3 三週目
13 三週目 月曜日
月
今朝の華は、髪はボサボサだったけど制服姿で出て来た。
広い部屋ではまた何かが形作られ始めている。今回はどんな絵になるんだろうって考えながらオレは、可愛い黒猫の餌やりと毛繕い。今日は前髪を二本の三つ編みにして後ろは下ろした髪型にした。昨夜スマホで調べたんだ。これなら絵を描く邪魔にならないし、めちゃくちゃ可愛い。仕上げにイチゴリップと桜のハンドクリームを塗ったら完成だ。
「可愛い。華、大好き」
可愛すぎてどうしよう! って気分でぎゅっと抱き締めた。嫌だったら華は逃げるから、嫌じゃないんだろうなって自己完結。今日も手を繋いで、華の歩幅に合わせて登校した。
スタートラインからだいぶ前進出来たんじゃないかって、感慨深い。
「華?」
呼ぶとオレを見てくれる。
「大好き」
首を傾けてオレの言葉に反応してくれる。
「秋は、変」
名前を呼んで、答えてくれる。オレは変でも構わない。可愛い、可愛い、守りたい。
「野良猫、順調?」
早く華の側に行きたくて、自分の机に鞄を投げ捨てるようにして置いたオレに祐介が声を掛けてきた。朝の挨拶の後でオレは得意げに「まぁな」なんて答える。
「なんか……可愛くなってる」
自分の席へ腰掛けてスケッチブックを取り出している華を眺めながらの裕介の言葉。何を今更と思いながらオレは、やっと華の可愛さを欠片だけでも理解したらしい裕介に対して小馬鹿にしたような笑みを浮かべて見せた。
「元々可愛いんだよ。やらねぇからな」
「あぁはいはい」
しっしと追い払うように手を振られ、呆れ顔の裕介を残してオレは華のもとへ向かう。華はスケッチブックに絵を描き始めていた。まだ何が描かれるのかはわからない。
絵を描く華を見るのがオレは、堪らなく好きだ。
「秋?」
四時間目の移動教室。オレは華にくっついて美術室へやって来た。美術室があるのは第二校舎の一階。音楽室は同じ校舎の二階だから、予鈴が鳴ってから駆け上がれば間に合う。
華はオレを見て首を傾げてる。きょとんとした顔も堪らなく可愛い。不思議そうにしている華ににっこり笑い掛けてから、オレはさりげなく周りを警戒する。付き合った事があって、オレを刺したいって思っていそうな子は見当たらない。なら誰だろうって考えてる所で予鈴が聞こえたから、華に後でねって手を振り二階の音楽室へ向かってダッシュした。
「おー、ギリだな」
音楽室へ駆け込んだオレを見て祐介が笑う。教師もオレと同時に教室へ入って来て、挨拶の後で授業が始まった。今やってるのはギターの授業。ペアになって一曲完成させる。
「何かありそう?」
「いや、美術選択してる中に知ってる顔はいなかった」
オレのペアは祐介だから、練習しながらの会話。
「なら、ファンクラブの誰かかもな」
「この前も言ってたけど、ファンクラブってなんだよ」
「王子様の秋くんを愛でる会、みたいな?」
「はぁ? 訳わかんねぇ」
オレがイラっとした事に気が付いて祐介は笑ってる。バカにしてる感じじゃなく、憐れまれてるような気がする。
「秋がさ、相手して付き合えるような子達じゃなくて、影で見守りたいタイプの子達がファンクラブ作ってこっそり愛でてるらしいよ」
「アイドルかよ」
オレが鼻で笑ったら、祐介は苦笑を浮かべて頷いた。
「アイドルなんだよ。秋は」
マジで意味わかんねぇ。人を勝手にアイドルにするなよ。オレを刺したいって思ってる子だけじゃなくてそんなのまでいるとか、それって――
「怖ぇな」
「だな。ガンバレ」
他人事だと思っていやがる。くっそー! って気持ちを込めてオレはギターを掻き鳴らした。
