2 二週目

6 二週目 月曜日

   月


 土日はバイト頑張って、待ちきれなかった月曜日。会いたくて堪らなくて、オレは華のマンションの入り口で待ち伏せ中。お伺いを立てようにも連絡先知らないし、突撃するしかないんだから仕方ない。

「華! おはよう」

 自動ドアから出て来た華に駆け寄った。会えて、すっげぇ嬉しい。

「おはよう」

 びっくりしてるみたいだけど華は挨拶を返してくれた。

「会いたかった! ね、毎朝一緒に行ってもいい?」

 登校時間だって歩いてるから絵を描けないんだ。この時間も一緒にいたい。華は良いともダメとも言わなかったから、オレは自分に都合の良い方で受け取る事にする。

「オレ、土日はバイトでハンバーガー作りまくった。華はたくさん絵を描いた?」

 無反応。多分たくさん描いたんだ。

「あ、そうだ。華、口開けて?」

 オレはブレザーのポケットから飴玉を取り出した。バイト先でもらって、華にあげようと思って取っておいたんだよね。オレの手の中にある飴を確認してから、華は口を開けてくれる。小さな口に、コロンと飴玉を放り込んだ。

「イチゴ味。うまい?」

 コロコロ口の中で転がして、華は頷いた。こころなしか警戒心が緩んできた気がする。

 下駄箱で靴を履き替えてから自販機でイチゴ牛乳を買う。華がオレの後ろでこっちをじーっと見てると思ったら、鞄から黒猫の小銭入れを出した。なんだよその可愛い財布。

「いいよ。オレがやりたくてやってるんだから」

 お金を差し出してきたから断った。華はじっとオレを見上げながら首を傾げて、素直にお金を仕舞う。確実に、オレを見てくれる時間が増えてる。

「華は黒猫が好きなの?」

 階段に向かいながらしたオレの質問で、華が悩み始めた。

「小銭入れ、黒猫だったじゃん? 自分で買ったんじゃないの?」

「……猫は、好き」

「そっか。他には? 黒が好きとか?」

「黒は、嫌い」

「なのに黒猫?」

「猫は好き」

 なるほど。黒は嫌いだけど黒猫なら好きなのか。

「他には? 何が好き?」

 今までで一番会話が出来てる。オレは浮かれまくりだ。でも華からの返事がなくなって、そのまま教室に着いた。オレは鞄を自分の机に放り投げて、華の所に戻ってストローを刺したイチゴ牛乳を手渡す。

「イチゴ牛乳」

 呟いてから、華がストローに口を付けた。

 少し考えてわかった。そんなに好きか、イチゴ牛乳。思わず笑って、オレは華の頭を撫でた。やっちゃった後で拒否されないか不安になる。頭に手を置いたまま華の顔を窺ってみたけど、無表情でチューチュー飲んでる。許可されたような気がして、嬉しくて笑いたいのに、泣きそうになった。華を好きすぎて、どうしよ。

 オレはいくら華を見てても飽きない。午前中の短い休み時間、絵を描く華を机の横にしゃがんで飽きずに見上げ続ける。こんなに近くにいるのに、華の瞳はスケッチブックに向いたまま。オレを見て、なんて贅沢な願いを抱いて。でも絵を描く華を見るのは好きだ。

 四時間目の選択科目は華とは別。華は美術でオレは音楽。音楽を選んだ過去の自分を恨む。

「秋さぁ、ほんと、マジなんだな。あの不思議ちゃんに」

 音楽室への道すがら祐介が当たり前の事を口にする。何言ってんだって気分を視線で示したら、苦笑された。

「お前、不思議ちゃんを見てる顔ヤバイって」

「そんなに?」

「ヤバイヤバイ。全身で好きって言ってる感じ。見てて恥ずい」

「まぁ、好きすぎる自覚はある」

 同意したオレに、祐介は肩パンしてきた。

「あの秋が信じらんねぇ。まぁ、頑張れや」

 今度の祐介の頑張れは気持ちがこもってる気がしたから、オレは素直に頷いた。


 昼休み。華がなかなか戻って来ない。美術室へ迎えに行こうと思って教室を出たら、階段で会った。華はビショビショだった。

「え? なにそれ? 華どうした」

 嫌な三文字が頭に浮かんで血の気が引く。青褪めた顔で駆け寄るオレを見上げて、華は首を傾げてる。

「絵の具の水、被った。冷たい」

「あ、当たり前だろ夏じゃねぇんだから! とりあえずジャージ、ジャージに着替えよう!」

 華の手首を掴んで引いて、教室に連れて行った。自分のロッカーから出したタオルを華の頭に被せ、ジャージを持った華を更衣室まで連れて行く。どうやったら絵の具の水を頭から被るんだよ。有り得なくないか。ぐるぐる考えてたら、ジャージに着替えた華が出て来た。髪は濡れたままでタオルは手に持ってる。

「髪、拭くからゴム取って」

 オレは華の手からタオルを奪う。華は素直に髪を束ねていたゴムを取った。

「ね、華? どうして絵の具の水なんて被っちゃったの?」

 タオルで頭を覆って濡れた髪を拭きながら聞く。もしオレが考えた通りならって考えると怒りでどうにかなりそう。でも華は答えない。タオル越しに首を傾げてる。

「誰かに、やられたとかじゃない?」

「転んだ」

「そっか。ね、何かあったら言ってね?」

 タオルを華の肩に掛けて髪を手櫛で整えながら言うオレを、華はじっと見上げて何も言わない。

「ご飯、食べよっか」

 これにはこくんて頷いたから、一緒に教室へ戻った。

 濡れた制服は皺にならないよう、教室の後ろのロッカーの上に広げておいた。今日の華はリンゴ丸かじり。小さい口でシャリシャリ食べてる。

「美味しい?」

 さっきのショックが抜けきらないオレは上手く笑えない。そんなオレを華がじっと見て、リンゴのかじっていない部分を突き出してきた。突き出したまま、オレの瞳を見つめてる。

「くれるの?」

 聞いたら華が小さく頷くから、皮ごとリンゴをかじった。甘酸っぱい汁が口一杯に広がる。

「美味しい」

 待たれてる気がして感想を口にしたら、華が微かに笑った。見間違いかと思うくらい、本当に一瞬。でも確かに笑った。

 目を丸くしてるオレを置き去りにして華はまたリンゴをかじり始める。オレは胸がいっぱいで、弁当の味がよくわかんなかった。

 びしょ濡れ事件の所為で昼休みはもうすぐ終わる。だからその短い時間で華の髪を梳かす事にした。ロッカーに置きっぱなしだった櫛で、椅子に座る華の後ろに立って髪を梳かす。華の髪は長い。いつもボサボサだけど梳かしたらすごく綺麗。梳かしてる間、手元がブレるからか華は絵を描かないでじっとしていた。梳かし終わって顔を覗いてみると目を閉じてる。

「華、終わったよ」

 目を開けた華は、眠そうな顔してた。

「眠いの?」

 こくんて頷いて目をこする華は小さな子供みたいで可愛い。

「華、好きだよ」

 梳かしてサラサラになった髪を撫でて言うオレを、華はじっと見てた。

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