19 三週目 日曜日

   日


 今朝は起きたら華が隣で丸まって寝てた。昨夜は風呂入った後で勉強ちょっとだけして、華は母親の部屋で寝たはずだ。いつ潜り込んだんだろう?

 オレの隣で眠る華は猫みたいに擦り寄ってくる。可愛いから何でもいいかって思って抱き寄せた。華は小さくて、柔らかくて、良い匂いがする。……やばい、ブラしてない。段々思考が良くない方へ向かい出して、悩み始めた所で華が起きた。眠そうにオレを見て、オレだと認識したら嬉しそうに笑う。

「おはよう、秋」

「おはよ、華」

 そっと抱き寄せて、軽く唇を触れ合わせた。心臓がとんでもなくバクバクしてる。

「華はどうしてここで寝てるの?」

 良くない考えを追い払う為、会話をする事にした。

「秋の側が良かった」

 華がふにゃりと笑う。

 衝動のままに抱き締めキスしようとした所で、勢い良く襖が開いて母親が顔を出した。

「ご飯作ったわよー」

 絶対わざとだ! タイミング狙ってやりやがった! だって顔がそう言ってる!

 華がもそもそ抜け出して母親の所に行っちゃった。がっくりして、オレも起き上がる。

「華ちゃんは甘い物が好きだって聞いたから、ホットケーキにしたの」

 笑顔で楽しそうに話してる母親をこんなに恨んだ事はない。オレは不貞腐れながらホットケーキを食って、でも華が嬉しそうで幸せそうな顔で笑ってるからまぁいいかって気分になった。

 日曜は母親の仕事が休みだから午前中は掃除と洗濯をする。勉強は午後から。動き回るオレと母親を華が体育座りでじっと見てる。そんな華を見て、猫飼ってるみたいだなんて言って母親がはしゃいでた。オレも同じ事考えてたから思わず頬が緩む。

「華ちゃん華ちゃん。テスト終わったらおばさんと一緒にお買い物行かない? 可愛いお洋服買ってあげる! 夢だったの!」

 掃除を終わらせた母親が華に抱き付いて騒いでる。華は嬉しそうに笑ってて超絶可愛い。オレはそんな二人を横目で見ながら、昨日洗濯しておいた華の制服のアイロン掛けをする。祐介の言ってた通りオレ、おかんっぽいかも。

「秋はあーんなでっかくなっちゃたし、洋服の好みとか最近うるさくなっちゃって。男の子はやぁねぇ」

「そういえば華はいつもパパの服着てるけど、自分の服持ってないの?」

 母親の腕の中で頭を撫でられまくってる華は、一昨日から母親のロンTとスウェットズボン姿。髪は母親が二本の三つ編みにした。

「制服」

「制服以外は?」

「ドレスと着物」

 オレの頭の中はクエスチョンマークがいっぱい。母親も撫でるのやめて華を見てる。多分オレと一緒でクエスチョンマークだらけだと思う。

「そんだけ?」

 華は頷いた。知れば知るほど華は謎だ。

「いつ着るの?」

「連れて行かれる時」

「どこに?」

「人がたくさんいる所」

「誰が華をそこに連れて行くの?」

「持って行く人。たまに、パパが来る」

 華はそう言って、母親の胸に顔を埋めた。あんまり聞かれたくないのかも。多分だけど、華はそこに連れて行かれるのは好きじゃないんだ。

「そうだ! 華ちゃんちょっといらっしゃい」

 何か思い付いたらしい母親が華の手を引いて自分の部屋に消えた。残されたオレは一人寂しく綺麗になった制服をハンガーに掛け、アイロンを片付ける。母親に華を取られているのが面白くない。母親の部屋から漏れ聞こえる楽しそうな声を聞きながら、まだ昼飯には早いし勉強でもするかなと思い教科書を開いた。

 少しして、母親が興奮した様子で出て来た。

「秋! 母に感謝なさい」

 突然飛び出して来て胸を張った母親が一瞬部屋へ引っ込んで、華の手を引いて出て来る。華は、黄色と白の花柄ワンピを着てた。髪も可愛く結ってある。母親グッジョブ!

「福袋に入ってたんだけど、私には若々しすぎて箪笥の肥やしだったのよね。どうよ、秋」

 ニヤニヤ顔の母親を褒め称えてやりたい!

