14 三週目 火曜日

   火


「秋」

 玄関開けて顔を出した華が、超絶可愛くて困った。いつも通り頭は鳥の巣だけど、オレに会えて嬉しそうに見えるのはオレの欲目か。

「おはよう、華」

「おはよう、秋」

 笑ってる。華が笑ってる。ふんわり笑った華は家の中にオレを招き入れた。絵の部屋で座って、餌待ちのポーズでオレを見上げてくる。可愛い華に顔が緩みっぱなしのオレは、華の前に座って朝ごはんを出した。今日は甘いのが好きな華の為に、甘いお揚げのお稲荷さん。

「これは既製品です」

 魔法の呪文を唱えるオレをじっと見て待つ華。オレが一つ手に取って口の前へ差し出すと、ぱくっと一口。途端顔がキラキラ輝いてる。これは、すっごい気に入ったみたいだ。

「シャクシャク美味しい!」

 そう言って、またパクんて食べる。シャクシャクは小さく切ったレンコンだ。レンコン、人参、インゲン、ごま入りで栄養バランスを考えてみた。

「お茶飲む?」

 一つ食べ終わった華に聞くと頷いたから、水筒から温めのお茶を蓋に注いで渡した。こくこくお茶を飲んでふーって息を吐くと、ねだるみたいにお稲荷さんを見てる。もう一つ、揚げを裏っ返しにしたやつを取って差し出す。パクんて食べて、また華の顔が輝いた。こっちは甘じょっばくした。中身はゆで卵を混ぜ込んである。華はパクパク食べて、お茶をこくこく飲む。

「もう一個食べる?」

 嬉しそうに頷いた華が可愛くて、オレもにこにこ笑ってる。

「どっちがいい?」

「シャクシャク」

 レンコンが好きなのかなって思いながらレンコン入りの方を差し出して、パクつく華を緩んだ顔で眺める。

「っは、華ストップ!」

 どんだけ気に入ったのか、華がぺろぺろオレの指に付いた甘い汁を舐め始めるもんだから、慌てて反対の手で肩をおさえて止めた。きょとんと不思議そうな華に対して、オレは真っ赤になってあわあわ焦る。

「秋も食べる?」

 オレが衝撃から立ち直る前に、華は残った一個を掴んで差し出してきた。条件反射で一口かじって、噛んで、飲み込む。

「美味しい?」

 華の笑顔での問い掛けにこくこく頷いて答えたら、残りを口に放り込まれる。華は自分の手をぺろぺろ舐め始めた。

 どっと疲れて、タッパーを洗おうと思いオレは立ち上がる。猫、猫やばい。

「秋、ペタペタする」

 指を舐め終わった華がタッパー洗ってるオレの所へ来たから手を洗わせた。これはもしかしてあれか。オレ、異性として認識されてないかも。ってか、華って異性とかの認識があるのか不安になってきた。

「秋、秋、秋」

 ぐるぐる思考の渦にハマってるオレを華が呼ぶ。

「どうした?」

 隣にいる華を見下ろすと嬉しそうに笑い掛けられた。華が笑うと全てがどうでも良くなるから不思議だ。にっこり笑顔を返したオレに、華はごちそうさまでしたって言った。

「秋のご飯は、美味しい」

 華がにこにこ笑ってる。学校だと華はいつも無表情だったけどそれは、笑い掛ける相手も一緒に笑う相手もいなかったからなんだって思う。その相手にオレがなれて、すっげぇ嬉しい。

