた顔を向けられた。そんなのが全部の教科で繰り返されて、オレは理解した。どうやら教師は全員、華が勉強してる事に驚いたらしい。華も自分で、今まで勉強した事ないって言ってたもんな。
「華、うち来る?」
帰りに聞いてみたら、華は首を縦に振った。
「泊まる?」
これにはちょっと悩んでる。でも結局、こくんと頷く。
「なら着替え、取りに行こっか」
にっこり笑って言ったら華もふんわり笑ってくれる。学校の外だと笑ってくれるみたいだ。
着替えを取りに華のマンションへ行くと、何故か華が鞄にリンゴを詰め始める。テスト期間中だから教科書も入ってて重いだろうって思いながら見ていたら、今度は冷蔵庫から食パンを一斤取り出した。
「華、それどうするの?」
「あげる」
「うちにくれるの?」
こくんて頷いた華を見て、オレの口からはふはっと笑いが漏れ出した。そのまま可愛い華を抱き締める。おでこにキスした後で体を離し、オレは自分の鞄からエコバックを出した。学校帰りによくスーパーに寄るから折り畳み常備。主夫の鏡なオレ。
「なら、これに入れよう」
鞄からリンゴを移したら、華はエコバックがパンパンになるまで更に詰めた。食パンは入らなくなったから手で持つ事にする。右手に自分の鞄とリンゴでパンパンのエコバックを持ち、食パンは華に左手で持ってもらう。空けた方の手を繋いで、マンションを出てうちへ向かって歩いた。
うちに着いたら手を洗ってうがいして、華を制服から母親の部屋着に着替えさせる。オレも部屋着になって、昼飯に簡単な炒飯を作って二人で食った。
「華。髪、ほどく?」
テスト勉強の為に教科書出して、ふと気になって聞いてみた。家の中だし楽な方が良いかなって思ったんだ。
華が頷いたから、オレは華の後ろで膝立ちして髪をほどく。ほどいた髪は癖が付いてウェーブになってて良い感じ。
「華、可愛い」
手櫛で髪を梳かしながら言うと華が首だけで振り向いて笑顔を見せてくれた。可愛いってもう一回呟き、おでこにキスをする。それだけじゃ足りなくて、華の隣に座り直して唇にキス。
「好き。華、大好き」
壊れそうに速い心臓の音を聞きながら、触れるだけのキスをもう一度。だけど全然足りなくて、もっともっとってなるけど、唇に軽く吸い付き音を立てて離れる事にする。まっすぐオレを見ていた華の顔は微かに赤く染まっていて、目が合うと照れて、笑った。
「秋、秋。布団で寝なさい」
揺すられて、目が覚めた。電気が付いた部屋で、母親がオレを見下ろしてる。腕の中には華がいて、オレの服を掴んでくっついて寝ていた。
「おかえり」
「ただいま。お風呂は入ったの?」
「入った。横になってたら寝ちゃった」
夕飯の後で華を風呂に行かせて、オレも入って出たら華が丸くなって眠ってた。隣で寝顔を見てたんだけど、いつの間にかオレまで寝ちゃったみたいだ。
「布団で寝かせてあげなさい」
「ん」
華を起こさないように起き上がり、小さく伸びをする。華を抱き上げて、母親の部屋に敷いておいた布団へ運んだ。
母親が風呂入ってる間にオレはでっかい欠伸をしながら夕飯を温め直す。皿に盛って机に運んだ所で丁度風呂から上がって来たから、冷蔵庫から発泡酒を出して渡した。
「ありがと」
「おう。お疲れ」
母親は発泡酒を数口飲んでから飯を食う。オレはその向かいで頬杖付いて眺める。いつもと同じ光景だ。
「テスト、問題ない?」
「あー、多分いつも通り」
「そう。まぁ、そこそこ出来たら良いのよ」
うちの母親はいつもそう言う。母親の言葉にちょっと笑って、オレは立ち上がった。
「華がリンゴたくさんくれたんだ。食う?」
「食う食う。ウサちゃんが良い」
「言ってろ」
洗ったリンゴを皿に乗せてナイフと一緒に持って来て、また座る。
「華ちゃん……」
リンゴ剥いてるオレの手元を見ながら母親が呟いた。オレが無言でリンゴをウサギにしていたら、母親は少し黙ってから口を開く。
「あんた、華ちゃんが有名なの知ってるの?」
「は?」
突拍子もない事言われて手を止めた。オレの表情から理解したっぽい母親が話を続ける。
「ネットでね、名前検索したらすぐに出て来たの。絵、すごい有名みたい。華ちゃんのお母さんも有名な画家だったみたいなの」
「……父親は?」
「画商っていうの? 絵とか売る仕事をやってるみたいよ」
「そっか。……色々、納得。でも華が独りなのは理解出来ない」
「そこは多分、表に出ない部分なんでしょうね。ただ、そういう子だって理解しておきなさい。守りたいと思うなら、理解した上で側にいて、守ってやりなさい」
「わかった」
有名だって無名だって、華は華だ。あんな、寂しいって泣いてる絵を描く華を独りにし続けてる父親の事をオレは、理解出来ない。事情とか色々あるんだろうけど、そんなの知らない。オレは華が笑ってくれたらそれで良い。オレは華を独りになんて、絶対にしない。
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