「華、すっげぇ可愛い! 可愛すぎてヤバイ! このままデート行きたい!」

 華は、ほっぺをほんのり赤く染めて照れ笑いを浮かべてる。オレは立ち上がって近くへ行って、華の姿を目に焼き付ける勢いで見る。このまま出掛けて見せびらかして歩きたいくらいに可愛い。

「服はあげられる物がいくつかあったんだけど、靴がないのよね。テスト終わったら靴を買いに行かなくちゃ」

「オレも行く! ねぇ華、来週日曜、オレのバイト終わりは?」

 華はちょっと考えてからこくんて頷いた。かっわいー! 何でも買ってやるって気になる!

「むしろ今から行きたいけど、なんでテストなのよ」

「いや、もうこれはテスト無視で今から行くか?」

「そうしちゃう? テストより華ちゃんよね?」

「だな。でも靴、ローファーしかねぇよ」

「んー……ローファーで行って、買ったのに履き替える?」

「それしかねぇか」

「ないわね」

「よし華、買い物行こう!」

 うちの母親はゆるくて助かる。華がきょとんとしたまま話は決まって、オレと母親もそれぞれ着替える為に部屋へ引っ込んだ。華は居間にちょこんと座って、バタバタ支度するオレらを楽しそうに眺めていた。


 ワンピ姿で黒タイツに足元ローファーの華の首には黒猫財布がぶら下がってる。華の手は右がオレ、左は母親と繋いで、三人並んで最寄り駅の駅ビルに靴を買いに向かった。

「華ちゃんはどういうのがいい?」

 靴屋へ向かって歩きながら母親が聞くと華は首を傾げてる。

「まずはこのワンピに合うのが良いだろ。踵高いのは、華怪我しそう」

「秋が好きなのがいい」

「あらまぁ。秋、真っ赤」

 母親が良いもの見たって表情でオレの顔を見て笑ってる。

 なんで華はこんなに可愛いんだろ。とりあえず、溢れる想いを伝える為にぎゅーって抱き締めておく。

「華可愛い。何でも買ってやる」

 腕の中で、華が頬を擦り寄せてきた。もーやばい。やばいやばいやばすぎる。このままマジで一緒に暮らしたい。

「ほらほら、行くわよー」

 笑顔の母親に促されて、また三人手を繋いで歩き出した。

 靴屋でいくつか試着させて、母親と一致したのがインディゴのローヒールのパンプス。シンプルだけどワンストラップで足も疲れにくそうだし、他の服にも合わせ易いと思う。

「お金ある」

 レジで会計しようとした母親に、華が黒猫財布から何かを出して渡した。母親が目を丸くして固まってるから、オレも近寄って華の手元を見る。そこには黒いクレジットカード。これってあれか。金持ちカードだよな。

「それ、華の?」

 オレも目がまん丸になってると思う。華はオレを見上げて、こくんと頷く。

「好きな物買っていいの」

「パパがそう言ってたの?」

 もう一回こくんと華が頷いた。海外で仕事してるだけあって、パパは金持ちみたいだ。

「でも、この靴は私が買うわ」

 母親はにっこり笑って華の頭を撫でた。華は不思議そうな顔をしたけど、黒いカードを黒猫財布に仕舞った。てかそのカード、そんな無防備な財布に入れておいて良いのか心配になる。


 会計の後で店の椅子を借りて買ったパンプスに履き替えさせて、華が履いてたローファーはパンプスと交代で箱に入れて袋の中。

「次は鞄かしら」

「だな」

 華の姿を母親と眺め、足りない物を相談した。

「でもここじゃあんまり可愛いのないし、あそこ行く?」

「だなぁ。そっちのが色々一気に見られるだろ。華、電車は平気? 酔ったりしない?」

 うちの最寄り駅はそんなに大きくないから店の種類が少ないんだよな。だから服を買う時はいつも四駅先のショッピングモールへ行くんだ。

「乗った事ない」

 首を傾げての華の返事に納得。そうじゃないかと思ってた。だって、電車乗ってる華とか想像出来ない。

「車に酔ったりはしない? もし具合が悪くなったらすぐに言うのよ?」

 母親とオレで言い聞かせて、華には切符を買って渡した。改札の通り方を教えて、オレは華の後ろからスイカを使って入る。駅で三人並ぶのは邪魔だから母親の後ろを華と手を繋いで歩いた。

 あちこちキョロキョロしまくっていた所為で華が階段の段差で躓いた。やると思ったんだよね。予想してたからすぐに受け止めて、階段はちゃんと歩くよう注意する。電車の中でも華は物珍しそうにキョロキョロ周りを観察していた。日曜で人が多いから母親とオレで華を囲むようにして、車両の端の開かない側のドア前に立つ。

