7 二週目 火曜日

   火


 次の日マンションの自動ドアから出て来た華の制服はヨレヨレのシワシワだった。昨日帰る時しつこいくらい言ったのに、干さなかったに違いない。

「おはよう、華。制服干さなかっただろ?」

「おはよう」

 くぅっ。首を傾けてるのが可愛いが、誤魔化されるもんか!

「一着しかないの?」華は答えない。「華? 華? 華華華ー」

「ない」

 名前連呼攻撃が有効だって判明した。

「どうすんの、それ。さすがに酷くない?」

「問題ない」

「いや、問題あるだろ。ねぇ、華ってもしかして一人暮らし?」

 あんな大きなマンションに住んでるのに制服はシワシワ、髪はボサボサ。昼飯も果物か食パンばかり。世話を焼いてくれる家族の存在が全く浮かんでこない。

 華は答えない。でも、高い確率で華は一人暮らしだ。そう思ったら途端に色々心配になってきた。

「ねぇ、ちゃんと生活出来てる?」

「ちゃんと生活?」

「ご飯とか洗濯とか、掃除はどうしてんの? 買い物は?」

「問題ない」

「華、もし困ったりしたらオレ、助けるから」

 華はじっとオレを見たけど、何も言わなかった。

 朝のイチゴ牛乳タイムでオレは華の髪を梳かす事にした。昨日梳かして気に入ったんだよね。梳かして良いか聞いたら華は何も言わなかったけど、許可だと勝手に受け取っておいた。

「華、今日はこのまま髪下ろしておかない?」

 飲み終わったパックを受け取りながら言うオレに、華は何も答えない。でもそのまま絵を描き始めたから了承してくれたのかも。いや、結い直すのが面倒だった可能性の方が高いか。

 髪を下ろしてる華は綺麗だ。サラサラと髪が揺れて、絵を描くのに邪魔なのか耳に掛ける仕草が艶っぽい。

「秋、髪、邪魔」

 二時間目が終わって髪を下ろした姿を堪能しようとしたオレに華は言った。そういえば髪を梳かす時に取ったゴム、そのままオレの手首にあった。

「オレが結ってあげる」

 櫛を取り出して、四苦八苦しながら髪を結う。ポニーテール。初めてにしては上手く出来た。仕上げにズボンのポケットに入ってるリップを出して、華の唇に塗る。

「べたべたスースーする」

 華は嫌そうな顔をしてるけど、オレは大満足。ツヤツヤした唇にキスしたくて堪んない。

「可愛い、華。大好き」

 絶対今のオレの顔はデレデレだ。でも良い。実際、メロメロのデレデレなんだから。


 華の昼飯はまたリンゴ。今まで華を観察してた経験からするとリンゴがしばらく続くと思う。

「はい、華」

 リンゴをシャリシャリしてる華に冷凍の白身魚フライを差し出した。そしたら華が警戒するみたいに匂いを嗅いで、リンゴに戻る。

「もしかして魚嫌い?」

 華の頭がこくんて縦に動いた。

「揚げ物は嫌い?」

 ちょっと悩んでる。それならとコロッケを差し出してみる。

「これはコロッケ。冷凍のだよ」

 食べた。揚げ物は大丈夫だけど、好きという程ではないんだな。

 ご飯の後、華の唇にリップを塗った。あんまりカサカサだと痛そうだから。でも華はスースーするのがすっげぇ嫌みたいだ。今日はバイトないし、イチゴ味のリップを買いに行こうと決めた。

「ね、華。帰り一緒に寄り道しない?」

「しない」

 華が絵を描き始める前に急いで提案したら、否定が早くて落ち込んだ。

「華の家って、アイロンある?」

 オレは今日一日、華のシワシワの制服が気になって仕方なかった。あるならアイロンを掛けるよう言おうと思ったんだけど……この反応は、ないな。

「もしさ、もし良かったら、うちからアイロン取って来るから掛けてもいい?」

 一人暮らしかもしれない女の子の家。好きな子だけど、疚しい気持ちはないよ。ただ単にシワシワの制服が気になるだけ。ドキドキしながら答えを待っていたオレに、華の返事は早かった。首を横に振ってノーの意思表示。ですよねーって、オレは肩を落とす。

「学校の前ならいい」

 一瞬、理解するのが遅れた。

「え? それって、明日の朝ならいいって事?」

 まさかまさか、いいの? マジで?

「いい」

「じゃ、じゃあ明日! いつもより早い時間に来るね! あ、部屋何号室?」

「七〇一」

「わかった!」

 華はそのまま自動ドアの向こうに消えた。舞い上がったオレは、駅に向かって歩き出す。明日が楽しみで堪らない。アイロンを掛けに行くだけだけど!


      *


「あっれぇ秋じゃん」

 駅前のドラッグストアで華の為のリップを探していると声を掛けられた。前に付き合った事ある先輩。

「何してんのぉ?」

 華に慣れたからか、なんだか香水臭く感じる。名前、何だっけ。

「久しぶり。買い物してんの」

 腕を絡めて胸を押し当ててくる女から自分の腕を取り返した。ちょっと不快。

「なぁにぃ? イチゴ味のリップとか、ウケんだけどぉ」

 なんもウケねぇよ。ほっといてくれないかな。

「ねぇ、暇なら久しぶりに遊ばない?」

「遊ばない。もうそういうのやめた」

「あー聞いたぁ。小汚い女構ってるんだってぇ? あんまり初心な子からかったら可哀想だよぉ」

 この先輩、こんなにウザい喋り方する人だったっけ。ウザいから、さっさとレジに向かう。

「そんじゃ、急いでるから」

 会計が終わるのを待たれていたから、撒いた。

 くっそ、折角の幸せ気分が台無しだ。身から出た錆って言うんだろうけどオレ、本当しょうもない奴だったよな。

 華に会いたくて堪らない。

 たまたま通った雑貨屋に黒猫グッズがたくさん並んでたから覗いてみる事にした。 華はいつもシンプルな黒いゴムだから何か買ってあげようかなって考えたら、ちょっと浮上。

 黒猫柄のシュシュと黒猫の飾りが付いたゴム。明日、喜んでくれると良いな。

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