「華、大好き」

 嬉しさを表そうと思って笑顔で口に出したら、華が浮かべたのは照れ笑い。

「髪、梳かそうか」

 濡れた手を拭きながら促すと華は嬉しそうに頷いた。髪梳かされるの、好きみたいだ。

「やって欲しい髪型ある?」

 洗面台の前で華の長い髪を梳かしながら聞いてみた。スマホで検索すれば、多分出来ると思うんだ。

「秋の好きなのがいい」

 なんだよその可愛い返事! 内心大興奮しながらオレは昨日と同じ髪型を作っていく。一番好きなのは下ろした状態だけど、それだと華が嫌がると思ってこれにした。

「秋は、これが好き?」

「うん。好き。可愛いし、華に似合ってる」

 にっこり笑ったら、鏡の向こうで華がはにかんだ。髪を結った後はイチゴリップと桜のハンドクリームを塗って完成。あと、もう一つ。

「可愛い。華、すごく可愛い」

 言いながら、きゅって抱き締めた。

「秋も、可愛い」

 腕の中で華が柔らかい表情をしてる。ちょっと考えて、華は可愛いって言われるのが嬉しいんだって思った。

「華、可愛い」

 おでこにチュッてキスしたらきょとんとしてたのが、また堪らなく可愛かった。

「ね、華。今日バイトないから、学校の後華の家で勉強してもいい?」

 手を繋いでエレベーターで下りながら聞いてみた。来週から中間テスト。自分の家でやるより華の家の方が勉強も捗りそうな気がする。何より、少しでも長く一緒にいたい。

「いいよ」

 華の返事が嬉しくて、オレは自然と笑顔になる。華も嬉しそうに見えたのは、気のせいじゃないと思うんだ。

 手を繋いで登校して、靴を履き替えた華が黒猫の財布を取り出して自販機に向かった。喉が渇いたのかなと思って見ていたら、戻って来た華の手にはイチゴ牛乳。

「飲みたかったの?」

 首を傾げたオレに、手にしたイチゴ牛乳を差し出してきた。

「秋の」

 意図がわかり、オレの顔には笑みが溢れる。華の恩返しだ。

「ありがとう」

 受け取ってから、手を繋ぎ直して教室へ向かった。

「どうしたの?」

 教室に入るといつもならまっすぐ自分の席に行く華がオレについて来た。首を傾げて見せたオレを椅子に座らせて、華がオレの手からイチゴ牛乳を奪う。なんだろうって思いつつ眺めてたら、不器用な手付きでストローを刺してからイチゴ牛乳を渡してきた。オレはふはっと小さく笑い、お礼を言って受け取った。

「美味しい?」

 オレの真似っこがいる。イチゴ牛乳を飲むオレを華がじっと見てくるから、笑顔で頷く。そしたら華は、嬉しそうな顔で笑った。

「野良猫、手懐けたみたいじゃん」

 華は珍しく絵を描かないで、担任が来るまでオレの席でオレの観察をしてた。それを隣でニヤニヤ見ていた祐介が、華が自分の席に戻るのを眺めつつ小声で話し掛けてくる。

「そうなんかなぁ? だったら嬉しいけど」

「いい感じに見えた」

「そっか」

 華の恩返しが可愛くて嬉しくて、一度緩んだオレの顔は長い事ゆるゆるのままだった。


 張り付いてたお陰か、今日は華に変な奴が近付いてる様子はなかった。このまま何もしないでくれたら良いんだけどな。

「華はテスト勉強してるの?」

 帰りのホームルームが終わって、華と手を繋いで帰る途中で聞いてみたんだけど……何故か華がきょとんとしてる。

「来週テスト。わかってる?」

 華は無言だ。これは、まさか。

「華、いつもテスト何点くらいなの?」また無言。「テスト勉強、した事ある?」

「ない」

 堂々すぎる答えに顔が引きつった。でも補習を受けてる様子はなかったし、大丈夫なのかなって思う事にする。テストの点数低い子が授業中も絵を描いてたら、教師が何か言ってるはずだよな。

 途中でコンビニ寄って、オレの夕飯とお菓子を買った。華の家に着いたら先手を打つ。着替える時には閉めましょうって言って、華を寝室に押し込んだ。オレは定位置になりつつある場所に座って勉強道具を出す。

 新しい絵はまだ何が出来るのかわからない。濃い色だけど、まだそれだけ。寝室から出て来た華はいつものサイズの合ってない服で、絵に向かうのかなって見てたらオレの側に来て隣へ座った。

「一緒に勉強する?」

 華の頭が小さく縦に動いた。

「なら、勉強道具持っておいで」

 もう一度頷いてから立ち上がって、華は寝室へ戻って行く。鞄ごと勉強道具を持って来た華と一緒にテスト勉強をしてみたら、授業中に絵を描いてても意外と授業を聞いてるらしい事がわかって安心した。

 しばらく勉強して、オレの胃が空腹を訴えたから飯にする。コンビニ弁当。食べるか聞くと華は首を横に振った。

「いらない。秋のじゃない」

 華はもしかして、いつもオレが食わせてるのが既製品じゃなくてオレの手作りだとわかって食ってるのかもしれないって思った。それでもあのおまじないは必要なものの気がして、詳しく聞くのはやめておく。お菓子は差し出したら食って、食い終わったらまた二人で勉強した。

 明日も一緒に勉強する約束をした帰り道。歩くオレの胸にはじんわり、温かな幸せが広がってた。

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