「華、ここ掴んで」

 電車が走り出すとよろけたから、近くの棒を掴ませる。窓の外を楽しそうに眺めてる華を笑顔で見ていた母親とオレは、互いのデレ顏を見合わせてこっそり笑った。

 モールに着いたらまずは飯。飯屋はどこも日曜で混んでるから、パンを買って広場で食う。華は自分では手を出そうとしなくて、千切って口に運んでみたら食った。

「か、可愛い! 私もっ」

 母親がオレだけの特権を奪った。華は、母親が差し出したパンを迷わず口開けて食う。オレだけだと思ってたのにちょっとショックだ。軽く落ち込んだオレは、パンと一緒に買ったイチゴ牛乳のパックにストローを刺して華に渡した。

「華、オレからじゃなくても食うんだな」

 良い事だけどちょっと寂しくてこぼしたオレを、華はイチゴ牛乳を飲みながらじっと見てくる。

「秋のママだから、平気」

 それはどっちの意味だろう。オレのママだから? それともこの母親だから? 悩むオレの横で、母親がまた可愛いと大騒ぎして華を抱き締めてる。華は楽しそうで嬉しそうで、どっちでもいいかって笑いながら手を伸ばし、オレも華の頭を撫でた。

 腹拵えの後は買い物。まずは鞄。華はショルダーバッグのイメージ。幼稚園児みたいに斜めに掛けられるのが良い。

「華ちゃんは何色が好き?」

「白。ママの色」

「なら鞄は白が良いかしら」

 母親と手を繋いでる華はこくんと頷いた。白いワンピースとか華に似合いそう。絶対可愛い。想像して、オレはウキウキする。

 鞄は、白くて小さいショルダーバッグを母親。スケッチブックが入りそうな大きめのトートバッグをオレが買った。持ち手が茶色、上が白で下三分の二が赤と紺のチェックになってるやつ。今日は黒猫財布を入れる為、母親が買った鞄を肩から掛けさせた。

 一通り華の服が完成したからあちこち回って色々試着させる。

 いつも華は男物のズボン姿だから、ワンピースを三着とカーディガン。それに合わせてパンプスとブーツを一足ずつとタイツを数足。それと冬用コートを一着。母親とどっちが出すか言い合いながら買った。結局オレと母親で半分ずつ出して、コートだけは華がカードを使いたいって言ったからカードで払って買物終了。華はカードを使うの初めてだったみたいで楽しそうにしてた。

「リンゴとか絵の道具はそれで買わないの?」

 コートを買った後で気になって聞いてみると、華はこくんて頷く。

「運ばれて来る」

「制服買った時は?」

「運ばれて来た」

「パパが注文してんのかね?」

 首を傾げてるから知らないみたいだ。でも完全放置じゃない事がわかって、少しだけ安心した。  

 本当は部屋着も買おうとしたんだけど華がパパのが良いって言うから外出着だけにして、買った物は華の家に寄って置く事にした。

 だだっ広い何にもない部屋を見て、母親が泣きそうな顔になってる。母親が華を抱き寄せてぎゅっとしてるから、オレは買った物を片付ける事にした。

 靴は箱から出して空っぽの靴箱に。掃除した時に気付いたけど、この家にある靴はローファーとボロボロのスニーカーが一足だけ。しかもスニーカーは多分パパのだ。男物で、華にはでかい。ワンピースは皺にならないよう寝室のクローゼットが良いかなと思って、不思議顏で母親に抱き締められてる華に許可もらってからクローゼットを開けた。中には華が言ってたドレスと着物。それに合わせた靴や小物がずらりと並んでいた。ちゃんと華に似合いそうな色とデザインで、父親、愛情表現下手くそかよってオレは苦笑する。空いてるハンガーにワンピースとコートを掛けて、鞄もその隅に置いた。

 全部片付けて戻ったら、母親がぽろぽろ泣きながら華を抱き締めて描きかけの絵を眺めてた。

「千夏、千夏」

 華が母親の名前を呼んで、手を伸ばして涙に触れる。

「嬉しい?」

 これは、華なりの慰めなんだと思う。華は自分の名前を呼ばれるのが嬉しいんだ。華のママとパパが考えた名前が大好きなんだ。母親は泣いたまま笑って、もう一度華をぎゅっと抱き締めてから頭を撫でる。

「秋も、私も、華ちゃんが大好きよ」

 華が嬉しそうな顔して母親の腕の中でじっとしてるからオレも、後ろから華に抱き付いた。

「華、可愛い。大好き」

 オレと母親にサンドされて窮屈そうにしながら華がくすくす笑うから、オレと母親も笑って、しばらく三人ぎゅーぎゅーくっつき合っていた。

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