5 一週目 金曜日
金
五日目の朝もイチゴ牛乳を買う。だってオレ、華の好きな物まだイチゴしか知らない。だけどなんだか昨日より全然幸せだ。昨日は初めて華が名前を呼んでくれた。記念日にしたいくらい。
「秋、顔がキモい」
自分の席でイチゴ牛乳を眺めながら華を待つオレに、教室に入って来た祐介が失礼な事を言う。でも確かにデレデレな顔をしてた自覚はある。
「挨拶なしにそれかよ。あと、オレの名を口にするな。感動が薄れる」
「訳わかんねぇ。そういえば秋、昨日不思議ちゃんに泣かされてたんだって?」
「んだよ。見てたのかよ」
まぁ下駄箱だったからな。ちょっと恥ずかしい。
「オレが見た訳じゃないけどな。王子様の秋くんだもん。目撃した女の子達が大騒ぎしてた」
祐介はニヤニヤ笑ってこっちを見てる。オレは鼻で笑ってやった。何が王子様だ。バカにしてんのか。
華はなかなか来なくて、担任が来るギリギリに教室へ入って来た。だから話し掛けられず、オレはホームルームが終わるとすぐに華の所へ行く。
「今日、遅かったね?」
ストロー刺したイチゴ牛乳を渡しながら言ったら、華はじっとオレを見た。
「な、何?」
華の瞳に映してもらえて狼狽える。鼓動がとんでもなく速くなってる。オレの手からイチゴ牛乳を受け取って、華はチューチュー飲み始めた。何も言わないで飲んでる華を、オレも黙って眺める。
「秋は王子様なの?」
空になったパックを受け取ったオレを見上げて華が口にした言葉に、オレは首を傾ける。突然どうしたんだとか詳しく聞く前に教師が来て、オレはゴミを捨てて自分の席に戻る。
一時間目の授業は、華の言葉が気になって集中できなかった。授業の合間の短い休み時間。華はいつもみたいに絵を描いてる。絵を描く華には話し掛けられないから、朝の言葉の意味を聞けないまま昼休みになった。
「華、王子様って何?」
バナナをかじってる華に聞いてみる。
「言ってた」
「誰が?」
「知らない人達」
どういう意味だろう。何かの噂話を聞いたとかかな。謎は深まるばかりだ。首を捻りながらも、バナナを食べ終わった華がスケッチブックに向かっちゃう前におかずを口元へ差し出した。今日は冷凍グラタン。ぱくんと食べた華はさっさと絵を描き始めちゃった。もっと話したいなって考えながらオレは弁当を食う。
今日の絵は、とんでもなくうまそうなグラタンだった。華はグラタンが好きなのかもしれない。
放課後も忠犬宜しく、鞄を持って華に駆け寄るオレ。オレに尻尾が付いていたらブンブン力一杯振ってると思う。
「華は土日何してんの? ずっと絵を描いてるの?」
無反応。多分描いてるんだろうなって、自己完結した。
「オレはね、土日もバイト。ね、華、メアドかID教えてよ。会えなくて寂しいからメッセでやり取りしたい」
連絡先を聞くのにこんなに緊張した事はない。だけど、ちょっと声が震えたオレに返ってきたのは無情な答え。
「持ってない」
がっくりした。でもなんだか華っぽい。
「また月曜日ね」
自動ドアの向こうへ消える華に手を振る。
華はまたオレをチラ見して、帰って行った。
今日はバイトがないからスーパー寄って買い物して、ボロアパートの台所でカレーを作った。看護師してる母親が早く帰って来る日だから、先に食べないで待つ。父親はオレが三歳の時に病気で死んだ。両親が会ったのも母親が働いてる病院で、死んじゃうってわかってるのに二人は結婚してオレが産まれた。だけど母親は泣き言言わず一人でオレを育てた強い人。尊敬してる。本人には言わないけど。
「ただいまー。疲れたー。今日はカレー? お腹空いたー」
玄関開けたら一気にそこまで言って、漫画読んでるオレの髪を掻き回しにくる。
「はいはい、お疲れ。あっためるから着替えて来いよ」
抱き付いて髪をぐしゃぐしゃにしてくる母親からオレは、立ち上がって逃げた。
「秋ってば良い奥さんになるわー」
バカな事言いながら着替えに行った母親を無視して、カレーを温め直す。帰って来る時間を見計らい先に少し温めておいたからすぐにグツグツになって、ご飯とカレーをよそった皿を二つ机に置く。作っておいたサラダも出した。
「あんたさ、最近自分でお弁当作ってるみたいだけど、どうしたの?」
まぁバレてるよな。詳しく話すのは怠いから、別にって答えておく。
「女の子とっかえひっかえして、遂にみんなに愛想尽かされたとか?」
「そんなんじゃねぇよ」
「やぁよー。息子が女の子に刺されて運ばれて来るなんて」
いつか誰かに刺されるぞってオレに言ったのは母親だ。母親って鋭いらしくて、オレがやってる事が何故かバレてるんだよな。
「今は、本命いるし」
母親が大騒ぎするから、逃げるように二杯目のカレーをよそいに行った。狭い家だから全然逃げられないんだけどね。
「どんな子? 会いたいわー。ね、今度連れて来なさいよ」
カレーとご飯をよそって戻ったオレは、溜息を吐く。
「片思いだよ」
「あらー。あんた二年になってから様子がおかしかったもんねぇ? 告白しないの?」
「……したけど、相手にしてもらえてない」
「うっそぉ、顔自慢のあんたが? きっとその子はまともな良い子ね。頑張りなさい」
「すっげぇ頑張ってる」
「ねぇもしかしてお弁当ってその子の為とか? でもほとんど冷凍食品じゃない。あんた料理出来るんだから、ちゃんと作ってアピールしなきゃよ?」
「最初に手作り持ってったら、気持ち悪いって言われたんだよ」
「それってあんた、嫌われてるんじゃないの?」
「違う、とは言いきれないけど……その子手作りがダメみたいで、いつも果物とか食パンそのまま食ってんの。だから冷凍食品なら作ってるの機械だしと思って」
「食べてくれたの?」
「食べた。既製品なら平気みたい」
散々騒がしかった母親が突然黙り、難しい顔でカレーを口に運んでる。
「なんだよ」
何か言いたい時の表情だったから聞いた。
「んー……その子トラウマでもあるのかなーって。どんな子なの?」
「いっつも絵を描いてる。しかもすっげぇ上手いの。で、身なりに無頓着。……でも可愛い」
ぼそりと付け足したオレの言葉に、母親が笑った。
「なんだか難しそうな子だけど、頑張れ!」
肩をばしんと叩かれた。言われなくても頑張ってるよ!
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