授業が終わるチャイムと同時に音楽室を飛び出し、段飛ばしで階段駆け下りて美術室へ飛び込む。
「華!」
振り向いた華はまだ机の上を片付けてる所だった。
「それ、授業の課題?」
机の上には色鉛筆と、数枚の絵がある。
「絵本」
「絵本作ってるの?」
華が頷いた。
「でもそれ、絵の具使ってないね」
華が描いてる絵は全部色鉛筆を使ってる。色鉛筆で描いてる授業なのに、転んで絵の具の水を被るなんて有り得ない。華が答えないから周りを見回してみたら、絵の具を使ってる子もいるみたいだった。水道で絵の具の後片付けをしてる子が数人いる。念の為その子達の顔を覚えておこうと思いこっそり観察した。地味目の子達だ。その子達に刺したいって思われるような事をした覚えはないし、顔も知らない。
「華、お腹空いた?」
片付け終わった華に聞くと頷いたから手を繋いでドアへ向かう。チラッと視線を向けると三人、目が合って逸らされた。なんだか、怪しい気がする。
至福の餌付けタイムも終わり、華はまた絵を描いてる。オレは華の前の席を借りて、背凭れに顎乗せて華を眺める。今日の髪型正解だ。似合ってるし可愛すぎてヤバすぎる。イチゴリップで唇ツヤツヤだし、キスしてぇ。なんて事を考えてたら、華が鉛筆置いて立ち上がる。
「オレも行く」
この前はトイレ帰りに怪我してたし、美術室の怪しい子達は隣のクラスでトイレ行くのに前通る。だから益々怪しいんだよな。
女子トイレの前で壁際にしゃがんで華を待つ。そしたら、視界の隅に入れておいた隣のクラスからあの三人が出て来て、オレを見てちょい停止した。そんでそのまま女子トイレに入って行く。これは確定かな。
「華、お帰り!」
出て来た華に抱き付いた。とりあえず外見問題なし。
「ね、今トイレ入った三人組に何かされたりしてない?」
手を繋いで教室戻りながら聞いてみた。華は首を傾げてる。違うのかなって考えて、思い出す。
「華ってさ、人の顔覚えてる?」
他人に興味がない事、思い出した。でもまさか、自分に何かした相手の顔は覚えてるよな。
「秋は覚えた」
「すっげぇ嬉しい! けど、他は?」
「パパ」
「オレとパパだけ?」
「持って行く人」
「だけ?」
頷いた。マジか。
「教師とかは一人一人覚えてないの?」
「先生は先生」
「クラスの人は?」
首傾げてる。クラスの奴らって、もしかして華からしたら背景の一部なのかも。
「もしかしてさ、学校で先生は先生。生徒は生徒って大まかに認識してたりする?」
当たり前みたいな顔で頷いてる。
「秋は、秋」
あーもう、全てがどうでも良くなる可愛さだー。
「華大好き!」
きゅって抱き締めた。でもそうなると犯人探しがややこしいかも。華は犯人の顔を覚えてないんだ。やられた事すら忘れてそうだな。いやまさか。でも華だし。
「秋は、王子様?」
腕の中で華がオレを見上げてきた。
「また、誰かが言ってた?」
華が頷いた。今それを言うって事は、トイレで何か言われたって事か。
「どこで、誰が言ってたの?」
「さっき、知らない人達」
「見覚えない人達?」
首を傾げてるから、知らないか覚えてないかなんだ。オレは小さく息を吐く。
「もしオレが王子様なんだったら、華だけの王子様がいい」
勢いで華のおでこにチュッてしてみた。華はきょとんとしてる。
「いや?」
「……嫌じゃ、ない」
「そっか」
デレデレに締まりのない顔でオレは、予鈴鳴るまでその場で華をぎゅーってし続けた。
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